第3話【旧校舎の真相】
「人を……食う……?」
鬼灯は訳が分からず、
旧校舎が人を食うなどあり得ない。建物が人間を食う話など聞いたことがない。
それなのに、真っ向から否定できないのは何故だ。
恐怖で身体を固まらせる鬼灯に、音弥は「知らないのか?」と言う。
「何人も食われたんだよ。歴代の校長は気味悪がって校舎を何度も取り壊そうとしたけど、工事業者は何度も取り壊しの工事を諦めざるを得なかった」
音弥は卒業アルバムのページを捲りながら、
「そしてとうとう、一人の犠牲者が出た」
そうして彼は、鬼灯に卒業アルバムを見せる。
何枚も写真が掲載されたページだ。高校生活の風景を切り取っただけの写真だが、その一枚に見覚えのある男子生徒が写り込んでいた。
ただし、髪色は鬼灯の知っているものではない。真っ黒な髪に無表情な男子生徒の横で楽しむような笑顔を見せる彼は、生き生きとピースサインをしていた。瞳の色も覚えのあるものではない。
鬼灯は思わず卒業アルバムを音弥の手から奪い、その写真を食い入るように観察する。
「ユーイル……ッ!?」
「やっぱり知っているんだな」
「……ッ!!」
反射的に卒業アルバムを閉じた鬼灯は、
「あいつ、自分でホラー小説を書いていてな。主人公の名前が『ユーイル・エネン』って名乗っていた」
「…………」
「あいつ、小説の主人公の名前を名乗っているんだな」
「…………それを私に言ってどうするんですか」
鬼灯は音弥に背を向けると、
「会いたければ会えばいいじゃないですか。どうせ旧校舎を根城に、今も幽霊を相手に悪戯でもしているんじゃないですか」
「会えればいいんだがな」
振り返れば、音弥は寂しそうに笑っていた。
「あいつは、俺とは会ってくれないんだ。ここに赴任してから何度か旧校舎に行ってるんだが、一度も会えたことはない。俺も、幽霊が見えるのに」
――あいつだけは、見えないんだ。
その声は、どこか寂しそうだった。
☆
「やい、音弥よ。今回の物語は自信作だぞ」
そう言って、広げたノートを片手に突撃してきたのは
怖いもの知らずで悪戯好き、校舎内で幽霊の噂があれば真っ先に突撃するような好奇心旺盛な少年である。
そんな彼は今まで試した噂の数々を改変して、ホラー小説を執筆するのが好きだった。完成するたびに自分へ見せてくれるのだが、そのホラー小説はどう読んでも怖くない。主人公とヒロインのやり取りがコミカルすぎて、思わず笑ってしまうのだ。
今回もトイレの花子さんを改変したホラー小説なのだが、どうしてトイレの花子さんが便器に頭を突っ込んで登場するのか。
「どうだ? 怖いか?」
「怖くないな」
ノートを友人に突き返して、音弥は言う。
「今回もギャグ小説を執筆してくれてありがとう」
「ホラーだ!! 読者を恐怖させる小説を書いたはずなのに、どうして怖がらんのだ」
「だって怖がる要素ないし」
友人は不満だと言わんばかりに唇を尖らせるが、どう読んでも彼の執筆したホラー小説は面白いだけなのだ。怖くも何ともない。
音弥は不満げに唇を尖らせる友人に「次は怖く書けるよ」と適当なアドバイスをやる。
友人はと言うと、やはり不満げだった。ホラー小説を楽しそうに読む音弥を今度こそは怖がらせてやるとばかりに睨みつけてくる。
「次こそは怖がらせてやる!!」
「期待してるよ」
「次は旧校舎を調べよう」
「それは止めて」
好奇心旺盛な友人だが、それだけは止めてほしかった。
あの旧校舎は人間を食うのだ。
噂の真相を確かめる為に旧校舎へ侵入した生徒は軒並み不登校になり、工事業者は取り壊し工事を何度も諦めざるを得なかった。これは紛れもなくやばい類のものなのだ。
友人は不思議そうに首を傾げると、
「何故だ」
「だって、あの校舎は人間を食うって噂があって」
「噂は噂だろう」
「それでも」
音弥は友人の制服の裾を引っ張ると、
「行かないでほしい。――お前に、危険な真似はしてほしくない」
「なるほど」
友人はニカッと笑うと、
「オマエがそう言うなら、仕方がない。止めておくか」
友人は学生鞄を手に取ると、小説を書いたノートを鞄に詰め込む。
「ほら、音弥よ。もう放課後だ。今日はラーメン屋に寄って帰ろう」
「……また寄り道? 今月で何度目だよ」
「喧しい。男子高校生だぞ、腹が減るのは当たり前ではないか」
「当たり前じゃないんだよなぁ」
音弥も自分の学生鞄を背負うと、友人の背中を追いかけた。
「――――」
そこは理科準備室だった。どうやら次の授業で使う資材の準備をしている最中に、居眠りをしてしまったらしい。
背筋を反らせば、バキバキと音を立てて背骨が鳴った。座りすぎて凝り固まったようだ。
夢を見た。
とても幸せな夢だ。
失ったはずの友人が生きていて、今日も平和な放課後を迎えて。
それで適当な店で食事をして帰るのだ。
「は……今更何を見てるんだか」
全ては妄想だ。
そうだったらいいな、という妄想。
だってあの時、音弥は何も言えなかった。「行かないで」という言葉すら出てこなかった。
本音を隠して友人を送り出してしまい、音弥は後悔した。もう二度と会えなくなるなら、その本音をぶち撒ければよかった。
なのに今更。
行かないで、と言った場合の夢を見てどうする?
「帰ろう」
時刻はすでに夜を迎えていた。
音弥は机の上に広がる資料を片付けて、理科準備室の明かりを消す。
利用者は自分だけだったので特に気にすることもなく、そのまま扉を閉ざして理科準備室から立ち去った。
しかし、彼は気づかない。
真っ暗になった理科準備室、その片隅に立っていた銀髪赤眼の男子生徒の姿には。
その生徒が、どこか寂しげな眼差しをしていたことには。
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