第4話 絶体絶命
唐突な国王の宣言により、強引に船出をさせられた王子は、もう自分ではどうすることもできずただ船首で海を眺めるばかり。
急に一人になってしまうことへの寂しさが芽生える。父と弟、妹やベラのことが頭に浮かんでは消える。しかし意外なことに、彼が特に気にしているのは母親のことだった。
母は生まれてすぐに行方不明になってしまった。だから顔すらも覚えていない。今の自分を知ったら、母上はどう思うのだろうか。しかし、感傷に浸っていても辛くなるだけだったので、しばらくは今後のことを考えることに熱中した。気を紛らわせる手はいくらでもあったのだ。
そして一週間以上も船に揺られ、初めて見る大陸に降ろされる。港には警備の兵士と少数の船乗りしかいない。
「それではロラン様、ご武運を。我らレシア国聖騎士は、あなた様が英雄として帰還されることを信じております!」
騎士達は頭を下げ、そしてまた船で帰っていく。見ず知らずの土地でたった一人。心細くて堪らないが、このまま港にいても仕方がない。彼はむしろ気持ちが昂ってきた。あれだけ盛大に送り出されたのだ。民衆はみんな、いつだって自分のことを信じてくれる。
「魔王……本当にいるというなら」
僕がやってみせる。ロランは決心を固め、港を後にした。
それからというもの、ただひたすらに北を目指して歩き続けている。船乗りから近くの町を教えてもらい、地図までいただいた。意外と栄えたところらしく、どうやら腕自慢の冒険好きもいるらしい。
魔王を討伐しようというのなら、仲間が必要だ。普通は心細くて怖くて堪らない一人旅だが、彼はむしろやる気に満ちていた。気がつけば森の中へと入っている。少し歩けばまた草原に出て、いよいよ町が見えてくるはずだったのだが。
「ん? あれは——」
思うより早く、風を貫くように何かが飛び込んでくる。咄嗟に身をかわして避けたロランは、衝撃で体が縮こまりそうになった。
「う、牛!?」
自分よりも遥かに背が高く、筋骨隆々の二足歩行をした牛が、斧を片手にこちらを睨みつけている。先程は斧を振り下ろして、頭をかち割ろうとしたようだ。大木が何本か斜めに滑り倒れていく。
「く! まさか、あのミノタウロスか!?」
心の中で鐘が鳴っているようだった。ミノタウロスといえば、魔物達の中でも腕力とタフネスに優れる強敵であり、新米冒険者同然の自分が叶う相手ではない。
どういうことかまったく理解が追いつかないが、とにかく逃げるか。しかし、先程の突進から考えるに、足も自分よりずっと速いのだろう。初めて鉄の剣を脇から抜き、構えをとる。
だが彼の不幸は続く。周囲から獣の臭いを感じる。どうやら援軍が現れたようだ。黒くずんぐりとした太い体で、目は殺気で赤々としている。ダークグリズリーと呼ばれる、熊系の魔物の最上位だ。
「く! なんてことだ。これじゃあまるで、虐殺劇じゃないか」
空からは巨大なコンドル系の魔物が、今にも急降下して襲ってきそうだ。巨大な鎧ムカデがおこぼれをもらおうと少し遠くから様子を見ている。
勝機は一片たりとも見出せない。ここは冒険を始めたばかりの人間が足を踏み入れるべき世界ではなかったのだ。そう悟ったロランは、それでも愚直に勇気を振り絞る。恥ずかしい戦いだけはしないと誓って。
「ただではやられないぞ。僕は、最後まで戦い抜いてみせる!」
こちらに向かってくる少年に、魔物達は歓喜した。瑞々しい肉の塊が向こうから飛び込んできてくれたのだと、よだれを垂らしながら殺しにかかり——
「グウアアアア!」
森の中に悲鳴が吹き荒れていった。
「———あ、あれ……」
だが、悲鳴は全て魔物達のものだった。ロランは至って涼しい顔で、周りをキョロキョロと見渡す。獰猛な殺し屋達は既に全滅している。
あれだけ強そうな雰囲気を出していたのに、誰も彼もが一撃で真っ二つになってしまう。気がつけば彼はただ一人、ぼうっと突っ立っていた。
「勝った……のか?」
信じられないが、どうやら勝利したらしい。死を覚悟した戦いが唐突に終わり、ホッとしつつもとにかく歩き出した。
「何だったんだろう。アイツらは」
ロランは森を進みながら悩んでいた。どう見ても自分なんかでは到底叶わない、危険すぎる怪物だったはず。
なのにどうして、自分の剣であっさりと斬り倒すことができたのだろう。
その時彼はハッとした。もしかしたら、見かけが上級の魔物に似ているだけで、実際は弱い連中だったのではないか?
あり得る、と彼は確信する。ミノタウロスに似たアイツはきっと魔物図鑑にも載らない牛男で、ダークグリズリーだって普通の熊と見間違えたのかもしれない。
「良かった。ここは初心者でもやっていける大陸なんだ」
心に余裕が生まれると同時に、次は魔法を試してみようかと考え始める。次に魔物に遭遇したら、現在のところたった一つだけ使える初級魔法、ファイアボールを使ってみよう、と。
ようやく草原を抜けようかというところで、彼は激しい雄叫びを耳にした。
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