第4話『第三のお願い』

 崖の上の家に住むガチョウから案内された通りに飛ぶと、雪山に建つ一軒の小屋に辿り着いた。

 強い横風に、空から降り続く雪と地面に深く積もっているそれが混ざって、まるで全体が、白いカーテンに覆われている様だった。拭っても拭ってもりずに貼りついてくる雪に、トッテンビッターは上手く目を開けずにいた。

「凄い風だ。それに、とっても寒いや。早く《サンタの灯火》を見つけなくっちゃ! そうじゃないと、ボクの羽根が凍っちゃうよ! 」

 トッテンビッターは、ブルブル と体を震わせながら、小屋の窓を覗き込んだ。

「あれれれ? 」

 窓の向こうは、ガラン としていた。恵まれた家具こそはあるものの、人の気配は無く、大きな暖炉も、まき贅沢ぜいたくに積み上げられたまま、火が点けられた形跡は無かった。

「こんなにひどい吹雪なのに、お家の人はどこへ行ったんだろう? もしかして──」

「ご主人なら、ついさっき、お散歩に出掛けていったよ」

「それに、この辺りじゃあ、こんな吹雪なんてしょっちゅうなんだからね」

 トッテンビッターが、ジブンの想像に顔を青くしていると、後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、そこには、9頭のトナカイがいた。

「キミ、《サンタの灯火》を探しているんだね? 」

 先頭に立つトナカイが言った。

「そうだよ」

 トッテンビッターが答えると、次のトナカイが口を開いた。

「ボクたち、《サンタの灯火》の場所まで案内できるよ。連れていってあげようか」

「本当に? なら、連れていってよ! 」

 雪塗ゆきまみれの顔を、パッ と輝かせてお願いする小さな妖精に、今度は3番目のトナカイが返事をした。

「でもね、タダで教える訳にはいかないよ。ボクたちにも探し物があるんだから」

「探し物? 」

 トッテンビッターは首をひねった。

「“金の額縁の肖像画しょうぞうが”だよ」

 4番目のトナカイは目を細めてそう言うと、ションボリと小さな耳を伏せさせた。

「キミ、この山ははじめてかい? 」

 5番目のトナカイはトッテンビッターに聞いた。

「うん、はじめてだよ」

 トッテンビッターは答えた。それを聞いて、トナカイたちはもっと、耳を平らに伏せた。

「とってもさびしい山だろう? でもね、昔は違ったんだ。全部、争いが悪いんだ。争いが、山から人を追い出してしまった。お陰で今じゃ、この小屋だけさ。可笑しいだろう? あれから すっかり、みんなは仲良くなったのに! 」

6番目のトナカイは悲しそうに、ブルル と鳴いた。

「ボクたちのご主人だって、昔はとっても楽しそうだった。それももう、昔の話。いくら平和を祈ったって、人は人をうらんでばかり。折角与えたものでさえ、片っ端から凶器に変わる。だから、ご主人は小屋にこもった。誰とも会いたく無いんだって! 」

 7番目のトナカイが話を続けた。

「扉を閉ざす その前に、ご主人は、画家に描かせた肖像画を、町の教会へ飾ろうとソリへ乗せたんだけど、山を下っている途中で、うっかり落としてしまったんだ。どうかキミ、“金の額縁の肖像画”を探してきてくれないかな? たぶん、この山のどこかに落ちていると思うんだけど」

 8番目のトナカイの話を聞いて、トッテンビッターは「間抜けな主人もいるんだなあ」と思ったが、胸の中に仕舞い込み、代わりにまゆをㇸの字に曲げて、「えええ」と小さくうなった。

 肌が突きされる様な冷たい吹雪の中、視界がさえぎられたまま飛ぶのは、怖かったからだ。

「駄目、かな」トナカイたちはトッテンビッターの様子を伺うと、「でもそうだよね。無理は良くないよ」と残念そうにうつむいた。

 針葉樹しんようじゅの葉の様な、小さく細い妖精は、溜息を吐くトナカイたちを見つめると、「ううう」とくちびるを強くんだ。両手のこぶしにぎり、コクリ と決意を固めると、「いいよ! 探してあげる! 」と言って、飛び出した。


 乱暴な風に羽根を取られながら、トッテンビッターは独り言を繰り返していた。

「ボクは、凶暴な野良猫から勇敢に逃げて見せた。それに、不機嫌な波に囲われた岩の上にだって、立ってみせたじゃないか! こんな吹雪、どうってことないさ! 」

 トッテンビッターは、雪のカーテンを押しやって、前へ前へと進んだ。

 羽根にまとわりついた氷を振り払い、張り付きそうになるまぶたを手の平で温めながら、地面を見回す。しかし、どこをどう見渡しても、真っ白けっけな光景に、トッテンビッターの決意も、揺らぎそうになっていた。

「本当に“金の額縁の肖像画”なんてあるのかな? もしかしたら、トナカイたちったら、ボクに《サンタの灯火》を渡したくないもんだから、ボクに嘘を教えたのかも知れない」

 いつの間にか、トッテンビッターの目から、大粒のなみだあふれていた。ほおに伝ったそれは、あごに辿り着く前に、水色の氷になり、トッテンビッターの顔をどんどんふくらませていった。頭がどんどん重くなり、トッテンビッターは、厚い雪に突き刺さる様に落下した。

 雪の中に、顔が スッポリ はまってしまったトッテンビッターは、あせった。天に向いた足を ジタバタ させ、両手で地面を押し込んだ。しかし、大地は ビク ともしない。

「ボクは、ずっとこのままなんだろうか」

 トッテンビッターは四方を覆われた真っ暗な中、そう思った。頭が凍って、ガンガン する。呼吸もできない。普通の生き物なら、絶体絶命の状況だが、カレは妖精。不死身なのだ。

「でも、永遠にこのままなんて! 退屈だし、何よりも、ヒトリぽっちだなんて嫌だよ。ミンナに会いたいよう! 」

 キョウダイたちを思い浮かべて、トッテンビッターは、また、泣き出しそうになった。その時だった。

「あれ? 」

 何かに足をままれ、引っこ抜かれた。

「こんな所で、どうしたんだねえ」太く、穏やかな声がひびいた。「遊んでいるなら危険だよ」

 声の主はそう言うと、トッテンビッターの顔に貼りついた雪を、丁寧ていねいに払い除けると、その大きな手の上に、置いた。

 やっと視界が自由になったトッテンビッターは、恩人を見上げた。“恩人”というからには、人間だった。白く モジャモジャ したひげを伸ばした、優しい灰色の瞳を持った老人だった。

「遊んでいるんじゃなかったんだよ」トッテンビッターは言った。「ボクは、探し物をしていたんだ──あ! あれ! 」

 おじいさんの肩の向こう、雪の小山に、ピカピカ と輝く物が見えたのだ。

「あれは、もしかして! 」

「あれ? はて、何のことかな」

 トッテンビッターの言葉に、おじいさんは首をかしげた。手の上のトッテンビッターは、ピカピカ を指差すと、「あれだよ、おじいさん! あそこに連れていってよ! 」と強請ねだった。

 おじいさんは、妖精の我儘わがままに、「はいはい」とうなずくと、トッテンビッターの望む場所に、カレを降ろした。

「ありがとう! 」

 トッテンビッターは、おじいさんに可愛く笑うと、目的の小山へと走り寄った。

「これは! 」

 雪の小山から、金色の、四角い角が飛び出していた。豪奢ごうしゃな模様が掘られた、その角を確認して、トッテンビッターは、これが、金の額縁に違いないと思った。

「おじいさん、力を貸してよ──って、あれ? 」

 振り返ると、そこに、おじいさんはいなかった。その代わりに、小屋の前で出会った、9匹のトナカイたちが立っていた。

「あれれ、おじいさんは? 」

「おじいさん? 」

 先頭のトナカイがトッテンビッターに聞き返した。

「ここにいたじゃない! 」

 トッテンビッターが返すと、2番目のトナカイは、不思議そうに瞬きをして、「ここにいたのはボクたちだったよ? 」と言った。

「キミたちは小屋の前にいたじゃないか! ボクだけにおつかいを任せて! 」

 トッテンビッターは、そう訴えたが、トナカイたちが口を揃えて、「こんな危ない山をヒトリで彷徨さまよわせる訳ないじゃないか」と言うので、頭が痛くなってきた。

「それなら、あの おじいさんは誰だったんだろう? 」

 誰にでもなく問い掛けるカレを余所に、トナカイたちは小山を囲んで、ピカピカ 光る角に悩んでいた。

「これに違いないよ」

 4番目のトナカイが言った。

「でも、どうやってここから出せばいいんだろう? 」

 5番目のトナカイがたずねた。

「掘り返せばいいんじゃないのかな」

 6番目のトナカイが提案した。

「こんな固い雪を? 無理だよ」

 7番目のトナカイが否定した。

「なら、どうやって、ここから絵を取り出すんだ? 」

 8番目のトナカイが首をひねった。

「ねえ、どうすればいいと思う? 」

 9番目のトナカイが、トッテンビッターに尋ねた。

 トナカイたちが話している間に、トッテンビッターも、ピカピカ の額縁のことを思い出していた。腕を組んで、「うーん」と唸ったカレは、「あ! 」と思いついた。

「引っ張り出せばいいんじゃないかな! おじいさんが、ボクをそうしてくれた様に」

 トッテンビッターの言葉を聞いて、トナカイたちは、「いいね」と賛成した。

 1番目のトナカイが額縁をくわえ、2番目のトナカイが1番目の尻尾を咥えた。そして、3番目のトナカイが2番目の尻尾を──と、白い大地に、長い直線を描き出した。トッテンビッターは、カレらの頭上へ浮かび上がると、指揮をった。

「息を合わせて尻尾を引くんだ! そら! うんとこしょ、どっこいしょ! うんとこしょ、どっこいしょ! 」

 トッテンビッターの掛け声に合わせ、トナカイたちが足を踏ん張らせた。

「うんとこしょ、どっこいしょ! わあっ! 」

 トナカイは尻餅しりもちをつき、“金の額縁の肖像画”が雪の上に出ていた。


 トッテンビッターと“金の額縁の肖像画”を背中に乗せたトナカイたちは、山小屋へと戻った。

「見つけてくれて、ありがとう」

 先頭のトナカイが言った。

「見つけられたのも、キミのお陰だ」

 2番目のトナカイが言った。

「お礼をさせて欲しいんだ」

 3番目のトナカイが言った。

「お礼? 」

 トッテンビッターが首を傾げると、4番目のトナカイが、肖像画から額縁だけを外して、それを目の前に置いた。

「これをあげるよ」

「貰ってよ」

 5番目のトナカイが、続けて言った。

 トッテンビッターは、額縁を見下ろした。その中には、花やつたが、伸び伸びと曲線を描きながら、交じり合っていた。とっても美しい額縁だった。誰もが欲しがる品物だろう。だが、トッテンビッターは首を横に振った。

「いらないよ」

「“靴下に入った金貨”よりも“黄金でできた2つのカップ”よりも高価な物なんだよ? 」

 トッテンビッターの言葉に、目を真ん丸にして、6番目のトナカイは言った。

「ボクはいらない」それでも、カレは ハッキリ、そう断った。「それはキミたちの物だし、それに、ボクが欲しいのは《サンタの灯火》だけだからね。それ以上を貰ったって、ボクの体じゃ重すぎて、持ち運べないよ! 」

「あはは、そうだね」

 トッテンビッターの言葉を聞いて、7番目のトナカイは愉快ゆかいそうに笑った。

「じゃあ、約束通り、灯火の在処ありかを教えてあげるね」

 8番目のトナカイが言った。

「どこにあるの? 」

 トッテンビッターが尋ねると、9番目のトナカイが、「後ろだよ」と言った。

「後ろ? あっ! 」

 言われるがままに振り向くと、そこには、見覚えのある人影があった。白い髭に、灰色の瞳。

「ボクを助けてくれた、おじいさんだ! 」トッテンビッターは、おじいさんとの再会に羽根を鳴らした。「もしかして、この小屋って、おじいさんのなの? 」

 嬉しそうに跳ね回るトッテンビッターに、おじいさんは、「そうだよ」と優しく微笑んだ。そうして、玄関のノブを回すと、「さあ、お入り。冷えただろう」と招いた。

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