エピローグ『マジックベット』

 汽車はまた走り出した。

「また海しか見えなくなっちゃったね」と残念がるリクに、目の前に座るアントワーヌは、短く息を吐いた。

「人を呼び出しておいて、感傷に浸るとは。随分と偉くなったものだな」

 そう皮肉を言う指揮官に噛みつくのは、ウェイトレス、レアの仕事だ。

「今度リクにそんな口の利き方してみなさい! ただじゃおかないから! 」

「しかしよお」と空いた席に座るアダムが言う。「コリンたちまで呼び寄せといて、用事ってなんだ? 」

 スチュワートの制服に身を包むコリンとミハイルも、リクからの用事が気になっている様子だ。

 リクは、従業員たちの顔を見渡すと、ハッキリと、こう言った。

「トニに、ポーカー勝負を挑もうと思ってるの! それも、ただのポーカーじゃない。《呪いの賭けマジックベッド》で」

「はあ⁉ 」

 その言葉に、いち早く反応したのは、アントワーヌだった。

「おいおい、リク。意味分かってて言ってんのか? コリンから、やべえって言われてたの、忘れちまったのか? 」

 アダムも震える声で言う。他の従業員たちも、呆気に取られた表情で、お互いの顔を見つめ合っていた。

「勿論、分かってるよ。メルから《呪いのサイコロマジックダイス》も借りてきた。準備は万端。あとは──」リクは、目の前の相手に、不敵な笑みを向け、続けた。「トニが、逃げないかってだけ」

 リクの強気な発言に、アントワーヌは一瞬、眉をひそめたが、すぐに ニッタリ とした笑顔を作って答えた。

「逃げないさ。勿論」そして、リクから《呪いのサイコロマジックダイス》を受け取ると、「そして勿論、俺が、勝つ」と宣言した。

 アントワーヌからディーラーを任されたアダムは、恐る恐るサイコロをテーブルの中央に置くと、向かい合う ふたりを見比べた。

「じゃあ、賭けの内容を」

「今から、ポーカーで賭けを行う」

 アントワーヌが言った。

 サイコロが紫色に、いっかい光った。

「それから、賭けの内容を。まずはリクから」

 輝きが消えるのを確認して、アダムが進行した。

 リクが口を開く。従業員たちは、前のめりになって、その言葉を聞いた。

「コリンの身長を賭けます! 私が勝ったら、コリンの身長を伸ばしてあげてください」

「本当に⁉ 」

 コリンが叫びそうになったのを、近くにいたニックが、手で口をふさいで止めた。

 アダムは間抜けなスチュワートをにらみつけると、アントワーヌに視線を移した。

「それなら俺も、コリンの身長を賭けよう。俺が勝ったら、20センチ身長を奪う」

 テーブルのサイコロが、2回、瞬いた。

 その光も消えたのを確認し終えて、ようやく、ニックはコリンから手を離した。

「ちょっとちょっと! 」せきを切った様に、コリンがわめきだした。「僕を何だと思っているんだよ! 僕は君たちの玩具おもちゃじゃないんだぞ! ああ! リク! お願いだあ! 絶対、絶対に勝ってね! リクが負けちゃったりしたら、僕、今度こそ消えちゃうんだから! 」

 カードが、ふたりの前に置かれた。

 すがりつくコリンに、視線を下したリクは、パッ と明るい笑みを浮かべると、彼に言った。

「大丈夫。絶対に負けないから」


 オープンと言う掛け声と共に、テーブルに展開されたカードを見て、従業員たちは息を呑んだ。そして誰より、対戦していたアントワーヌが、驚きを隠せない様子だった。

「ロ、ロイヤルストレートフラッシュだと⁉ 」

 つぶやくと、視線をアダムへ向けた。アントワーヌの言わんとすることを察知した彼は、手と首を大袈裟に振り回すと、「俺は何もやってねえって! リクの実力! それに、俺をディーラーに選んだのはトニだったし、カードは ふたりで切っただろうが! 」と弁明した。

「しかし、どういうことだ」

「トニが、ポーカーで負けるなんて……」

 ゾーイが言葉を漏らした瞬間、テーブルのサイコロが、紫色に輝いた。

「ゲームセット──まじかよ。リクの勝ちだぜ」

 その紫色の光は、ボンヤリ 立ちすくむコリンの体を包み込むと、どんどんと膨れ上がっていった。

「な、なにこれ! 」

 天井にまで到達しようとする その光を、リクは眼鏡を掛け直して見た。

「これが、《呪いのサイコロマジックダイス》の力」

 相変わらず表情が生まれないミハイルが、静かに言った。

 増幅した光の渦は、部屋全体に広がると、ボンッ! 雨粒の様なきらめきだけを残して、消え、サイコロも、その輝きを失った。

「コ、コリン──? 平気? 」

 目の眩みの向こうには、少年の姿が見えた。それがコリンであると分かったのは、彼の栗色の髪の毛と、後は、自分の両手を見比べて発する、「わあ! わあ! 」という、彼の上擦った声のお陰だ。

 小学校5年生くらいの身長だろうか。まだまだ大きいとは言えないものの、ビックリした彼の表情を見ると、リクは、思わず顔をほころばせた──というのも、束の間。コリンは、とんでもない言葉を吐いた。

「まだ、足りない──」

「へ⁉ 」

「前に言っただろう? 僕、身長を107センチ取られたって。僕、今いくつに見える? 」

 そう尋ね返されて、リクは「ええっと──」と、彼の隣に並んで答えた。

「145センチくらい? 」

「そうだよね! 」コリンは叫んだ。「あと22センチ足りない! 」

 勝つ見込みがあるんなら、どうして僕の身長全部を賭けてくれなかったんだあ! と駄々をこねるコリンに、アントワーヌが言った。

「取り戻したいのなら、自分の力で。そうだろう? 」



 「願い事を叶えてあげよう」と“砂の精”から言われたリクの願いは、悩まずとも、すぐに思いついた。駄目と言われれば、言われるだけ、やりたくなるリクだ。だから、答えはこうだった。

「トニと、《呪いの賭けマジックベット》をやってみたい! 」

「そ、そんなことでいいの? 」

 聞かれたリクは、笑顔絵で頷いた。

「だって、負けっぱなしは嫌なんだもん! 」



 大海原をひた走る汽車の窓には、白い影。それは密かに笑ってた。

『君の願いは願いにあらず ボクは輝く砂の精 君に褒美を与えよう』

「リク。これは、君が掴み取った勝利だ。そしてこれは、ボクからの贈り物だよ」

 影はそう言うと、彼方遠くへ消えていった。



【完】

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