第2話【彼の何を知る】
プリントの問題を解き終えた鬼灯は、窓の外をぼんやりと眺める男性教員に注目する。
天然パーマのせいで真っ黒な髪は鳥の巣を思わせるほどもじゃもじゃとしていて、長めの前髪の隙間から黒曜石の双眸が覗く。近くの女子生徒は「なんか色気がある」「格好いいかも……」と言っているが、鬼灯にとっては不気味な印象しか受けない。
だらしなく着崩したシャツとスラックスの上から、やや汚れた白衣を羽織り、さらに便所サンダルをつっかけている。教師がする格好ではないと思うのだが、今時の女子生徒は感覚が死んでいるのだろうか。
すると、その男性教師が鬼灯を一瞥した。慌てて視線を逸らすと、授業の終了を告げる鐘が鳴る。
(よかった、これで終わりだ……)
そっと安堵の息を吐く鬼灯は、男性教師の「後ろからプリントを回収してくれ」と指示を聞く。
前の座席に自分の解いたプリントを渡して、鬼灯は早く去ってくれと願う。
これ以上、あの不気味な印象の教師と一緒にいたくない。何をされるか分かったものではない。
しかし、
「じゃあこのプリントを、今日の日直が理科準備室まで持ってきてくれ」
「え」
黒板の隅に書かれた日直の名前は、鬼灯の名前だった。
あの教師、鬼灯が日直であることを見越してそんなことを言ったのだろうか。
真相は不明だが、面倒な仕事を任されたことには変わりない。不気味な男性教師と一緒にいる時間が増えた。
長い前髪の隙間から覗く黒曜石の瞳に見据えられ、鬼灯は「……はい」と言わざるを得なかった。
☆
授業で使ったプリントを回収した鬼灯は、あの陰気臭そうで不気味な男性教師の指示に従ってプリントを理科準備室まで運んだ。
最初からあの先生がプリントを回収すればいいのに、何故日直である鬼灯が回収されたプリントを運ばなければならないのか。
文句は色々とあるが、あの教師に文句が言えるのならば言いたいところだ。鬼灯は他人に意見が出来ない地味な女子生徒である。幽霊が見えるということで他人から敬遠されてきた弊害だ。
「あ、ここか」
鬼灯は薄暗い理科準備室の前で立ち止まると、閉ざされた扉を軽く叩いた。
「黒海先生、頼まれていたプリントを持ってきました」
「入ってくれ」
扉の向こうから呼びかけられて、鬼灯は仕方なしにプリントを抱えたまま理科準備室の扉を開ける。
明かりのついていない理科準備室の机に向かう不気味な男性教師――
理科準備室に運ぶように指示を出しておきながら、置き場所は決めていないという適当さに鬼灯は胸中でうんざりしたようにため息を吐く。机は音弥が占拠しているので、仕方なしにプリントは近くの棚に差し込んでおくことにしよう。
理科の教科書や資料集が詰め込まれた棚に今日のプリントを突き入れると、音弥の方から「おい」と声がかかる。
「何ですか?」
「お前、あそこで何を見た?」
「あそこ?」
音弥の質問が抽象的すぎて意味が分からない。
「あそこはあそこだ。
「旧校舎だ」
「特に何も」
鬼灯は、あえて何も答えない方がいいと判断した。
あの時、旧校舎を訪れた音弥を見てユーイルがわざわざ姿を消したのだ。
きっと何か理由があるに違いない。成仏的な意味合いなのか不明だが、ユーイルが彼を警戒するのは意味があるはずだ。
音弥は「そうか」と言うと、
「旧校舎で男子生徒を見かけたことは?」
「何なんですか、急に」
「お前は幽霊が見えるんだろう?」
その話題を出され、鬼灯は言葉を詰まらせた。
鬼灯は幽霊が見えるし、幽霊を引き寄せる体質である。それに困って旧校舎に出てくる悪霊――ユーイル・エネンに相談したのだ。
結果的に彼の食事に貢献することとなってしまったが、まあそこは別に言わなくてもいいだろう。
「だから何ですか?」
「旧校舎で男子生徒の幽霊を見かけたことは?」
「何故そんなことを聞くんです?」
「その反応をするってことは、いるんだな?」
しまった、逆に正解を与えてしまうとは。
そっと顔を
「…………この学校に戻ってきて、ようやく会えると思ったのに。あいつはお前と会うのに、俺には会ってくれないんだな」
「……何を言ってるんですか?」
「俺もかつてはこの××高校に通っていた生徒の一人だ。まあ、卒業生って奴だな」
黒海音弥は小さな椅子から立ち上がると、棚に詰め込まれた薄い本を取り出す。
妙に分厚い表紙と思えば、それは卒業アルバムだった。
昭和××年と薄い金色の文字が表紙に刻まれ、音弥は懐かしそうに卒業アルバムの表紙を捲る。集合写真が載せられたページを指でなぞる彼は、
「お前は知っているか、旧校舎の噂話を」
「旧校舎に幽霊が出るっていう噂には聞き覚えがありますけど」
「残念だが、それは違う」
音弥は首を横に振り、
「あの旧校舎はな、人を食うんだよ」
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