第6話【旧校舎に増えた幽霊】
鬼灯は一人でも平気だった。
今まで聞こえていた独り言はパタリと止まり、いつもぼんやりと窓の外を見るだけの退屈な学生生活。
クラスメイトは急に静かになった鬼灯に恐怖心を感じているようだが、他人の目などどうでもよかった。彼女が考えていることは、専ら放課後についての会話内容だ。
「ねえ、知ってる?」
ヒソヒソ声で、女子生徒たちが噂話。
「旧校舎の幽霊」
「ああ、確かこの学校の制服を着た男子生徒だっけ?」
「そうなんだけど、最近は小学生の女の子も出てくるんだって」
「男子生徒と女の子はとても仲が悪いみたいで、いつも喧嘩しているって噂よ」
「願いを叶えてくれるって噂はどこ行ったの?」
「あんなの眉唾よ、眉唾」
そう、どうせただの
他人が人生を楽しむ為の、ほんの少し刺激的なスパイス。
噂話にそっと耳を傾ける鬼灯は、授業の開始を告げる鐘の音を聞きながら窓の外を見やる。
広い校庭の片隅に、古びた木造の校舎がひっそりと存在している。
歴代の校長は何度もこの建物を壊そうとしたけれど、工事業者が軒並み事故に遭い、関わった会社は倒産するというもはや呪いにも似た何かに守られていると噂がある。
鬼灯の居場所は、新校舎にない。
彼女の居場所は、いつだってあの旧校舎だ。
☆
「ほーおーずーきーッ!!」
放課後になって旧校舎を訪れた鬼灯を出迎えたのは、自慢の銀髪がボサボサになった男子生徒――ユーイル・エネンだった。
いつもは余裕のある態度が目立つのに、今日に限っては疲れ切っている様子だ。
旧校舎の扉をそっと閉ざしながら、鬼灯は「何よ」と素っ気なく応じる。
「あの小娘を連れて帰れ!!」
「嫌よ。
「奴の悪戯はもうたくさんだ!!」
ユーイルは絶叫する。
「オレの髪の毛を引っ張って、黒板に爪を立てて不協和音を奏で、校舎内を駆け回っては腐った床を踏み抜いて落ちて泣いていたから助けてやったら『変態』と罵られてぶん殴られたぞ!? あんな奴と四六時中過ごせるか!!」
「いいじゃない、どうせ暇なんだし」
ユーイルの後ろからひょっこりと顔を覗かせた銀縁眼鏡の小学生――
「こんにちは、鬼灯ちゃん。学校お疲れ様」
「
「うん!! 活きのいい玩具がいるから!!」
「それはオレのことではあるまいな? おい、小娘。いい加減にどっちが先輩かハッキリさせてやろうか?」
ジト目で睨みつけてくるユーイルから逃げた永遠子は、鬼灯を盾にしてあかんべーをする。そんな彼女を見て、ユーイルは「ぐぬぬ」と歯軋りするのだった。
あの交差点から解放された
ご両親の様子は「見たくない」と永遠子は頑なに拒否してきた。会えたとしても永遠子は死んでいるので、姿すらも認識できないことに「ざまあみろ」と彼女は言った。その理由は教えてくれない。
旧校舎に住み着くようになった永遠子は、ユーイルで遊ぶことが楽しいようだ。ユーイル『と』ではなく、ユーイル『で』である。玩具扱いだ。
ユーイルは「もう嫌だ!!」と叫んでいるが、小学生の女子相手に取っ組み合いの喧嘩を挑むぐらいなので、まあ一人でいるよりマシだろう。
「ほら、
「本当? やった!!」
「鬼灯よ、労働の対価を要求する」
「貴方は普段から幽霊やら怪異やらを食べているんだからいいでしょ」
「甘いものは別腹だ!! 男女差別反対!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐユーイルを無視していた鬼灯だが、唐突にユーイルが静かになって異変に気づく。
振り返れば、彼は旧校舎の扉を見据えていた。
何かを警戒しているような――そんな雰囲気を感じ取った。
「……ねえ」
「鬼灯よ」
ユーイルは真剣な表情で、
「オレはいないと言え。何があっても、決して」
「?」
そう言って、ユーイルはフッと姿を消してしまった。さすが幽霊と言うべきだろうか。
何があったのだろう、と疑問に思ったのも束の間のこと。
旧校舎の扉が、外側から開けられる。
ぎぃー。
隙間から顔を覗かせたのは、黒髪の男性だった。
ひょろりと身長が高く、鳥の巣を想起させる天然パーマの黒い髪。だらしなく着崩したシャツとスラックスに、ネクタイは緩めに首へ巻いている。
目を引くのは、だらしのない服装を隠すように羽織った白衣だ。便所サンダルを突っ掛け、埃っぽい旧校舎の内部へ少しだけ足を踏み入れてから、彼は周囲を見渡して言う。
「ここに、男子生徒はいないのか?」
「……誰のことを言っていますか?」
鬼灯は男性に問いかける。
「……いないなら、いい。声が聞こえたから、いるのかと思ったけど」
「いませんね。幻聴ではないんですか?」
「そうか……」
男性は旧校舎の扉をゆっくりと閉ざしながら、
「小学生の女子はいるのにな」
「え――」
男性は静かに扉を閉めて、摺足めいた音を立てながら旧校舎から立ち去った。
鬼灯の思考回路が一瞬だけ停止した。
相手は今、小学生の
「……行ったか?」
「あ」
どこかに隠れていたらしいユーイルが姿を見せ、白衣を着た男の姿がないことを確認すると安堵の息を漏らす。
「ねえ、今のは」
「知らん奴だ」
鬼灯の言葉を遮って答えたユーイルは、旧校舎の扉を睨みつけながら言う。
「…………オレは何も知らん」
その声は、どこか寂しそうだった。
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