第2話『第一のお願い』

 トッテンビッターは、たった1匹で、すたれた小さな町の上空を飛んでいた。

「はあ、大変なことになっちゃった」

 そうつぶやいた。

 汽車で予定されている、クリスマスパーティ。その中で行われる、プレゼント交換の為に、ピクシーたちが思いついたのが、今、トッテンビッターが探している、《サンタの灯火》だ。

 《サンタの灯火》については、知識の少ないトッテンビッターでさえ知っていた。サンタクロースと呼ばれる おじいさんを称える為に灯された、世界にひとつ限りの、絶対に消えない火のことだ。

 どんなに強い風が吹いても、海の中に沈めても消えない火。それは、この世の物とは思えない程に美しく、温かいのだという。しかし、その火を見た者は、ほとんどいない。ずっと長く生きてきた、トッテンビッターでさえ、うわさに聞くだけの代物なのだ。

 いつもなら、5匹で一緒に行動しているトッテンビッターたちキョウダイであったが、リーレルの「別々に探した方がいいわ」という言葉により、今に至る。臆病おくびょうなトッテンビッターにとっては、とんでもない提案だった。

「そもそも、サンタクロースのおじいさんを称える灯火なんて! 」

 無音に心細くなったトッテンビッターは、1匹で話し始めた。

「ちょっと神様の役に立ったぐらいで、特別扱いだなんて! 」

 トッテンビッターは、そう吐き捨てた。カレは、サンタクロースが気に食わなかったのだ。

 人間として生まれながら、今は《守護者》──人間は、“守り神様”と呼んでいるみたいだが、勿論、神様ではない──という身分になっている。人間でも、妖精でも、神様でもない。それに、あのおじいさんは霊界に存在しているのだ。だから、トッテンビッターたち妖精より、下の身分のはずなのだ!

「なのにどうして、ボクたちピクシーより称えられているんだろう! 」


 そうやって、グダグダ と飛んでいると、声を掛けられた。

「《サンタの灯火》を探しているのかい? 」

「へ? 」

 声のする方に顔を向けると、そこには、1匹の犬がいた。お尻ばかりが大きくて、不格好な犬だった。

「灯火の在処ありかを知っているの? 」

 犬の目の高さまで下りて、トッテンビッターがたずねると、それはご機嫌に「わんっ」と鳴いた。

「ああ、勿論! 」

「本当に? 」トッテンビッターは驚いて言った。「それじゃあ、場所を教えてよ」

「いいとも! 」

 不格好な犬は、そう言って、もうひと鳴きした後、「でもね」と付け加えた。

「タダでは教えられないんだよ。先ずは、ボクの探し物を探してくれなくちゃ! 」

「探し物? 」

 トッテンビッターは首をひねった。

「“靴下に入った金貨”さ! 」

 犬は、元気よく答えたかと思うと、急にションボリ耳を垂らした。

「キミは、この町ははじめてかい? 」

 犬はトッテンビッターに聞いた。

「うん、はじめてだよ」

 トッテンビッターは答えた。それを聞いて、犬はもっと、耳をすぼめた。

「とってもさびしい町だろう? でもね、昔は違ったんだ。全部、病気が悪いのさ。病気が町から活気を奪った。お陰で今じゃ、皆は ゲッソリ だ。可笑しいだろう? 病気はすっかり、町から去ったのに! 」犬は悲しそうに、クーン と鳴いた。「ボクのご主人だって、昔はとっても裕福だったんだ。それももう、昔の話。お嬢さんをお嫁に出すために、大切にしていた《サンタの灯火》も売ってしまった。それで、たんまりと金貨を手に入れたって訳! ご主人ったら、盗賊に奪われたら危ないからって、靴下の中に隠したんだ。でもね、うっかりそれを失くしてしまったんだ! どうかキミ、“靴下に入った金貨”を探してくれないか? たぶん、町のどこかに落ちていると思うんだ」

 その話を聞いて、トッテンビッターは「間抜けな主人もいるんだなあ」と思ったが、胸の中に仕舞い込み、代わりに「うん」と首を縦に振った。

 落とし物を探すのは、怖いことではないからだ。

「いいよ。探してあげる! 」

 そう言って、機嫌良く飛び出した。


 トッテンビッターは町の大通りを ひと通り確認すると、小路こみちへと入った。

「うわあ、何だか不気味だなあ」

 つぶやいた。

 トッテンビッターの言う通り、元気の無くなってしまった町は、灰色に色が抜け落ち、人の気配もほとんど無く、昼間なのに、全体的に薄暗い雰囲気があった。

「怪物でも出てきそうだ」

 ビリビリ に裂けてしまったカーテンの掛かった窓を横切りながら、臆病な妖精は言った。そうして、ジブンの想像に、身体を震わせた。

「いやいや! 大丈夫だよ、何も出て来やしないさ! 」

 トッテンビッターが、ジブンをはげました時だった。

「出てくるかも知れないわよ」

 背後から、声を掛けられた。

「ひいっ! 」

 悲鳴を上げて振り返ると、そこには、丸い目をした猫の姿があった。猫は、骨の様な体に、ベットリ と汚れた毛を生やしていた。

「キミは、この町の猫なの? 」

 トッテンビッターが恐る恐る聞くと、猫は、「ええ」と優雅ゆうがに頷いた。

「この町いち のハイカラ猫よ」そう言いながら、ジュルジュル と舌なめずりをした。「そうして、この町いち のハラペコ猫なのよ! 」

 ニャオンッ!

 話が終わらない内に、猫は、トッテンビッターに飛びついた。

「きゃあっ! 」

 トッテンビッターは情けない悲鳴を上げて、間一髪で飛び退いた。

 そのまま空高くまで飛び上がったトッテンビッターは、塀の上からカレをにらむ、猫を見下ろしていた。

「降りてきなさい! 美味しそうな虫ちゃん! 」

 猫は野太い声で叫んだ。

「嫌だよ! それにボクは、“虫ちゃん”なんかじゃないぞ! 気高きピクシーなんだ! 」

トッテンビッタは、甲高かんだかい声で叫ぶと、猫に背を向けて飛んで行った。

「さようなら、可哀想な猫さん! ボクには用事があるんだ! 」


 凶暴きょうぼうな猫から逃れたトッテンビッターが、町外れを探索していると、ある物を見つけた。

「おや? 」

 大きな木の根元が、ピカピカ と輝いていたのだ。

「あれは、何だろう? 」

 トッテンビッターは羽根を畳んで降り立った。

 ピカピカ は、どうやら土の下から溢れ出ているみたいだ。カレは小さなか細い手で、土をいてみたが、一向に ピカピカ に辿り着きそうにない。

「どうしよう」困ったカレだが、すぐにあることをひらめいた。「そうだ! あの犬に掘ってもらえばいいんだ! 」


 トッテンビッターに案内された犬は、木の根の ピカピカ を見ると、興味深そうに においをいだ。

「本当にこの下に、“靴下に入った金貨”が埋まっているんだろうね? 」

「それは、分からないよ」トッテンビッターは、小さな声で言った。「でも、この ピカピカ、気にならない? 」

「それもそうだね」

 犬は賛成すると、「ワンッワンッ」と元気よく穴を掘り出した。

 しばらく掘って、だいぶ掘って、その先に、ピカピカ の正体があった。

「こ、これだあ! 」

 トッテンビッターがまぶしさに目を細めている間に、犬は大きな声で言った。

「ど、どうしたの? 」

 その大きな声に、心臓を ドキドキ させて、トッテンビッターは尋ねた。

「これさ! 」

 振り向いた犬の口に、靴下がくわえられていた。糸が解れて ボロボロ のその中には、黄金に輝く金貨が、ぎっしり と入っていた。

「ありがとう! これで、ご主人も、お嬢さんも救われるよ! 」犬は嬉しそうに尻尾を大きく振った。そして、靴下を、トッテンビッターの目の前へと投げると、「半分あげるよ」と言った。

「え⁉ 」

 トッテンビッターは、目を丸くした。

「あげるよ! キミはボクらの命の恩人だ。それぐらいさせてくれよ」

 口を ポカリ と開けたままでいる妖精に、犬は胸を張って、そう言った。しかし、トッテンビッターは、その提案に頷かなかった。

「ボクはいらない」カレは ハッキリ、そう断った。「それはキミたちの物だし、それに、ボクが欲しいのは《サンタの灯火》だけだからね。それ以上を貰ったって、ボクの体じゃ重すぎて、持ち運べないよ! 」

「あはは、そうか! 」

 トッテンビッターの返事を聞いて犬は、愉快ゆかいそうにそう笑った。そして、「それじゃあ、約束通り、灯火の在処を教えてあげるね」と言った。

「《サンタの灯火》なら、海辺に住むガチョウ飼いが持ってるよ! ここを真っ直ぐ行った、崖の上にあるお家だよ」

「ありがとう! じゃあ、またね」

 トッテンビッターは羽根を広げると、犬の鼻の指し示す方向へと飛び立った。

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