第5話【あのこはここに】
食べられていく、食べられていく。
鬼灯の親友を取り込んで、大きくなった
手足をもいで口に運び、肉の塊となった巨躯は銀色のナイフで丁寧に切り分けられる。
極上の料理を前に少年の手が止まるはずもなく、怪物が悲鳴を上げようが何をしようが、皿の上に盛られた食事でしかないのだ。
「…………」
鬼灯はその食事風景を、ぼんやりと眺めていた。
毒々しい紫色の空は相変わらず、うず高く積まれた車のスクラップは別の怪物に見えてくる。やはり車通りはなく、通行人も一切見かけない。
異界駅と同じような異空間なのだろうか。それなら納得がいく。
銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは、口いっぱいに怪物の肉片を詰め込みながら言う。
「これほど美味い食事に巡り会えるとは
「……見てるこっちは吐きそうなんだけど」
「ならば見なければいいだろう。オレの食事を邪魔するな、えっち」
「どこにそんな要素があるのよ、説明しなさい」
腹立つ単語が混ざっていたので、鬼灯は言われた通りにそっぽを向くことにした。
ああ、これで
すでに死んだ親友は、悪霊喰らいの悪霊に食われて二度目の死を迎えるのだ。結局のところ、鬼灯は「助ける」と言っておきながら何も助けることが出来なかった。
(疲れた……)
幽霊を見ることも、食事を提供することも、生きることも。
側にいてくれた親友の寿命は秒読みであり、ユーイルが丁寧に綺麗に食べて
本当は助けてあげたかったけど、鬼灯は幽霊を引き寄せる体質であるだけで、他に不思議な能力を持っている訳ではない。魔法でも使えたら親友を助けることが出来ただろうか。
背後から聞こえてくる咀嚼音に耳を澄ませながら、鬼灯は食事中のユーイルに問いかける。
「ねえ」
「んぐ、何だ」
口いっぱいに頬張った肉の塊を
「食べた幽霊たちはどうなるの?」
「それはもちろん、オレの腹の中に溜まるのではないか?」
「よく分かってないのね」
「糞尿として出てくる訳ではないからな。幽霊は便所に行かんのだ、羨ましかろう」
ユーイルの返答は、鬼灯のほしいものではなかった。
これでは
彼女の墓がどこにあるかも知らないのに、これではもう永遠に会えなくなってしまう。
大好きな親友、ずっと側にいてくれた友達。
――「一緒だよ」と約束したのに。
すると、食事中だったユーイルが「うわッ」と呻いた。
「何だこの部分は。不味い、不味すぎるぞ」
ユーイルは顔を
「こんな不味い部分は食えん。鬼灯よ、適当に処分しておけ」
「はあ? 幽霊の処理なんて出来る訳ないじゃない!!」
「煮るなり焼くなり好きにすればいいだろう。オレは不味くて食えんと言ったぞ」
先程まで「美味い」と連呼していたのが嘘のような態度だった。
鬼灯はため息を吐くと、彼が投げ捨てただろう怪物の一部を探す。
それはひび割れたコンクリートの上に、ぞんざいな様子で捨てられていた。人間の形を保ち、硬い地面の上にうつ伏せの状態で寝転がる幼い少女。
背負った赤いランドセルはボロボロで、ぶら下がったキーホルダーも泥だらけの上から怪物の体液らしきものまで付着している。ずり落ちた銀縁眼鏡の向こう側で輝く黒曜石の双眸は、これが現実かと理解するのに時間がかかっている様子だった。
「
「鬼灯ちゃ……?」
かろうじて上体を起こす永遠子に駆け寄り、鬼灯は彼女を抱きしめる。
「
「うん……うん、ごめんね鬼灯ちゃん。あたし、いっぱい怖いことしちゃったね……酷いことをしちゃったね……」
「ううん、永遠子がいてくれるだけでいいの」
ずっと一緒と約束した親友、色々なことを分かち合った友人。
幽霊が見えてしまうことで大勢の人間から距離を置かれたが、
今この時だけ、鬼灯は幽霊が見える体質でよかったと心の底から思っている。
幽霊が見えなければ、親友の青柳永遠子を認識できなかった。
永遠子以外の親友も出来るだろうが、やはり鬼灯は彼女以外の親友など考えられなかった。
「
「鬼灯ちゃんが幽霊を見えなくなったら、あたしもそっと成仏するね」
「せめて三途の川の向こうで待っててよ」
「しょうがないな、鬼灯ちゃんは。身体は大人になっても寂しがりなのね」
クスクスと永遠子は笑い、鬼灯もまたつられて笑った。
☆
幽霊を引き寄せる下僕と怪物に取り込まれた幽霊の少女による馴れ合いを眺めるユーイルは、ザックザックと銀色のナイフで怪物を切り分けては口に運んでいく。
本当は食べてしまいたいぐらい美味しい部分だったが、下僕の精神状態の維持も大切だ。彼女がユーイルに食事を提供してくれるのだから、これぐらいは返してやらなければ。
「オレの寛大さに感謝するんだな、鬼灯よ。――もぐもぐ」
残り僅かとなった怪物を一気に口の中へ押し込んで、ユーイルは食事を終了させる挨拶を口にした。
「ご ち そ う さ ま で し た」
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