第35話『険悪兄弟と森の終わり』

 アダムの表情を、リクは恐る恐る見つめていた。というのも、ソジュンから、アダムは家族について聞かれるのを嫌っていると、教わったばかりだったからだ。

 「そう、兄弟。何人だったかな? 」

 こちらに顔を向けたアダムに、改めてニックが聞くのを、リクは ソワソワ して見ていた。

「弟がいるんだったよな? 」

 遠慮を知らないニックは、質問を重ねた。

 アダムは、顔を再び進行方向に向け直しながら、「ああ──」と口を開いた。そして、「弟と妹がひとりずつ」と何とも アッサリ 答えを出した。

「えっ⁉ 」

 驚くリクを余所に、アダムの周りに浮くリーレルたちが、飴で ベトベト になったくちびるを震わせた。

「ブルルッ、テオとイレーナ! うー、あの子たち大っ嫌い! 」

「おいおい」

 リーレルの言葉に、アダムが苦笑いを返した。

「仲悪いの? 」

 未だにソジュンからの言葉が頭に残るリクが、恐る恐る そう聞くと、アダムは前を向いたまま、「まあ、テオとはな」と答えた。「気が合わねえんだよ」

「そうよ。テオが分からず屋なだけなのよね」

 手に付いた砂糖を舐め取ったリーレルは、仲間のピクシーにうなずいた。リクには聞こえなかったが、きっと何かお喋りしていたに違いない。

 あんまりにもいつもと変わらない様子のアダムに、すっかり安心したリクは、ニッコリ 笑って、「そう言えば、レアも、弟と仲良くないって言ってたよ」と言った。

「ああ、ルイか。皆に言いふらしてんだな」

 呆れた様に首を小刻みに振って、アダムが溜息を吐いた。

「それ程、恋しいってことなんだろうな」

 ニックは優しい表情になった。

「恋しい? 」リクは首を傾げた。「仲悪いんだったら、離れていて清々するものじゃないの? 」

 そんなリクの言葉に、ニックは目を閉じて笑った。アダムも、「あのなあ」と困った様な笑みをリクに向けた。

「下は可愛いもんだよ。いくら生意気であっても、いくら憎たらしくってもな」

「アダムも、会いたいって思うの? 」

「ああ、偶にな。思い出しては、何してっかなって考えるよ」

「そういうものなんだ」雲に覆われた空を見上げながら、リクはつぶやいた。「私も、お母さんとお父さんに会いたい──」

 誰にでもなく言ったその言葉を、やはりニックは聞いていたらしい。「そうだな」と、ゆっくり頷いた。

「ニックも、会いたい人がいるんだ」

 リクが問い掛けるのと同時に、アダムの「静かに」という命令が聞こえた。

 お喋りの世界から、風景へと意識を戻すと、そこは森の終わりだった。すぐ目の前には茶色くにごった川が元気よく流れていて、その向こうには、所々がげた、乾いた地面が続いていた。周囲は静まり返っているが、人の気配が感じられる。

 炭鉱夫ふたりは、木々の脇に見つけた茂みに、手押し車を隠した。

「今から俺たちがする作業は、派手に石炭を掘りだすことじゃねえ。小さな穴を見つけることだ。これくらいの──若い炭鉱夫は両腕で輪っかを作って見せた──大きさのやつだ。見るからに、あっちは──」そう言って、ポケットの内から望遠鏡を取り出し、リクに覗かせた。まるで海の様に波立った、黄土色の、デコボコ した地面が、ずっと遠くまで渡っていた。「エリアだ。俺らは、あそこには踏み込まねえ」

 アダムが、顔を近付けて説明するのを聞いて、リクは首を傾げた。

「“人間の”? どういうこと? 」

「詳しいことは、後々分かってくる。とにかく、俺らは、地面に掘られた穴を探す」

「うん、分かった」リクも、小声で頷いた。「大きさ以外に、特徴ってある? 」

「恐ろしく深い穴だ。斜め下に続いていて、表面が真っ黒に見えるんだ」

 アダムはそこまで説明すると、近くに生えていた木から、枝を3本、拝借し、それを足元に並べて立てた。

 そして今度はニックに視線を向け、「じゃあ、いつも通り、手分けして探すぞ」と呼び掛けた。ポケットから、懐中時計を出し、「9時22分か」と呟く。

「35分集合でどうだ? 」

 一方でニックも、腕を捲って、時計のネジを巻いていた。

「いいね。じゃあ、ふた手に別れよう。右は俺とリクで行く」

「了解」

 ニックは短く返答すると、リクたちに背を向けて歩き出した。丁度近くに散歩しに来た人の様に。

 リクがその背中を見送っていると、肩を強く押された。

「おい。俺らも行くぞ」

 そう言ってアダムは、リクに親指で合図すると、軽い足取りで歩き出した。


 「見つかったか? 」

「まだ、見つからない! そっちは? 」

「まだだ。どうだ? 」

「まだ! 」

 そんな やりとりを繰り返しながら、リクたちとアダムは茂みという茂み、窪みという窪みを探し回った。石の裏、ない。川の手前、ない。木の幹のでっぱり、ない。

「いくら探してもないよ! 」

 そう、諦めた時だった。

 川が曲がりくねる向こう側。乾いた土の上に、絨毯じゅうたんの様に草が被さっている箇所の隣に、真っ黒な口を開けた穴を見つけた。

「あ、あれ! 」

 リクは思わず叫び声を上げた。

 近くで探索していたアダムは、リクの大きな声に驚いて、頭を一発、ポカリ と ぶった。

「シー、大きい声出すなよ! 」

「違う、違うの! ほら、あれ! 」

 叩かれた頭をかばいながら、リクは穴を指差した。

「あれじゃない? 」

 声を潜めてそう聞くと、若い炭鉱夫は身を乗り出して確認した。そして、「あれだな」と呟くなり、リクに向き直り、「やったじゃねえか! お手柄だぜ! 」と声を大きくして言った。今度はリクが、アダムのお尻を叩く番になった。

 アダムが3本の枝を立てた地点には、既にニックの姿があった。

 大男は、煙草を吹かしながら、布の様にしなびてしまっている紙を、熱心に見つめていた。が、足音が聞こえたのだろう。まるでやましいことを隠すみたいに、素早く紙を折り畳むと、ポケットの中に仕舞い込んだ。代わりに、携帯灰皿を取り出して、煙草の火を揉み消した。そしてリクたちの方に視線を移すと、朗らかに手を振った。

「俺の方は見つからなかった。そっちはどうだ? 」

「それがね、見つかったよ」リクは胸を張って答えた。

「リクが見つけたんだぜ」アダムが付け加えた。

「そうか! 凄いぞ」ニックは顔いっぱいに笑みを浮かべると、大きな手でリクの頭を包み込んだ。「じゃあ、早速、案内してくれ」


 川を渡る時、メル=ファブリの靴が非常に役に立った。

 ロバ頭の衣装係から贈られた靴は、川の水を一切通さなかった。リクたちは、快適な靴下のまま、向こう岸まで渡り着いた。

 リクが発見した穴は、アダムが言っていた通りの大きさ、形をしていた。坂をゆっくり下っていくのが見えて、奥はもう真っ暗で何も見えなかった。ただ、 カツンカツン という、不思議な金属音が、微かに聞こえてきている。

「この穴、何? 」

 炭鉱夫ふたりに耳打ちする様にリクが聞くと、手押し車を穴の横につけたニックが、身を屈めて答えた。

「“ノッカー”の穴だ」

「“ノッカー”? 」

「穴の中にこもってる卑屈ひくつな妖精よ! 」

「リーレル! 」甲高い声がして、リクは振り向いた。

「あんたたちが健気に穴を探してる間に、アタシたちがノッカーに話つけておいたから! 」

 青葉の様な妖精たちは、小さな体を思い切り威張らせていた。

 その言葉を聞いて、リクは やっと、行動を共にしていたはずのリーレルたちが、いつの間にかいなくなっていたことに気がついた。と同時に、「ノッカーたちの居場所が分かるんだったら、私たちが穴を探す理由なんてあった? 」という疑問も浮かんできた。

「アタシたちはね、ノッカーたちの居場所に行けないのよ。それなのに、どうやって穴が見つけられるのよ? 」

 リクの質問に、リーレルが至極当たり前のことかの様に答えた。が、リクはその答えに頭を悩ませてしまった。

「ノッカーたちの居場所は分かるのに、穴の位置が分からないって、どういうこと? 」

「もう、本当に、この娘ったら」リーレルたちは大袈裟に肩をすくめて見せた。「幾ら自然がアタシたちのものだからって、全てに詳しいわけじゃないんだから! アタシたちは、ここに住むノッカーたちの所に行くことはできても、こんな ちっぽけな穴なんて、見つけられるはずがないじゃない! 」

 またもリクは、この生意気なピクシーの説明に首を傾けてしまったが、手押し車を穴の横の草むらに隠したアダムの、「いつまでもお喋りしてねえで、さっさと行くぞ」という言葉に打ち切られてしまった。

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