第30話『わがまま姫とねばりの籠城』

 食堂車の扉を開いた、アダムとリクは、その現場をみて呆然としていた。

「レアたちはどこへ行ったの? 」

 リクは誰に向けてでも無く、そうつぶやいた。

 妖精たちで ごった返している そこには、レアたち食堂車で働くメンバーが見当たらなかったのだ。客たちは空っぽのテーブルを前にして、不満そうに椅子をきしませたり、唇を ブルブル 鳴らしたり、壁を爪で ガリガリ やってしまったりしている。

「どうなってんだ」

 部屋の中へと進んだアダムが、呟いた時だった。調理室の方から、大きな影が現れた。ニックだ。

「おう、リク。アダムは見つかったのか」

 大男は雑踏の中を器用に歩きながら、苦々しい表情でそう声を掛けてきた。

「ニック、レアたちはどこにいる? 」

 眉間みけんに深いしわを刻んで、アダムがたずねた。

「ああ、それは……」

 アダムの鋭い視線に、目を泳がせながら、お人好しの大男は言った。

「調理室にいる。何て言うか……そのう……レアは、アダムから話が無い限り動かないって言って聞かないんだ」

「話って、何の──って、アダムちょっと! 」

 リクがニックに質問を投げかけようとした時だった。アダムが調理室へと早足に進んで行ったのだ。

「アダム、言い争いは駄目だよ! 冷静にね」

 足音の荒いアダムは、なだめる様に忠告するリクの声も耳に入っていないみたいだった。調理室のアコーディオンカーテンを乱暴に開くと、中にいた面々を叱り始めた。

「外の状況が見えねえのか! 客人たちが暴れてんだぞ。今は休憩時間だったか? 」

 アダムが、鳥肌の立ってしまいそうな声で怒鳴りつけた。が、調理室にこもる従業員たちはひるまなかった。レアが口を開いた。

「あんたに逆らったらひどい目にうんですってね、次期指揮官様! 私たちの自由を奪うんですって? さあ、やれるもんなら、やってみなさいよ! 」

「成る程、この騒ぎの原因はレアか──」

 アダムは冷めた瞳で、美しいウェイトレスを見下ろした。

「で、ゾーイとジェイはそれに便乗している、と。そういう訳か」

「ち、違うんです! 」

 すると、思わずと言った様に、部屋の奥で縮こまっていたソジュンが立ち上がった。

「僕とゾーイさんは、レアさんを説得していたんです! 」

「そんな風には見えねえが」

 ソジュンの言い訳を、アダムがけると、今度は、レアを抱擁ほうようする様な格好をしていたゾーイが立ち上がった。

「それが、実は本当なんだよ。私とジェイとで、なんとか仕事を再開させようって思ったんだけどね。リリイが、ここから動かないって、決めちゃって。困っていたんだよ」

 ゾーイはそう言うと、レアに、「ほら、リリイ。いつまでもそうしていたって、何も解決なんてしないよ」と、優しく声を掛けた。ソジュンも、おびえながらではあるが、ゾーイの後ろから、「そうですよ、レアさん」と小さく声を掛けた。

 しかし、若いウェイトレスは強情だった。みんなから説き伏せられても、未だにほおを膨らませたまま、腕を組んで座っていた。

「おい、レア! 」

 その様子を見て、そう怒鳴り声を上げたのは、やはりアダムだった。

「俺への意思表示かは知らねえ。だがな、これはガキ同士のごっこ遊びじゃねえんだ。レアに課せられた仕事なんだぞ。客人に料理を提供する。言いたいことがあんなら、やるべきことをやれ! 」

 おい、聞いてんのか! と、反応を示さないレアの腕を、アダムが引いた時だった。

「痛てっ」

 レアの強烈な平手打ちが、アダムの顔面に命中したのだ。

「何しやがる! 」

「ちょっと、リリイ! 」

 アダムが叫び声を上げ、ゾーイは咄嗟とっさにレアを叱った。

「ア、アダム平気? やり返しちゃ、駄目だよ」

 殴られた左の頬を真っ赤に染めたアダムに、リクは祈る様な気持ちで声を掛けた。が、冷静な彼は、そんなことを言われずとも、やり返そうなどは考えていなかった様だ。

 アダムは、シン と静かな瞳で、目の前でうずくまるウェイトレスを見下ろしていた。

「何があった」

 皆が息をひそめる料理室の中で、唯一、その言葉だけが響いた。

 すると、今までだんまりを決めていたレアが、やっと口を開いた。

「あんたが悪いのよ。あんたが、私たちに何にも言ってくれないのが悪いの」

「レア──? 」

 リクは、レアが涙を流していることに気がついた。

「“何も言わない? ” 何を言ってるんだ? 」

 アダムが首を傾げる。

「リクが言っていたのよ。“アディがトニを見捨てるのは、私たちを護る為だ”って」

 レアはそう言って、顔を上げた。綺麗な青い瞳は、一杯の涙で、膨らんで見えた。

「ねえ、お願いよ、アディ。私たちにも話して。どうして、私たちはトニを諦めなければならないのか……ねえ、リク。貴女は何を知っているの? 」

「え、えっと──あの……でも、私も、分からないことがあって……」

 レアから見つめられて、リクは言いよどんでしまった。すると、当のアダムが口を開いた。

「分かった。全部 説明してやるよ」炭鉱夫は、溜息をいて、従業員たちを見渡した。「けどな、先ずは仕事だ。食堂にいる客人をさばき切る。話はその後、たっぷりしてやる。皆、持ち場につけ」

 アダムの掛け声を合図に、調理室に籠城ろうじょうを決め込んでいた従業員たちは、一斉に動き出した。レアも、もう顔から涙は消え、いつもの様に、テキパキとした働きを見せた。

 食堂車に集った客たちは、最初こそ不満の声や音ばかりをらしていたが、目の前に料理が運ばれてさえしまえば、すっかり気持ちを入れ替えて、お腹をまんまるにして、満足そうに消えていった。妖精たちは、案外、単純なのかも知れない と、リクはそう思った。


 「アダムさん、コリンさんとミカ君も呼んできました」

「ジェイから大体の事情は聞いたよ。アディ、僕たちを信用してくれるんだね! 感激だよ! で、頬っぺたなんて押さえちゃってどうしたの? 」

 リクたち従業員だけが残された食堂。

 ソジュンに連れられて入ってきた、コリンとミハイルは、大きな氷嚢ひょうのうで顔を覆っているアダムを見て、ゾッ とした表情を浮かべた。

「さあ、アディ。お望み通り仕事は きちんと終えたわよ」

 アダムの為に冷却シートを持って来たレアは、そう言って、得意気に腕を組んだ。が、横からソジュンに、「まあ、僕たちの仕事ですから、当然のことなんですが」と言われ、眉間を狭めた。

 その様子を、アダムは笑った。

「でも、まあ、レアの我儘わがままのお陰で、この俺から話をさせるという結果を導いたんだ。中々いい作戦だったと思うぜ? 俺としても、レアに働いて貰わないと困るし」と、意外にも褒め称えた。「まあ、ここまで痛めつけられなくても良かったんだけどな」

「私たちは説明を聞く権利を手に入れたって訳だね? ここ、座らせてもらうよ」

 調理室から、従業員分の昼食を運んで来たゾーイとニックが、席に着いた。リクたちもそれにならう。

「ああ」ゾーイの質問に、アダムはうなずき、「で、レアは俺に、“どうして、トニを見捨てなければいけないのか”ということを聞きたいんだな? 」と、レアを見つめた。

「そうよ」

 レアが頷く。

 そこで、リクがこっそり手を上げた。

「あ、あの、私も聞きたいことがあるんだけど──」リクは、アダムの顔を チラリ と見て、言った。「について──」

「“もうひとつの理由”? 」

 ここで復唱したのは、レアだった。

 一方ニックは、全てを承知している様で、顔を曇らせたまま、机に視線を落とした。

 皆の表情を確認して、アダムは口を開いた。

「これ以上、トニの件に関わることはしない。俺がそう決定したのには、リクが言う通り、ふたつの理由があった」そして、弁明するとするならば、「俺は決して、トニを見捨てたつもりはない、ということだ」

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