第3話 魔王討伐の旅(実は追放)へ

 騎士に招かれ謁見の間に辿り着くと、そこには多くの兵士達が集まり、絨毯を囲むように整列している。何が起こっているのか理解できないロランは、戸惑いつつも玉座に座るギルの前で片膝をつく。


「父上。ロラン・レシア。ただいま参りました」

「うむ。急な呼びだてをしてすまんな。実はのう、今この世界には大変なことが起こっておる。知っておるか?」

「申し訳ございません。存じ上げておりません」

「ふむ。無理もない話じゃ。実はのうロランよ。信じ難いかもしれんが、神話の時代にて封印されていた魔王が、此度復活を果たしたそうじゃ……」

「……魔王?」


 ロランは目をパチクリとさせ、国王の言葉に聞き入っていた。


「うむ! そうじゃ。元はたった一つであった世界を引き裂き、混沌と飢餓をもたらした魔王が此度ドレイル神殿より姿を表したらしい。魔物達はより獰猛になり、沢山の人々が襲われていると聞く。このままでは我が国も……」


 全てが初めて耳にする情報だった。


「しかし、このような事態に甘んじている我々では決してない。いかに強く狡猾な魔王とはいえ、我々人類とて負けはせぬのだ。戦える存在ならばいる! そう。今ワシの目の前に」

「つ、つまり。私のことですか」

「そうじゃ! お主こそが魔王と戦える、ワシらの希望! さあロランよ、我が側に来るが良い」


 言われるがまま玉座の側まで歩み寄ると、王は兵士より受け取った宝箱を開き、中から一本の剣を取り出した。


「この剣をお前にやろう。それと、軍資金も用意しておる」


 ロランは受け取った剣を二度見した。どう見ても単なる鉄の剣でしかなかったからである。配下の騎士達でさえもっと上等な剣を振るっているのに。


「両手を前に出すのじゃ」

「は、はい」


 片膝をついたまま、両手を前に差し出す。国王の手から、わずかなコインが落ちてきた。


「全部で三十Gある。旅の費用じゃ」

「……はい」


 これは悪い冗談だろうか。今どきたった三十Gではパンすらも購入する事はできない。戸惑うロランを意に介さず、王は立ち上がり叫んだ。


「よし! ではすぐに旅立ちのパレードを始める! そして出港の見送りもするぞ! 準備せよ!」

「あ、あの! 父上」

「それ以上申すな。分かっておる。お主の気持ち、ワシは決して無駄にはせぬ。それでは皆の者、我らがロランを盛大に送り出そうではないか!」


 最後の最後までギルに翻弄され、そして出国まで余儀なくされてしまう。わけが分からないまま国総出のパレードが行われた。金枠と白地のいかにも王子様に相応しい馬車に乗せられ、混乱しつつ周囲を見渡す。城下町の通りに町民が溢れ、こちらに歓声を上げていた。


「ちょっと待ってくれないか。僕としては、いきなり過ぎて何が何だか」


 馬車に乗せられて街中を行進している時、騎士達はロランの言葉が聴こえていない様子だった。しかし、恐らくはフリなのだ。僅かな軍資金に安物の剣を渡され、見かけだけは盛大にパレードを行うことで、既に引き下がれない状況まで押し込まれている。


 もしかしたら僕は、理由をつけて追い出されているだけなのでは?


「いや、そんな筈はない。父上はきっと、僕に期待してくれているはずだ」


 悲しいことに、脳裏を過った推測は当たっている。だがロランは、ここまで大掛かりな嘘をつくとは到底信じられなかった。恐らく、本当に魔王は現れたのだろう。そして、正義感の強い父は我先に行動に出ようとしたのではないか。


 パレードが終わると、すぐにレシア国専用の港まで連れて行かれてしまい、気がつけば巨大な船を前に佇んでいた。


「ロラン様……ロラン様ぁ!」


 しかし、もう乗り込むしかないという状況で、背後から慣れ親しんだ声が聞こえた。振り向くとメイド長であるベラが、困惑した顔でこちらまで駆けてくる。


「ベラ……こんな所まで来るなんて」

「ロラン様。旅に出られるなんて、私初耳でしたわ」

「うん。そうだよね。僕もなんだ。あはは」


 パレードが終わり、すぐにでも船に乗せようとしている騎士達の殺伐とした雰囲気。ベラはそんな状況の彼を見て、いっそう悲しそうに目を潤ませる。


「大変なことになってしまいましたね。私はロラン様と離れることになるなんて、とても残念です」


 瞳に涙を溜めながら俯くベラ。ロランはこれ以上悲しませてはいけないと思った。


「ははは! なーに言ってるんだよ。僕は魔王を倒してくるんだ。そうしたら帰ってくるし、普通に会えるよ」

「ロラン様……」


 ベラは小さなバッグから何かを取り出し、両手で王子に差し出した。


「もしかしたら、これで良かったのかもしれませんわ。この手紙をあなた様にお渡ししたいのです。でも、まだ開けてはいけません。少なくとも、あと半年は時が流れてからお読み下さい」

「え? あ、ああ」


 見れば普通の手紙だったが、添えられた言葉は意外だった。どうしてすぐに読んではいけないのだろうと質問をしたかったけれど、迎えの騎士達が急かすので、結局は半端な別れになってしまう。最後に、誰にも聞こえない声で彼女は囁く。


「ロラン様。あなた様は素晴らしい方です。外の世界に出ても、きっと多くの人々に慕われ、新たな世を築くことができるでしょう。あなた様はもう、ここには戻られないほうが良いかもしれません」

「僕が帰る場所はここだよ。魔王を討伐したら必ず戻る。君にも、土産を持ってくるからね」

「う、く……ロラン様」


 メイド長は最後にロランの手を握り締める。とうとう船は出港することになり、彼女は船が見えなくなるまで手を振り続けていた。

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