第5話『クリスマスのプレゼントには』

 暖炉に火を灯して、おじいさんは、トッテンビッターに温かいミルクと、カラフルなキャンディが ギッシリ 詰められたびんを開けてくれた。

「いいの? 」

「いいとも。キミは良い妖精だからね」

 おじいさんから そう言われ、トッテンビッターは、「わあい! 」と歓声を上げた。瓶の中から、大きなキャンディを拾い上げ、舌いっぱいでめ上げる。

「ところで、《サンタの灯火》ってどこにあるの? 」ミルクに舌を火傷させそうになったトッテンビッターが言った。「トナカイが、さっき、ボクの後ろにあるって言っていたんだ。振り返ったら、おじいさんがいたんだけど」

 トッテンビッターの質問を受けて、おじいさんは笑顔で頷いた。

「このワシが、その《サンタの灯火》だからだよ」

「へ? 」

 おじいさんの答えに、トッテンビッターは口を ポカン と開けた。

「そんなあ! 冗談は止めてよ。ボク、《サンタの灯火》を探して、ここまで来たのに」

「本当だとも! 」

 まゆを への字に曲げたトッテンビッターに、おじいさんは力強くそう返した。そして、暖炉の火で、オレンジ色に照らされた、赤いコートの胸元に手を置くと、おじいさんは、「《サンタの灯火》は、ワシのここにある」と言った。

「《サンタの灯火》とはワシの心臓のことであって、ワシ自身のことなんだよ」

「おじいさんの心臓は、おじいさん自身で──? どういうこと? 」

 おじいさんの説明に、トッテンビッターは首を捻った。

「つまり」おじいさんは口を開いた。「ワシは、生きていない、ということだ」というより、「一度、人間という立場で死んでいるんだよ」

「し、死んでる⁉ 」トッテンビッターは目を真ん丸にした。「おじいさんは、幽霊なの? 」

「その様なものだね。正確には、“守護者”という立場なんだ」

「“守護者”? 」

 トッテンビッターは、その言葉を知っていた。人間として生まれ、守護者という身分についた者。それは、ひとりしか思いつかない。

「もしかして、おじいさんが──」

「そう。ワシが、サンタクロースだ」

 おじいさんは、ニッコリ と笑って、答えた。

「ワシの心臓は一度止まった。それを、神様が、灯火として再生させてくれたんだよ。二度と消えることの無い、たったひとつの、永遠の灯火だ」

 だから、と、おじいさんこと、サンタクロースは続ける。

「《サンタの灯火》はやれないんだ。すまないね」

「そっか……」

 サンタクロースの説明を聞いて、トッテンビッターは肩を落とした。いくらキョウダイたちと約束した灯火とはいえ、ひとりの命を動かすものなのだと知れば、どうしても欲しいと言う訳にもいかない。「それは、しょうがないね」そう言おうとした時だった。

「んん? あれれ? 」

 トッテンビッターは気がついた。

「そう言えば、ボクがここに辿り着く前に、何人かの人が、《サンタの灯火》を持っていたって言ってたよ! それって可笑しくない? だって、灯火は、サンタクロースのおじいさんの心臓なんでしょう? 」

 その言葉を聞いて、サンタクロースは目を丸くした。しかし、すぐに細く伸ばすと、体を大きく揺すりながら笑った。

「ほっほっほ! 気がついてしまったか! あれはね、キミを試したんだよ」サンタクロースは言った。

「ワシのつかいのトナカイを化けさせて、キミたちの行く先、行く先に向かわせたんだ。最初は犬、次は、ガチョウだった」

「キミ“たち”? 」

 トッテンビッターは、「たち」という言葉に引っ掛かりを覚えた。サンタクロースはうなずいた。

「キミの、キョウダイたちもいただろう? カレらの元へも、トナカイを送ったんだ」

 サンタクロースは、そこまで言うと、小さなトッテンビッターの目をのぞき込んで、微笑んだ。

「キミのキョウダイたちにも、同じ様な試練を受けて貰ったんだ。けれど、ミンナ、駄目だった。1匹は犬の言葉に耳も貸さず、1匹は キラキラ した物に目を奪われた。1匹は遊ぶことで頭がいっぱいで、1匹は、いいところまではいったんだが、ガチョウからの贈り物を、快く受け取ってしまったんだ。キミだけだったんだよ。キョウダイの中で、ワシの元へと辿り着いたのは」

「ボク、だけ? 」

 トッテンビッターは、ボンヤリ と言った。

「そう、キミだけだ。トッテンビッター君」

「どうして、ボクの名前を? 」

 名前を言い当てられて、驚きの表情を見せるトッテンビッターに、サンタクロースは悪戯いたずらっ子の様に、片方の口角を上げた。

「ワシは知っているよ。他の誰よりも誠実で、勇敢で、優しい心の持ち主の名前くらいね! 」

 サンタクロースは、ミルクで汚れたトッテンビッターのほおを、優しく拭うと、「さて」と立ち上がった。

「キミの願いを、ひとつ、叶えてあげよう! 《サンタの灯火》を与えることはできないけれどね」

「願いを? 」トッテンビッターは繰り返して、パッ と明るい目を開いた。「なら、ならさ! ひとつあるよ! 」


 海を走る、無番汽車のサロンは、クリスマスパーティの装いできらめいていた。壁や天井は手作りのモビールで、存分に飾り付けられている。クリスマスに向けての準備は万端。優雅で、華やかな雰囲気だ。

しかし、そこにいる従業員たちは違っていた。それぞれが、顔を真っ青にしながら、汽車内をうろついていた。

「おーい、トッテンビッター! 」

「どこにいるのお? 」

 大声で呼びながら、そこら中を探し回っている。

 《サンタの灯火》を求め、それぞれ冒険に出掛けたピクシーたち5キョウダイであったが、そのうちの4匹は、遂にそれを見つけることができずに、日が繰れる前に汽車に戻ってきていた。しかし、キョウダイの中でも いちばの臆病者おくびょうもので、頼りのないトッテンビッターが、未だ戻ってきていない。

「きっと、早いうちに戻って来ちゃって、汽車の何処かで怯えているんだわ! 」キョウダイたいは、そう決めつけて、汽車内を探し回ったが、カレの姿はどこにもなかった。仕方が無く、従業員たちに訳を話したのだ。

「どこにもいないね」と従業員のひとりが言った。

「まだ戻ってねえって可能性もあるな」と違う従業員が言った。

「けれど、日が暮れても帰ってこないなんて、あるのかしら? 」また違う従業員が言った。

 ピクシーたちも、居てもたっても居られないほどに胸が鼓動こどうして、仕方が無かった。

「トッテンビッターったら、もしかして──」

 キョウダイいちのおしゃべりのリーレルが、不吉な想像に震え上がった、その時だった。

「あ! あれ見てよ! 」

 キョウダイいちのお調子者のパヨーニルが、窓の外を指差して叫んだ。

 針の様に細い指の先には、シンシン と降る、絶え間ない流れ星があった。

 黄色、赤、緑、水色、色とりどりの流れ星たち。

「わあっ! 」 

 ピクシーたちは、窓に貼りつく様にして、その光景を見た。その様子に気がついた、汽車の従業員たちも、窓に集まる。

「ど、どうなってるの? 」

 様々な色で彩られた流れ星の光は、弧を描きながら海へと落下し、その水面に、美しい万華鏡まんげきょうの花を咲かせた。

 うっとりする様な、その景色の中、ピクシーのキョウダイたちは、月の影に輝く姿を見つけた。

「あ! あれ! 」


 9匹のトナカイが綱で引くソリの上。サンタクロースの胸ポケットで、ぬくぬく と暖を取るトッテンビッターは、キョウダイたちのいる汽車を見下ろしていた。

 空は、サンタクロースの小屋で舐めたのと同じくらい、カラフルな流れ星で満たされている。トッテンビッターが願った、キョウダイたちへのクリスマスプレゼントだ。

「とっても綺麗だなあ! 」

トッテンビッターは、ワクワク して言った。

「ミンナも、楽しんでくれているといいなあ! 」

「きっと、喜んでくれているさ! 」

 サンタクロースは、カレに優しく微笑み掛けた。

 トッテンビッターも、サンタクロースに可愛く微笑み返すと、「ボクね、おじいさんのこと、勘違いしてたみたい」と小さな声で言った。

「本当は、こんなに凄いおじいさんだったんだね」

「いいや、ワシは、ちっとも凄くなんか無いさ」

 トッテンビッターの言葉に、サンタクロースは首を横に振った。

「凄いよ! 」トッテンビッターは、飛びつく様に言った。「凄いし、優しいし、それに、とっても格好いいよ! 」

 流れ星に負けないくらい、瞳を キラキラ 輝かせて言うトッテンビッターに、サンタクロースは「ほっほっほ」と笑った。

「優しさは、誰にでもある。どんな人間にだって、どんな動物にだって、どんな妖精にだって、幽霊にだって! 誰にでもあって、特別なものでは無いんだよ。必要なのは、それを、誰にでも与えられるということだよ。誰にでも、手を差し伸べることのできることこそが、特別なことなんだ」

 丁度、キミがやってくれた様にね! と、サンタクロースは、人差し指で、トッテンビッターの鼻をでた。

「キミは、とっても勇気のある、そして、誰にでも手を差し伸べることができる、特別な妖精だよ。もう クヨクヨ する心配なんてない。胸を張って、仲間の所へ帰りなさい」

サンタクロースは そう言って、トナカイを繋いだ手綱を優しく振ると、「さあ、帰ろうか」と言った。

「そうだね」トッテンビッターは大きく頷いた。「ミンナと一緒に、この景色を見たいもの! 」

 そうして、胸ポケットから飛び出したトッテンビッターは、汽車の方へと下ってゆき、サンタクロースを乗せたソリは、天高く上って行った。


 トッテンビッターが汽車に戻ると、そこにはキョウダイたちがいた。

「全く、どこまで行ってたのよ! 」

 お喋りのリーレルが、腰に手を当てて言った。

「どうせ、その辺でおびえてたんだろ」

 怒りん坊のオオッコーが、しかめっ面で言った。

「それよりもさ、外の様子を見たかい? 雨粒みたいにお星様が降ってきて、凄いんだから! 」

 お調子者のパヨーニルが、宙をね回りながら言った。

「とっても綺麗だわん。サンタさんからのプレゼントかしらん」

 気取り屋のチェーリターが、うっとりと言った。

「もしそうだったら、最高のプレゼントね! 」

 キョウダイたちの言葉に、ニッコリ 笑顔を作ったトッテンビッターは、サロン内を見渡した。

 キラキラ と飾り付けられた部屋と同じくらい、従業員たちも目を キラキラ させて窓の外を眺めている。

「本当に、最高のプレゼントをありがとう、おじいさん」

 トッテンビッターはつぶやいた。

「やっぱり、おじいさんは格好いいや! 」


 山小屋へと向かうソリの中、サンタクロースは、自身の、白く豊かなひげを誇らし気にかしていた。そうして、ムズムズ と口角を上げると、誰も聞き取れない声の大きさで、呟いた。

「どういたしまして! 」


【完】

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【世界異次元旅行記】ミスターロコモーティヴと砂の精 サトウ サコ @SAKO_SATO

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