第43話『賑やかなお茶会と汽車の頭脳』

 汽車に戻ると、リクは息を吐く間も無く、アダムとニックに連れられて、ノッカーたちの穴へと向かった。

「雨が降る前に、汽車に戻りてえんだよ」

 相変わらず息苦しい通路をい抜けながら、アダムが言った。

「確かにっ! こほっ、こほっ! あの雨は、凄かったから! けほっ、けほっ! 」

 巻き上がる石灰のほこりに、激しくむせながら、リクは同意した。

 リクが木の下でシンイチと、大好きなオカルトの話をした昼間。あの時は、枝が強い、大きな木があった為、ほとんど濡れずに済んだリクだったが、もし、石炭を運んでいる時に雨が降り始めたなら大変だ。手押し車のせいで思い切り走ることなんてできないだろうし、それに、石炭が濡れてしまう恐れもある。乾かす手間が増える。

「チーズたちは、本当に、ノッカーの巣まで果物を運んでくれたんだろうなあ? 」

 先頭を行くアダムが、疑う様に言った。「もし、運んでなかったなら、俺たち、まじでどうなるか分からねえぞ」

「運んでくれてるよ、だって──」

 リクは、そこで はっと言葉を切った。「チーズたちを先導していた、森の精パックは、アダムに恋しているんだから」なんて、言えなかったからだ。恋心は繊細せんさいなものなのだ、と、リクは物語の中から学んでいた。

「まあ、妖精が人間と同じ様な恥じらいを持っていたら、だけど」

 そう呟くリクに、アダムが、「何 ブツブツ 言ってんだよ」と、ブツブツ 言い、「ほら、目的地だぞ」と視線を前方に目を向けさせた。

 妖精を信頼しないアダムの心配は、杞憂きゆうに終わった。

 大胆な交渉人、ニックが、果物で埋め尽くすことを約束した例の部屋は、その通り、入り口から溢れんばかりになっていたからだ。班長を含めたノッカーたちが、その部屋の前で、リクたちの到着を待ちわびていた。

「いやあ、よくぞ、いらっしゃいましたな! 」

「みゃー! 」

 ノッカー連の班長が、歓迎の言葉を吐いた。

「ご満足頂けましたでしょうか? 」紳士な炭鉱夫が、頭を下げて言った。「それで、こちらから、お願いしていたものを……」

「ああ、しっかり、用意させておりますぞ」

 班長は、慣れない口調に、舌がこんがらがっていた。

「それに、ほれ、そちらの坊やのペンダント。返しますぞ」

 指示されたノッカーの手下は、うやうやしく、ニックに、彼のペンダントを手渡した。

「お約束の石炭は、入り口まで運ばせるから、出た所で待っていてくれますかな? 」

 班長は下手くそな敬語で、リクたちを送り出した。

 リクたちはまた狭い通路を這って、外に出た。リクたちが草に隠した、3台の手押し車には、約束通り、石炭が こんもりと積まれていた。その周囲には──どこから湧いて出てきたのか──十数匹の、真っ黒なノッカーたちが群がって、みゃーみゃー と鳴いていた。

「《我々の、大切な石炭だ。無駄にするでないぞ》だって! 全く、どこまで偉そうにすれば気が済むのかしらっ」

 耳元で文句を言う声を聞いて、リクは振り向いた。

「リーレルたち! いつも突然現れるね」

「汽車に変な客が、たっくさーん来てるのよ。手伝ったお礼に、お茶をくれるって聞いたって! あの そそっかしいレアにね、早くアダムたちを連れ戻して来いって頼まれたから、こうして来てあげたのに」

 葉っぱの様な妖精は、そういってくちびるを震わせると、ノッカーたちに、「アンタたちの、汽車への態度は兎に角、石炭に関してはお礼を言うわ」と声を掛けた。

「みゃー! 」

 群れを成していたノッカーたちは、リーレルの言葉に ひと声鳴くと、瞬きのうちに何処かへ消えてしまった。

「《また来いよ》だって! 」

 ノッカーのくせに、生意気ね! と、ピクシーたちは、不機嫌になった。


 前の日と同様、土砂降りの午後。

 リーレルの言う通り、汽車の食堂は大変なことになっていた。大の悪戯好いたずらずきとして知られる、森の妖精パックは、仕事を手伝ったチーズたちのみならず、この森に住むホブゴブリンたちを片っ端から お茶会に誘ったようだ。散々好き勝手に飲み食いしていたカレらだったが、今では ひと仕事終え、紅茶を楽しむアダムを取り囲んで ちゅんちゅん と恋の音色を奏でていた。

「アダムも大変だね」

 リクが言うと、コーヒーカップを持ち上げたゾーイが笑った。

「確かに! でも、お陰で、私たちはやっと落ち着けた訳だけど」

「けれど、いくら何でも、妖精に囲まれるなんて、不憫ふびんよね。しばらく放してくれそうにないわよ、あの状態では」

 ゾーイの隣に椅子を並べるレアは そう言ったが、指には砂糖たっぷりのクッキーを挟み、誰よりもずっと、他人事だ。

 リクもレアにならってバタークッキーをまみつつ、妖精たちの求愛に、こめかみを押さえているアダムの周囲を見回した。

「あれ、ニックは? 」

 普段なら、アダムの隣で微笑んでいる大男の姿がなかったのだ。

「ニッキーなら、きっと点検よ」

「点検? 」

「ええ」レアが、指に付いた砂糖をナプキンに落としながらうなずいた。「停車したなら、異常がないかを点検しないとね。走り出した時に おかしいことに気がついても、手遅れだもの」

「その点検って、もしかして、電源室に入るってこと? 」

 気がついたリクが聞くと、レアとゾーイが顔を見合わせて、ニコニコ と微笑み合った。そして、「そうよ」と答えた。

「興味があるのなら、見に行って来たらどうかしら? 」

「ただし、機械に触っちゃ駄目だからね。あの部屋は、ニッキーと、あとはチェシーしか分からないんだから」

「チェンシー? 」リクは、ゾーイの言葉を繰り返した。「チェンシーって、あの、イチのお世話係の、お婆ちゃんのことだよね? 」

「そう」

 リクの問いに、ゾーイが頷いた。その横から、レアが キラキラ と輝く瞳を前のめりにさせた。

「人を見た目で判断しては駄目よ、リク。チェシーは、ああ見えて、凄く腕のいいエンジニアなのだからっ! 」

「もしかしたら、チェシーもいるかも知れないね」

「クッキーなら取っておくわ。行ってらっしゃいよ」


 ふたりにうながされるままに席を立ったリクは、初めて入る電源室へ、スキップする様に向かった。

 扉の取っ手を握ったリクは、向こう側から聞こえてくる会話に耳を澄ませた。

「このくらいですか、チェンシーさん? 」

「ええ、そのぐらいで丁度いいですよ」

 レアとゾーイが言っていた通り、部屋の中には、ニックとチェンシーがいるらしい。リクは、ゆっくり扉を開いた。

「お邪魔します」

 ポソリ と挨拶をした。

 視界に広がる電源室は、ここが古風な汽車の中だということを忘れてしまうぐらい、近未来的なものだった。外からの光を完全にシャットアウトした部屋は、何段にも積み重なる黒いボックスについたボタンが発する、赤や緑や黄色の光線で彩られている。足元には、眩暈めまいを引き起こしてしまいそうな数の配線が、まるで絨毯じゅうたんの様に横たわっていた。

 リクが魅入みいっていると、暗闇から、「リクか! 」と言う声が聞こえた。

 顔を上げる。そこには、雀卵斑じゃくらんはんの目立つ、見なれた、優しい顔があった。お人好しの大男、汽車の炭鉱夫兼エンジニアのニックだ。

「点検の様子を見に来たのか? 機械だらけで驚いただろ。ほら、入って来ていいぞ」

 ニックは、リクに手招きをした。

「でも──」

「配線が凄いことになっている様に見えるが、足元はあまり気にしなくて大丈夫だ」

 手探りをする様に恐る恐る足場を探すリクに、ニックが言った。

「本当だ」

 足を着けて、リクは ホッ と息を吐いた。

 ボタンの光線同様、色とりどりの配線の上には、透明なプラスチックの板が被せてあったのだ。

「ようこそ、電源室へ。運転室が汽車の心臓部だとすれば、ここは、そうだな、汽車の頭部と言うべきだな。汽車全体への電気の供給を行っているんだ。室内の温度もここで調節しているし、水道から出る水だって、ここにある機械で ろ過し、ここから伝うポンプで押し出している。調理室の中だって──と、まあ、様々な役割を果たしているんだ」ニックはそこまで説明をすると、はにかむ様に白い歯を見せ、視線を横へ滑らせた。「偉そうに説明しておいて何だが、俺も全体のことは未だ、掴めていないんだ。ここのおさはチェンシーさんだよ。まだまだ教わることの方が多い」

 リクは、ニックの視線の先に目をやった。そこには、しわだらけの顔を ペッチャリ と微笑ませた、シンイチの世話係のチェンシーの姿があった。

「チェンシーって凄いんだね」

 ささやく様にリクが声を掛けると、老婆は「いえいえ」と、ゆったりとした動作で首を横に振った。

「そういう教育を受けてきたのですから、自分の仕事を全うしているまでです。ニックには、お世話になっておりますよ。ほら、この通り、わたしは身長が小さく生まれたものですから」

「お役に立てているなら、良かったです」

 ニックはチェンシーに、小さくお辞儀をした。

 リクは ふたりの会話を見ていて、自然と口角が上がっているのに気がついた。「ところで、今は何をしていたの? 」と尋ねた。

「ああ、今か? 」緑色の光線に照らされたニックが振り向いた。「細部点検をしていたところだ」

「細部点検? 」

「そうだ」頷いて、ニックは床に視線を落とした。「配線が傷んでいないか、正しい所に繋がっているか。あとは、埃を払ったり、移動中の振動で機械が動いていないかを確認するんだ。プラスチック板を外しての配線の点検なんて、停車中で無いと、危なくてできないからな。急な揺れで転倒し、誤って切れたりしたら大変だ」

「確かにそうだね」そう言って、リクは板の下の配線たちを眺めた。「でも、これだけの数を ひとつひとつ確認するなんて、大変そう」

 作業の手間を想像して、うなり声を上げるリクに、ニックは笑い声を上げた。

「確かに、大変だが、その手間が、皆の安全と快適な毎日に繋がっているんだと考えれば、苦でも無いさ」

「ニックって、とことん良い人なんだね」

 先輩炭鉱夫の奉仕の精神に感心したリクは、電源室の ふたりに向かって胸を張って見せ、「役に立てるかどうか分からないけど、次回から、私も点検の仲間に入れてよ。私も皆の役に立ちたいもん! 」と笑顔を見せた。

 その言葉を聞いた ふたりは、一瞬、魂消たまげたという風に目を開いたが、やがてそれが微笑みに代わり、大きな右手がリクの頭の上へと伸びた。

「ありがとう、リク。よろしく頼む」

「ええ、信頼しておりますから」

 ふたりの歓迎に、嬉しくなったリクは、口元を緩めながら、「任せてよ」と鼻の下を擦った。

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