第5話 魔物の大群

 北にある町シュタイムは、今や絶体絶命の危機に瀕していた。凶暴化した魔物達の群れから一斉に襲撃を受けている。世界中でも強力な魔物達が住まうアウリーザ大陸ではあったが、あくまで集団で襲いかかってくるようなことは今まで一度としてなかった。


 そんな非常事態においても、自警団の兵士達は必死に抵抗していた。巨大なトロルキング達の群れ、法衣をまとった死神のような魔法使い、人間の三倍はあろうかという蜘蛛の怪物。純粋な殺意の集団に町は破壊されかかっている。


 しかし、苦しい局面においても足掻き続ける兵士達に混ざり、奮闘する少女がいた。


「こん……のぉおお!」


 長い金髪と獣のような耳、白く透き通った肌が印象的な少女は、手にした弓矢で屋根上から魔物達を攻撃している。小さなマントと短めのスカートを翻しながら、あらゆる方角に矢を放ち、ほとんどが命中していた。


 彼女の矢には魔法が内封され、命中してから数秒後に爆発が起こる。【内包魔法】というスキルを所有している、本来は魔法使いでありながら弓使い。冒険者の中でも稀有な存在だ。しかし、急所を射抜いて何匹か葬ったところで、また次の魔物達が街へと侵入する。


「キリがないじゃん。このままじゃ、あたしの故郷が」


 残された矢の本数も僅か。魔力も底をつきそうだ。このままでは打つ手がなくなる。焦るあまりに気がつかなかった。民家の屋根をよじ登ってくる巨大すぎる蜘蛛に。


 大きな影が自らを覆ったことで、ようやく少女は背後を振り向いた。同時に弓を向けようとしたが、蜘蛛が口から放った糸に一瞬にして絡め取られてしまう。


「あ! しまっ……た」


 身動きが取れなくなり、バタつく彼女を見下ろす蜘蛛。血のように赤く巨大な眼球から感情は読み取れない。蠢くように口を動かしこちらに迫ってくる。頭から捕食しようとしていることがはっきりと読み取れる。目前に迫る最悪の死に、彼女はどうにかして抗おうとした。


「この! この化け物、来るな! 来るなぁああ!」


 頭から捕食される未来に怯えずにはいられない。そして、地獄への入り口とも言える口に顔が包まれるところで、なぜか動きが止まった。


「……え」


 瞳に涙をいっぱいに溜め込んでいた彼女は、数秒しても開きっぱなしの大口の変化に気がついた。それは全身を焼き尽くされ、とうとう凶悪な顔までもが炭になっていく。


「大丈夫か君!?」


 その男は柔軟で強靭な糸をたやすく剣で斬り裂き、すぐに開放してくれた。呆然としていた彼女ではあったが、すぐにさっきの魔法はこの男が使ったのだと理解する。


「あ、ありがとう。あなたは一体」

「話は後だ! 今はこの場を何とかしなくちゃいけない。ここで隠れているんだ!」


 黒い髪をした男は、鉄の剣を構えたまま次の相手の元へと走る。遠間から放っている火球は、遥か遠くで棍棒を振るうトロルキング達をあっさりと焼き尽くしていく。

 たった一人の男が加入しただけで戦況が逆転していく姿に、少女はただ呆然とするほかなかった。


 ◇


「危ないところだった。しかし、ここにいる魔物達は気性が激しいらしいね。集団で町を襲うなんて初めて見たよ」


 ロランは助けた子供達に笑顔で話しかけていた。あれから数分とたたないうちに魔物達は全滅したのだ。


 彼はすでに壊れかけになってしまった鉄の剣を見て、小さくため息をつく。いかにも強そうな魔物の集団が町を襲っていたのだが、いざ相手にしてみると牛男達と同じで、葉っぱのように簡単に斬り倒せたのである。今回はファイアボールも試してみたのだが、どうにも歯応えがなかった。


「ねえちょっと! そこのあなた」


 自警団の兵士隊と紛れてやってきたのは、先程民家の屋上にいた少女である。


「ああ、君か。怪我はないかい?」

「ん。大丈夫。それより、その。ありがとう! さっきは」


 ちょっとむくれた顔でお礼を言われたが、ロランは嬉しかった。


「ねえ。あなたって賢者なの? さっきの、高等魔法ギガフレイムでしょ?」

「え? いや、ただのファイアボールだよ。僕にそんな魔法は使えない」

「ファイアボール!? あれが!? 嘘でしょ!」


 大袈裟に驚かれるものだから、ロランはどうにも恥ずかしくなってきた。この娘はまだ魔法を見たことがなかったのだろうか。


「ファイアボールって、普通あんな感じなんだよ。本物の魔法使いに見せたら、笑われちゃうかもしれない。じゃあ、僕はここで」

「あたしも一応魔法使いだけど……ってちょっと待ってよ。どこに行くつもり?」

「武器を新調したいんだ。それから、宿を探して一泊して。後は情報を集めて次の目的地へ向かおうと思ってる」

「何の情報を探してるわけ?」

「魔王だよ! 僕は魔王を討伐するために、まずこの大陸に来たんだ」

「……へ? 魔王って、あの魔王?」


 少女は目を丸くしたが、次第に頬を緩ませて吹き出した。弾けるような笑顔を見て、ロランは首を傾げる。


「何かおかしなことを言ったかな?」

「だって、魔王なんて伝説みたいなものじゃない。ジョークだよね?」

「いやいや! 父上はいるとおっしゃったんだ。だからこうして、僕をこの大陸まで送ってくれたんだ。じゃあ、新しい武器を買いに行くから、ここで」

「待ってよ! もうちょっとお話させて! あたしセリナ! 実はこう見て、魔法使いの弓使い! 宜しくねっ」

「は、はあ……僕はロラン。ロラン・レ……」


 言いかけて焦り、手で口を塞いだ。国王よりレシア国の王子であることは黙っているようにと、そう約束していたことを思い出したのだ。


「ロランっていうんだ。いい名前だね! じゃあ、あたしがこの町を案内してあげる!」


 半ば強引にセリナに町を案内してもらうことになったが、不思議とロランは悪い気はしなかった。たわいのない雑談を繰り返すうちに仲は深まり、成り行きとはいえ最初の冒険仲間となったのである。


 町は大急ぎで立て直しが図られすぐに復旧していく。人々が奮闘する姿を丘の上から見下ろし、不快そうに舌打ちをする者がいる。白髪だが顔を見る限り、まだ若い長身の男だった。


「ゴードリック様。失敗してしまいましたね」


 隣に立っている中肉中背の男が、残念そうにため息を漏らしている。


「ふん。アイツらを怯えさせてけしかけてみたが、簡単には潰せなかったってところか。別にいいってことよ! こんなもん前菜みたいなもんだし」


 ゴードリックと呼ばれた男は余裕の笑みを浮かべ、その場を立ち去って行った。

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