第4話【あのこはだれ?】
「――させない!!」
ユーイルの手を振り払って、鬼灯は銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンを睨みつける。
「
「そうか、そうか」
ユーイルは不思議そうに首を傾げ、鬼灯の背後を示す。
「オマエは本当に、それが親友だと宣うのか? ならばオマエの目は随分と腐っているのだなぁ」
「そ、そうよ!! だって
背後で親友を庇う鬼灯は、ユーイルが指し示した相手の正体に気づけなかった。
何かを引き摺るような音がする。
重たい何かを、引き摺るような嫌な音。
はぁ、
耳元で、生暖かい吐息が触れた。
鬼灯は息を呑む。
それから疑問を抱いた。
――背後にいるのは、本当に親友の
「嬉シい、鬼灯ちゃン」
冷たい腕が、鬼灯の身体に巻きつかれる。
一本や二本どころの話ではない。
三本、四本、五本六本七本――いいや、数え切れないほどの腕が鬼灯にしがみついていた。
鬼灯を拘束する腕の群れは、どれもこれも爪が剥がれ落ちたり皮膚が黒ずんでいたりと見るに耐えない惨状を晒している。逃がさないと言わんばかりに腕を、腹を、足を掴んで、最後には数え切れないほどの指先が鬼灯の顔に触れる。
頬を引っ張り、口に指を入れて、視界を覆い隠さんと指を伸ばし、顎を掴まれて無理やり上を向かせられる。
「ぁ、あ……」
目の前にいるのは、無数の眼球。
巨大な肌色の塊から、たくさんの腕が突き出ていた。ひび割れたコンクリートを踏みしめているのは、腕と同じぐらいに取り付けられた人間の足。
見るに耐えない
ぎょろり。
肌色の塊に埋め込まれた眼球が、顔を青褪めさせた鬼灯を見下ろす。
「嬉しい、鬼灯ちゃん」
「これでずっと一緒だね」
「大好きよ」
「親友だもの」
「痛くしないわ」
「さあ、さあ」
「――――この中においで」
鬼灯を掴む腕の群れが、力一杯に引っ張ってくる。
一本程度であれば、鬼灯とて抗えた。
それが数え切れないほど身体を掴んでいれば、抵抗なんて無駄に終わるだけだ。
口に突っ込まれた指のせいでくぐもった悲鳴しか上げられず、まともに助けさえも求められない鬼灯は、
「らふけ――――」
銀髪赤眼の男子生徒に手を伸ばす。
都合がいいとは、頭で理解している。
悪態を吐いて、散々「親友は食わせない」と言っておきながら、最後の最後では無様に助けを求めるのだから。
ここで見捨てられても仕方がないと、思っていたのに。
「いいだろう」
伸ばされた鬼灯の腕を引き、ユーイルはどこからか取り出した銀色のナイフを怪物に取り付けられた腕の一本に突き刺す。
銀食器は簡単に腕へ突き刺さり、傷口から鮮血の代わりに黒い靄を撒き散らす。
あまりの激痛に、腕は一斉に鬼灯を解放した。あの
「いぎゃああああああッ」
「酷いよ鬼灯ちゃん」
「その人は誰?」
「鬼灯ちゃんの何?」
「痛い、痛いいいいいいい」
たかが腕を一本だけ刺された程度で、怪物は痛みに悶え苦しんでいる様子だった。
ユーイルは銀食器に付着した怪物の肉片を舐め取って、まずは味見とする。
米粒よりも小さな肉片を味わうように咀嚼し、飲み込んでから、赤い瞳を見開いて叫んだ。
「美味いッ!!」
「美味しいの、あれ!?」
「ああ、最高だ。今まで食べた幽霊や悪霊の中で、ダントツに美味いぞ」
恍惚とした表情で語るユーイルは、
「なるほど、なるほど。この交差点で死んだ様々な人間の魂が混ざり合い、溶け合って、このような味の深みが出ているのか。熟成されていると言うのか、これは素晴らしい料理だ」
銀色のナイフを逆手に握ったユーイルは、
その悪霊の恐ろしさは、人間である鬼灯では推し量ることなど出来ない。
もうここは大人しく食われてもらうしかなさそうだ。鬼灯ではどうすることも出来ないのだから。
「鬼灯ちゃん」
「助けて」
「助けて」
「助けてよ」
「助けて」
「友達でしょ?」
「親友でしょ?」
「鬼灯ちゃん」
「お願い」
命乞いをしてくる怪物を見上げて、鬼灯は首を横に振る。
「私の親友は
あの子は親友ではない。
「貴方ではない」
そこに
「貴方を助けることは出来ない」
助けたいのは
「…………ごめんなさい」
そっと謝罪の言葉を述べると同時に、怪物から再び悲鳴が迸る。
見れば、ユーイルがすでに腕の一本を口の中に収めていくところだった。
断面からもうもうと漏れる黒い
「ああ、美味い。これほど美味いとは思わなかったなぁ」
怯えた様子の怪物が、足をバタつかせて後退りする。
ぺた、ぺた。
ぺたぺたぺたぺた。
ぺたぺたぺたぺた。
ぺた、ぺた、ぺた。
ユーイルから距離を取ろうとする怪物だが、悪霊を食事とする悪霊が極上の食材を前に逃がすはずがない。
大股で怪物との距離を詰めると、ユーイルは両手を揃えて挨拶をする。
それは、彼の食事が始まる合図だ。
「い た だ き ま す」
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