第3話『第二のお願い』

 灰色の町に住む犬から案内された通りに飛ぶと、海辺に建つ一軒の家に辿り着いた。言われていた通り、崖の上に建っていたのだが、そこから見下ろす海と言ったら、身の毛のよだつものだった。

 厚い雲と対面する、それは、泥の様な色をして、ビュンビュン と吹き付ける冬の強い風に、サブンサブン と激しくその身を打ちつけていた。

「海全体がくじらみたいだ。あれに飲み込まれたら、イチコロだろうなあ」

 トッテンビッターは、青ざめてそう言うと、家の窓を覗き込んだ。

「おや? おやおや! 」

 窓の向こうのテーブルの上に、粗末な蝋燭立ろうそくたてがあり、そこからのびる細い蝋燭の上に、キラキラ ときらめく灯火が乗っていたのだ。

 その暖かそうな火の光に、トッテンビッターは口を パクパク とさせた。

「も、もしかして、あれが、あれが──! 」

「《サンタの灯火》ではないわよ」

 体の下から声が聞こえた。

見下ろすと、そこには、体中を金色に塗りたくらせたガチョウがいた。

 金ぴかのガチョウは、ひん曲がった口で、グアー と鳴くと、地面に降り立ったトッテンビッターに、ヨチヨチ と歩み寄った。そして、「《サンタの灯火》は、ここには無いわ」と言った。

「そんなあ」

 ガックシ 肩を落とすトッテンビッターに、ガチョウは「でもね」と続けた。

「それが、どこにあるかなら知ってるわ」

「本当に? それなら、どこにあるのか教えてくれる? 」

 トッテンビッターがたずねる、ガチョウは、「勿論、いいわよ」とうなずいた。

「でもね、タダで教える訳にはいかないわ。ワタシも探している物があるの」

「探している物? 」

 トッテンビッターは首をひねった。

「“黄金でできた2つのカップ”よ」

 ガチョウは、ウットリ とした表情でそう言うと、ションボリと長い首を垂らした。

「あなた、この土地ははじめて? 」

 ガチョウはトッテンビッターに聞いた。

「うん、はじめてだよ」

 トッテンビッターは答えた。それを聞いて、ガチョウはもっと、首を折り曲げた。

「とってもさびしい土地でしょう? でもね、昔は違ったのよ。全部、災害が悪いのよ。災害が、町から人を奪ってしまった。お陰で今じゃ、この家だけなの。可笑しいでしょう? あれから すっかり、安全になったのに! 」ガチョウは悲しそうに、ブー と鳴いた。「ワタシのご主人だって、昔はとっても裕福だったの。それももう、昔の話。自分が生きていく為に、大切にしていた《サンタの灯火》を売ってしまった──本当は、ワタシを“まぼろしのガチョウ”として売り飛ばすつもりだったのに、私があわれでめてしまったみたい! ──それで、代わりに黄金のカップ2つを手に入れたって訳よ。ご主人ったら、そのカップを海の向こうの王族へ売りに行こうとしていたんだけれど、その途中で、うっかり海に落としてしまったの。どうかアナタ、“黄金でできた2つのカップ”を探してくれないかしら? たぶん、この海のどこかに漂っていると思うのだけれど」

 その話を聞いて、トッテンビッターは「間抜けな主人もいるんだなあ」と思ったが、胸の中に仕舞い込み、代わりに「うん」と首を縦に振った。

 飛んで上から海を見下ろすのは、少ししか怖くなかったからだ。

「いいよ。探してあげる! 」

 そう言って、機嫌良く飛び出した。


 崖の側から、徐々に奥へ奥へと進みながら、トッテンビッターは不安になっていた。

「こんなに大きな海の中から、どうやって小さなカップなんか見つけられるんだろう? 」

 さっきまでは何とも無かった風も、こうも心細いと、ずっと冷たく感じるのだった。

「あのガチョウは嘘をついていたのかな? カップなんて本当は無くって、ボクをこうして、凍えさせる為に、意地悪をしてるのかな? 」

 トッテンビッターは、ジブンの恐ろしい想像に、ブルリ と身体を震わせた。その時。

「あ、あれは! 」

 海の真ん中に堂々とそびえ立つ岩の頂上が、ピカピカ と輝いていたのだ。

「あれは何だろう? 」

 トッテンビッターは、近づこうとして、尻込みをした。

 海は相変わらず不機嫌に白い波を、ところどころにき散らしている。音も、轟々ごうごうと鳴って、小さなトッテンビッターの四肢は、ズタズタ に引き千切られてしまいそうだ。

「それでも──」トッテンビッターは歯を食いしばった。「それでもボクは、あの凶暴な野良猫から勇敢に逃げて見せたんだ! こんな荒波、どうってことないさ! 」

 トッテンビッターは、遂に、岩の上に着地して見せた。

「やったぞ! 」

 カレは嬉しさのあまり、羽根を思いっきり震わせた。そして、本来の目的を思い出すと、例の ピカピカ の正体を探った。

 ピカピカ は、すぐに見つかった。それは、2つの、黄金でできたカップだった。

「これが、ガチョウが言っていた、“黄金でできた2つのカップ”だね」

 トッテンビッターは、さっそくそれらを運んで行こうとしたが、カレのか細い腕では、どうしても持ち上げることができない。

「どうしよう」困ったカレだが、すぐにあることをひらめいた。「そうだ! あのガチョウに運んでもらえばいいんだ! 」


 トッテンビッターから案内されたガチョウは、ガーガーグアーグアー 鳴きながら、ようやく岩に辿り着いた。

「こんなに危険な海水浴は生まれてはじめてよ! 」海水にまれて、幾らか金ががれ掛かったガチョウが言った。「ところで、カップはどこにあるの? 」

「ここだよ! 」

 トッテンビッターが指し示すと、ガチョウは目を輝かせた。

「これよ! 」

 そう言って、ピー と甲高かんだかい声で鳴くと、「見つけてくれて、ありがとう。早速、岸まで運びましょう」と、カップ2つと、トッテンビッターを背中に担いで、元来た道を泳いで戻った。

 崖の上の家まで着くと、ガチョウはトッテンビッターに振り向いた。海に洗われ、身軽になった白いガチョウは、カップの ひとつを妖精の目の前に転がすと、「あげるわ」と言った。

「助けてくれたお礼よ。あんなに危険な所にまで行ってくれたのに、何もしないままでは申し訳ないのよ。貰ってくれる? 」

 その黄金のカップは、滑らかな曲線が魅力的みりょくてきな、とっても美しい物だった。しかし、トッテンビッターは、その提案に頷かなかった。

「いらないよ」

「“靴下に入った金貨”よりも、もっとずっと高価な物なのよ? 」

 トッテンビッターの言葉に、目を真ん丸にして、ガチョウは言った。

「ボクはいらない」それでも、カレは ハッキリ、そう断った。「それはキミたちの物だし、それに、ボクが欲しいのは《サンタの灯火》だけだからね。それ以上を貰ったって、ボクの体じゃ重すぎて、持ち運べないよ! 」

「うふふ、そうだわね」

 トッテンビッターの返事を聞いて、ガチョウは愉快ゆかいそうに笑った。そして、「では、約束通り、灯火の在処ありかを教えてあげるわね」と言った。

「《サンタの灯火》なら、山小屋に住むトナカイ飼いが持っているわ! ここを真っ直ぐ行った、雪山の頂上にあるお家よ」

「ありがとう! じゃあ、またね」

 トッテンビッターは羽根を広げると、ガチョウのくちばしの指し示す方向へと飛び立った。

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