第3怪:神沙那駅
第1話【見慣れない駅】
がたん、ごとん。
がたん、がたん。
がたん、ごとん。
がたん、ごとん。
がたん、ごとん。
「ん――――?」
電車に揺られる××高校の男子生徒は、ようやく目を覚ました。
高校の最寄駅から電車に乗り、自宅を目指している最中だったと思う。
いつもより早めの電車に乗ることが出来て、いつもより早めに家へ帰れると思ったのだ。地元に着いたら行きつけの本屋に寄って、何か新刊は出ていないかチェックしようと考えていたのだ。
それなのに、何故か電車は動き続けたままだ。
「しまった、降り忘れて……ッ!!」
慌てて立ち上がれば、窓の向こうを流れていく景色は見覚えのないものばかり。
果てしなく続く草原に敷かれた、荒れ果てた線路を電車が真っ直ぐ進んでいく。
雑草は生えて、線路は錆びつき、よく電車が走れるなと思えてしまうほど古い。すでに路線そのものが廃止されていてもおかしくないのに、何故走れているのだろうか。
というか、ここはどこだ。
「え……?」
男子生徒は呆然と呟いた。
電車の中に乗客は自分以外におらず、電車は止まることなく動き続ける。どこを目指すかも分からず。
電光掲示板には何も表示されておらず、この電車がどこに向かっているのかさえ不明だ。
果たして自分は、どこに運ばれるのだろうか。
「えー、次はぁ」
電車の中にアナウンスが流れる。
「カミシャナ、カミシャナです。お出口は右側です」
聞き覚えのない駅名だった。
男子生徒は慌てて自分の荷物を抱えると、先頭車両に駆け込む。
電車を動かす車掌がいれば、この電車を止められることが出来るかもしれない。止められることが出来なければ、反対方向の電車に乗ればいい。その電車の有無を聞けばいいだけだ。
先頭車両に足を踏み入れ、男子生徒は運転席の扉を叩く。
「すみません、すみません!!」
運転席の扉はカーテンが閉まっているので、様子は薄らと見ることが出来る。
誰かの影が蠢いているのは確認できるのだが、男子生徒の話を聞いている気配はない。ただ黙々と機械を使って、電車を操っているだけだ。
男子生徒は何とか気づいてもらおうと扉を叩き続けるが、運転席に居座る影は振り向くことすらない。割と大声で呼びかけているのに、何故か車掌は聞こえていないフリを貫いている。
「すみません、すみません!! 聞こえていませんか!?」
がたん、がたん。
がたん、ごとん。
「すみません、ここはどこですか? カミシャナって何県ですか!?」
がたん、ごとん。
がたん、ごとん。
「すみません!! 聞こえていますか!? ねえ、聞いてますか!?」
手が痛くなるほど扉を叩いて、電車はようやく減速した。
止まってくれる――男子生徒は胸を撫で下ろす。
これで反対側の路線を教えて貰えば、家に帰れる。果たして何時になるだろうか。父親か母親に怒られなければいいが。
安堵したのも束の間のこと、運転手は男子生徒の話を聞いて電車を止めた訳ではなかった。
「カミシャナー、カミシャナー……」
見知らぬ駅に着いていた。
「お出口は右側ですー……お降りの際はお足元にお気をつけくださいー……」
草原の中にポツンと佇む駅は、非常に古い。昔の映画に出てくるような田舎の駅だ。
ひび割れたコンクリートからは根性のある雑草が顔を覗かせ、トタン屋根は錆び付いて強風を受ければ吹き飛んでしまいそうなほどボロボロだ。ホームの隅にひっそりと置かれたベンチは風雨に晒された影響で色褪せ、柱に貼られた時刻表は今にも剥がれ落ちてしまいそうなほど古い。
電車の扉は開け放たれたまま、男子生徒が駅に降りるのを今か今かと待っている。
「…………」
男子生徒は、とりあえず携帯電話で助けを求めようとした。
鞄から携帯電話を取り出すも、携帯電話の電波は圏外。インターネットも繋がっていない状態のようだ。
通話アプリを立ち上げてメッセージを送信しようとしても、送信できずに『インターネットに接続しておりません』とアナウンスが流れる始末だ。
電車を降りるしかないのだろうか?
「………………」
電車を降りれば、地元に帰れなくなるとは頭が理解している。
それでも、電波を求めて電車を降りなければならないという誰かが耳元で囁く。
降りてはいけないとは分かっているものの、電車を降りたいという衝動に駆られてしまう。
さあ、どうする?
「…………」
男子生徒は、駅に降り立った。
古びた駅のホームが広大な草原にポツンと取り残され、駅員の存在はない。無人駅のようだ。
壊れた改札があり、その向こうに広がっているのは同じような草原が続く。民家の一件さえない。不思議な世界だ。
がたん、がたん。
がたん、ごとん。
がたん、がたん。
がたん、ごとん。
男子生徒を今まで乗せていた電車は、ゆっくりと駅のホームから去っていく。
置き去りにされてしまった男子生徒は、遠ざかっていく電車を呆然と眺めていた。
追いかける訳でもなく、ただ遠くなる電車を見送るだけ。帰りの電車のホームすらなく、もう絶望するしかなかった。
家に帰れない――そんな予感がした。
「タクシー……父さん迎えに来てくれないかな」
携帯電話は相変わらず圏外。
メッセージアプリはメッセージすら送ることの出来ない役立たず。
無用の長物と化した携帯電話を握りしめたまま駅のホームに立ち尽くす男子生徒は、何を思ったのか、ふと背後を振り返った。
神沙那駅。
ボロボロの看板には、そう書いてあった。
「きさらぎ駅と同じかな」
男子生徒は、ふとネットで有名な怪談の名前を口にする。
確か、あの怖い話では同じように無人駅に取り残された女性の話だったか。あの話ではネットだけは繋がるようだが、マップは意味をなさず、トンネルを潜った先にある別世界で車に乗ってどこかに消えたというのが話のオチだ。
あの話とはまた違った駅だが、同じ展開だろうか。ならばトンネルを探さなければ。
「ねえ……」
不意に呼ばれて、男子生徒は振り返ってしまった。
「貴方も、神沙那駅に用事なの?」
目の前に立っていたのは、ボサボサの黒髪に額から血を流したセーラー服の少女だった。
☆
「腹が減った」
××高校の旧校舎。
時間から忘れ去られたこの建物は、幽霊が出るという噂がある。
その幽霊である銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは不満げに唇を尖らせて言う。
「腹が減った。腹が減ったぞ、鬼灯よ。幽霊を引き寄せてこい」
「そんなに都合よく幽霊を引き寄せることなんて出来る訳ないでしょ」
旧校舎の古びた椅子に腰掛ける
「私にとっては平和だわ」
「オレにとっては腹の減る時間でしかないわ」
ユーイルは不満を示す為に頬を膨らませると、
「オマエは幽霊を引き寄せる体質を悩んでいるのではないのか!! オレの食事をさっさと連れてこい!!」
「無理よ。私は引き寄せたくないもの」
鬼灯は携帯電話で親友の
ニュースアプリのお知らせである。
特に意味はないが携帯電話に元々インストールされていたニュースアプリで、たまに見ることがあるのだ。そのニュースアプリが、新着ニュースを受信したらしい。
何気なく指先でポップアップに触れれば、ニュースの記事が画面に表示される。
「……行方不明だって」
「ほう? 誰が?」
「うちの学校の子。同級生に行方不明者が出たみたい」
「それはそれは」
ユーイルは楽しそうに微笑むと、
「食事の匂いがするなぁ」
「え?」
「鬼灯よ、その行方不明になった男子生徒は一体どこで行方不明になった?」
「えーと……」
ユーイルに指摘され、行方不明になった男子生徒が最後に姿を見られた場所を確認する。
路線名が書かれていた。
おそらく、電車に乗っていたところを行方不明になったのだろう。それはそれで疑問になるが。
納得したように「ふむ」と頷いたユーイルは、
「鬼灯よ、その路線に行くぞ」
「え? 何で?」
「食事の気配がするからだ」
赤い双眸を炯々と輝かせるユーイルは、舌なめずりをしながら言う。
「今日の晩餐は決まったな」
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