第2話【そこにいない】
あれから、
「どうだ、鬼灯よ。オマエの親友から連絡はあったか?」
いつもの如く旧校舎を訪れた鬼灯は、ユーイルの冷やかしを無視して携帯電話をじっと見つめる。
携帯電話のメッセージアプリには、昼間のやり取り以降の文章がない。
横倒しになった椅子を積み重ねて遊ぶユーイルは、
「鬼灯よ、だから言ったろう。オマエの親友とやらは最初から存在しないのだ、イマジナリーなのだと。諦めろ、オマエはぼっちだ」
「永遠子はいるわ!!」
鬼灯は銀髪赤眼の男子生徒を睨みつけると、
「
「いいや、いいや」
ユーイルは緩やかに首を横に振ると、
「オマエは独りぼっちだ。
「嘘よ!! 永遠子はいるわ!!」
「ならば語ってみろ」
ピラミッドのように積み重ねられた椅子の上に腰掛けたユーイルは、高みから鬼灯を見下ろしながら言う。
「オマエの親友の名は?」
「
「出身は?」
「
「小学校の時の思い出は?」
ジジ。
「それは――」
ザザザ、――ぴーぽー、ぴーぽー。
「それは――」
ザザザ、――うー、うー。
「…………」
脳裏をよぎるのは真っ赤な映像。
空は赤く染まり、目の前にはチカチカと瞬く赤いランプが。
すぐ側に転がっていたのは赤いランドセル。泥で汚れたキーホルダーが揺れている。
――その日は、とても綺麗な夕焼けだった。
「鬼灯」
立ち尽くす鬼灯の名を呼んだユーイルは、我に返った鬼灯にデコピンを食らわせた。
「てや」
「痛ッ」
意外としっかり痛くて、鬼灯は呻く。
幽霊にデコピンをされるのは、生まれて初めてだ。
そもそも今まで触ろうともしなかった存在である。デコピンされる機会など皆無だ。
「何をボケッとしている。思い出の一つも語れないのか」
「分かっているわよ、でも……」
鬼灯は頭を押さえて、
「思い出せない……」
何も思い出せないのだ。
絶対に思い出はある。
綺麗な思い出も汚い思い出も、全て彼女と経験したはずだ。なのに、それらが書き換えられたかのように鬼灯の中から抜け落ちている。
覚えているのは、
「夕焼け」
「ん?」
「夕焼けが綺麗だった。――それしか思い出せないの」
記憶にあるのは交差点で見上げた、綺麗な夕焼け空。
どこまでも燃えているかのように真っ赤で、壮大で、とても綺麗だった。
目の前がチカチカと瞬くのは、救急車の赤いランプ。
何台もの車が衝突して、ぺしゃんこになって、野次馬たちは車に巻き込まれた一人の少女を話題にコソコソと噂話をしていて。
それ以外に、何も思い出せない。
「なかなか重症だな、オマエは」
ユーイルは鬼灯の背中を押すと、
「オマエはもう帰るがいい。どうせ自分の過ちにすぐ気づくだろう」
学生鞄をついでとばかりに放り投げたユーイルは、
「何が間違いで、何が正しいのか。自分の目玉は、五感は、本当に正常なものなのか? ――その答えが出たら、また旧校舎へやってくるがいい」
鬼灯は銀髪赤眼の男子生徒を一瞥すると、学生鞄を抱えて旧校舎から立ち去った。
自分ではそう思っているのだ。今まで一緒にいたのだから、ちゃんと生きているはずなのに。
「永遠子は生きている……生きている……」
――何故、ユーイルはあんなことを言ったのだろう?
☆
覚束ない足取りで元の校舎へ戻り、下駄箱に向かう鬼灯。
その途中で、数人の女子生徒を見かけた。
同じクラスの生徒だろうか。廊下を歩く鬼灯を見つけると、彼女たちはコソコソと声を潜めて「見て……」「ブツブツ言ってないね……」「今日は大丈夫なのかな?」などと言っている。
何が大丈夫なものか、親友がいないのに大丈夫な訳がないだろう。
「ねえ」
こちらをチラチラと見ていた女子生徒が、何を思ったのか唐突に話しかけてくる。
黒曜石の双眸に浮かぶ感情は、好奇心。
明らかに相手の反応を楽しむ為に近づいてきた証だ。もしくは、単なる度胸試しの一種だろうか。
「今日は誰とも喋っていないの?」
「親友がいないから。今日は休みみたいで」
鬼灯がそう答えれば、
「それってイマジナリーフレンドって奴?」
馬鹿にしたような口調で、女子生徒はそう言った。
意味が分からなかった。
いや、単語の意味は分かる。空想上の友人、想像上の親友、それらに該当する何かだ。
彼女はつまり、鬼灯の友人である
「貴女も、永遠子がいないものって思ってるの?」
「だってそうじゃない」
女子生徒な鬼灯に蔑むような視線をやりながら、
「いっつも独りで誰もいない場所に喋りかけてるんだもの。普通に考えてあり得ないでしょ」
――誰もいない?
いいや、鬼灯にはきちんと見えている。
青柳永遠子の存在は、確かにあるのだ。今はこの場にいないだけで、永遠子はちゃんと生きて存在して――。
本当に?
脳裏をよぎるのは、真っ赤に燃える空。
とても綺麗な夕焼けで、救急車の赤いランプが瞬く。何台も潰れた車、交差点、野次馬がコソコソと噂話。
可哀想に、可哀想に。
誰かに向けて、そんな言葉を吐いている。
目の前に転がる赤いランドセル、泥だらけのキーホルダー。
肩のベルトにかろうじて引っかかったあの腕は、一体誰のものか?
――そこまで思い出して、鬼灯は逆に質問をしていた。
「ねえ」
数名の女子生徒たちが、少しだけ怯えたように鬼灯へ振り向く。
「
「え、それって」
一人の少女が、その名前を聞いた途端に何かを思い出したようだ。
「交差点の事故で死んだ子だよね。結構前……私は小学生ぐらいの頃の話だよ。結構大きなニュースになったから、今でも覚えてるよ」
――その日は、夕焼けが綺麗だった。
真っ赤に燃える空、救急車の赤いランプが瞬く。
交差点に集まった車は潰れたものが多く、野次馬がコソコソと噂話をする。
「可哀想に」
「可哀想に」
交差点の中央、今まさに救急隊が担架で運んでいく血塗れの少女を見ながら噂話。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます