第4怪:交差点のあの子

第1話【ずっと側にいた】

 あの娘は、親友だった。


 ずっと一緒、どこでも一緒。

 幼稚園から現在まで、ずっと一緒の大親友。


 何度も家を行き来して、お泊まりもして、たくさん遊んで、たくさんお喋りした。



「ねえ、鬼灯ちゃん」



 綺麗に笑う親友。



「あたしたち、ずっと友達だよね?」



 不満げに頬を膨らませる親友。



「ずっと側にいてくれるよね?」



 悲しい時は寄り添ってくれた。



「ねえ、鬼灯ちゃん」



 その日は綺麗な夕焼けだった。


 空が真っ赤に燃えていて、山の向こう側に夕陽が沈んでいく。

 月無町では珍しい大きな交差点で、何台も車が衝突していた。よくある玉突き事故だ。テレビ番組で報道されて、新聞にも掲載されるほどの大規模な事故だった。


 救急車のサイレンやパトカーの赤いランプが点滅する交差点を前に座り込む少女は、吹き飛ばされた赤いランドセルに視線をやる。


 お揃いでつけたキーホルダーが泥だらけになっていた。

 赤いランドセルは傷だらけになってしまい、肩からかけるベルトが千切れている。いや、あれはベルトが千切れているのだろうか?


 見慣れた衣服に包まれた細い腕が、地面に転がる赤いランドセルに引っかかっていた。



「――――――――?」



 少女の呼びかけに応じる人間は、いない。





 その日は、とても綺麗な夕焼けだった。



 ☆



 永遠子がいない。


 親友の青柳永遠子あおやぎとわこがいないのだ。

 学校のどこを探しても見当たらない。三年の教室を全て探したが、どこにも見当たらないのだ。



「今日は休みだった……?」



 現在の時刻は昼休み。

 学生であればお弁当をつつきながら楽しい会話に興じている時間帯だ。学校生活で一番楽しい時間帯は静かな場所で親友と弁当を食べるのが通例だったのだが、肝心の親友がいない。


 鬼灯は弁当箱を片手にいつもの階段へ向かうと、



「お、来たな」



 すでに先客がいた。


 肩までかかる純銀の髪に、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い双眸。今時の女子高生から放っておかないほど顔立ちは整い、真っ黒な詰襟の制服が白い肌を際立たせる。

 階段を椅子の代わりにして腰掛けるその男子生徒は、旧校舎に出現するという悪霊だった。幽霊が動く時間帯とは真逆なのに、何故この場所を知っているのだろうか。


 彼の姿を認識した鬼灯は、くるりと踵を返す。



「帰ります」


「まあまあ、待て待て」


「何でいるのよ」


「旧校舎は退屈だからな。ぼっちのオマエを揶揄いに来た」



 銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは自分の隣をぽすぽす叩く。



「まあ座るがいい、鬼灯よ。噂の親友がいないオマエの話し相手になってやろうではないか」


「永遠子は学校に来てないだけよ。あと私はぼっちじゃないから」


「他の生徒から遠巻きにされている時点でぼっちは確定だろう。強がるな、鬼灯よ」


「…………」



 ど正論で捩じ伏せられて、鬼灯はぐうの音も出ないほど黙り込む。


 確かに、その通りだ。

 親友は昔から付き合いのある青柳永遠子しかおらず、その他の生徒は鬼灯のことを恐ろしい化け物でも見るかのような目で見てくるのだ。必要最低限の会話しか交わさず、鬼灯自身もそれでいいとさえ思っている。


 余計な交友関係なんていらない。永遠子さえいればそれでいいのだ。



「オマエは随分と寂しい青春を送っているものだな」


「寂しい……?」


「友人が一人もいない青春など『寂しい』以外にあるか?」



 ユーイルはニヤリと笑い、



「いやー、オマエは実に苦労するな。授業で『友人同士で組め』と言われたら必ずあぶれる生徒だろう」


「……じゃあ、貴方には友人いたの?」


「たくさんはいなかったな。まあ、それなりに」



 鬼灯の質問に自慢げな様子で答えるユーイルは、



「ところで、鬼灯よ」


「何よ」


「オマエの親友とやら、どうして学校に来ていないんだ?」



 その質問を受けて、鬼灯は回答に困った。


 青柳永遠子は朝から学校に来ていなかった。珍しく見かけなかったのだ。

 だから鬼灯は今まで一人で学生生活を送っていたし、誰にも話しかけられなくても特に思うことはなかった。周りの反応は「いつもより静か?」とか言っていたが、いつも騒がしくしていない。



「まさか知らないのか? 親友の一大事なのに」


「メッセージを送れば分かるわよ」


「ほう? ならば送ってみろ」



 ユーイルに言われて、鬼灯は携帯電話を取り出した。


 液晶画面を指で触れ、メッセージアプリを起動させる。

 学生の間でよく使われているアプリだ。そのアプリ内に並んだ友人の名前を指先で触れてから、メッセージを送る。



『今日は学校に来てないの? 風邪?』



 メッセージアプリには、すぐに既読がついた。



 ピコン。



 ややあって、メッセージを受信したことを告げる音が鳴る。

 携帯電話の画面には親友からのメッセージが記載されているのだが、



『鬼灯ちゃん』



 その一言だけだった。



「碌な答えは貰えなかったようだな」



 階段に座る銀髪赤眼の悪霊が、クスクスと楽しそうに笑っている。



「やはりオマエの親友とやらはおかしいな。おかしいぞ。このオレが言うのだから間違いない」


「永遠子をおかしいって決めないで。何の権限があってそんなことを言うの?」


「だっておかしいだろう。理由も何も告げずに学校を休む生徒がどこにいる?」



 ユーイルはおもむろに立ち上がると、鬼灯へ歩み寄った。


 驚いて後退りする鬼灯の手から携帯電話を強奪し、慣れない手つきで液晶画面に触れる。

 表示された永遠子からのメッセージへ丁寧に視線を走らせ、それから彼は「やはりなぁ」と納得したように頷いた。



「今までのメッセージ、オマエはよくもまあ読めるものだ」



 液晶画面を鬼灯の眼前に突きつけてくるユーイルは、



「これらのメッセージは全て、オレにはよく分からん文字で構成されているぞ」


「貴方の目が悪いだけじゃないの?」


「ほう? 言うではないか」



 ユーイルは液晶画面に指を滑らせて、



「えーと……これと、これ、これを……お、こうか。凄いな最近の電子機器は。ハイカラだな」



 何かに感心したように独り言を呟きながら、辿々しく指を動かす。それからポイと鬼灯に返してきた。


 液晶画面に表示されたメッセージアプリには、淡々とした一文が載っている。



『おまえはどこにいる』



 携帯電話を握りしめた鬼灯は、キッとユーイルを睨みつける。



「永遠子に何言ってんのよ!!」


「手っ取り早くこう告げた方がいいだろう。相手を気遣ってやる必要もなし」


「だからって……ッ」



 ピコン。



 メッセージが受信される音だ。


 永遠子が怒りのメッセージか、疑問に思うメッセージでも送ってきたのだろうか。

 言い訳の文章を考えて液晶画面を見ると、次の文章があった。



『わたしはここにいる』

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