第27話『呪われたのは、誰?』
「──そして、俺は今でも、“アレ”の呪いに毎晩の様に苦しめられている……“アレ”の見る夢を、見続けるんだ……」
ランタンの黄色い光が包み込む部屋の中。
長い物語を話し終えたアントワーヌは、糸が切れた人形の様に、ベッドに雪崩れた。顔は未だ真っ青なままで、ぐったりしている。
「トニ、話してくれてありがとう」
リクは汗でびっしょりになっているアントワーヌの頬をタオルで拭いながら、
アントワーヌは大人しく汗を拭われながら、「俺をトニと呼ぶな」と呟いた。
「つまり──」衣装ケースの上に腰を落ち着かせていたレアが口を開いた。「トニのお母様は、その──」
「ああ、もういない。死んだんだ」
レアが言い
「その……何て言ったらいいのか」
「気にしなくていい」
アントワーヌはそう言ったが、リクには、彼の目が潤んでいる様に見えた。「きっと思い出したくない記憶だったんだろうな」リクは心の中で、自分の好奇心を恥じた。
「けれど、それが今回の“砂の精”の件と、どう関係があるのかしら」
レアがそう話を切り替えたのを聞いて、リクはハッとした。
「そう言えば! 」
すると、今までずっと黙って部屋の陰にいたミハイルが、ランタンの光の中へと現れた。
「わかった、呪いの場所」
「呪いの場所? 」リクが聞いた。
ミハイルが真剣な表情で
「みんな、ずっと、トニが 呪われてるって、思ってた。けど、違った。トニ、ずっと
そのミハイルの言葉に反応したのは、当のアントワーヌだ。彼はベッドから上半身をなんとか持ち上げると、疑う様な目でスチュワートを見つめた。
「どういうことだ? 」
リクとレアも頷いた。
ミハイルは3人からの視線に首を横に振った後、こう答えた。
「呪われてた、トニのお母さん」
「俺の、母親が? 」
「うん」ミハイルは大きく首を縦に振った。「トニ、“砂の精”、殺した。だから、トニのお母さん、呪われた」
その言葉に首を傾げたのはリクだ。
「“トニが殺した”? トニの話の中を聞く限り、“砂の精”は、いつの間にかトニの中にいた様な印象を受けたけど」
「
その問いには、ミハイルより先に、アントワーヌが答えた。
「朝露? 」
「妖精は寿命というものを持っていない。妖精は、誰かに殺されない限り死なないんだ。しかし、ただ体を刺したり
「それと朝露と、どう関係があるの? 」
「分からんのか? 鈍感な奴だな」アントワーヌはリクの言葉に、呆れた様に溜息を
「妖精は死んでも能力は残るのよ」
リクは、レアのものでもミハイルのものでもない、キンキンと高い声に気がついて、後ろを振り返った。
そこには白い光を帯びた、ピクシーたちの姿があった。
「リーレル⁉ それに、キョウダイたちも。どうしてここに? 」
リクが
その話を聞いたアントワーヌは眉間に
「悪趣味なヤツらだ」
一方でリクは、ピクシーたちの周りを キョロキョロ 見渡していた。
「あれ? アダムは? 」
「アダム? 」
体を傾げるリーレルたちに、リクは「だって毎晩一緒にいるでしょ? 」と言った。
「毎晩一緒にいるなら、今でも一緒にいなきゃダメなの? 」
「それは、いけなくはないけど、さ」
リーレルが返してきた質問に、リクは舌が
「ああ、そういうことね! まったくこの娘ったら、最初からそう聞けばいいのに面倒なんだから」リーレルは憎たらしく言うと、「アダムなら、サロンでピアノを弾いてるわよ。寝れないんだってさ。だからアタシたち、一緒にトニの面白い話聞きに行こうよって誘ったんだけど、断られちゃった! ピアノが弾きたいんだって! 」と答えた。
リーレルの言葉に、リクとレアは顔を見合わせて、眉を下げた。どうやらアダムに話を聞くのは難しいみたいだ。
「まあ、いいわ」レアが言う。「それで? “妖精は死んでも能力が残る”ですって? 」
「当たり前じゃない! 」
リーレルはそう言って、ぐったりと横たわるアントワーヌの頭上まで飛んできた。キョウダイたちも、カノジョに続いた。
「そうじゃないと世界のバランスが狂っちゃうんだもの! 妖精はね、あんたたち人間みたいに代わりが生まれるなんてないの。でもそれじゃあ、バランスが狂っちゃうでしょう? だから死んでも能力だけは残り続けるの。能力こそが、アタシたちの魂そのものだから」
「それを知ってて人間、ボクたちを殺そうとする。ボクたち、殺して、妖精の力、宿す。そうやってナカマたち、殺された」部屋の隅にいるミハイルが、訴える様な口調で付け足した。
「そこにいるポンコツ《
「4回も殺されたですって⁉ 」
レアが叫んだ。
「でも、ミカはここにいるよ! 死んじゃってるんなら、このミカはまた別の誰かってことなの? 」と、リクも目を大きく開いたまま
「ミハイルを殺した人間が死んだからだろう」
リクの質問に答えたのは、アントワーヌだった。
「その通り。まあ、あんたなら理解してて当然よね」と、リーレル。「人間はアタシたちと違って朽ち果てる運命にあるんだから。能力を奪った荒くれ者がいなくなりさえすれば、アタシたちはまた元の姿に戻れるのよ! 」
ひととおり説明を聞き終えたリクは、話を
「妖精の存在の根源、つまり魂となっているものは、それぞれの能力。例えば、ミカの場合だと、外見を思い通りに変えられたり、リーレルたちだと、心身を癒す呪文が使えたりすること。
で、宇宙の決まりごとの上で、妖精の持つ能力の数は、決して、増えたり減ったりはしないんだね。もし、増えたり減ったりしたりしたら、宇宙全体のバランスが崩れてしまうから。
だから、妖精は死なない。ううん。肉体は 無くなっちゃうけど、能力は残り続ける。
妖精の死因はひとつだけ。血に触れられること。血に触れられた妖精の肉体は死に、能力だけが、血に触れた者の中で生き続ける。
妖精が本来の肉体に戻る方法はひとつ。ジブンの能力を奪った人間が、この世からいなくなること──でもさ……」
リクは「うーん」と
「それなら“砂の精”がトニではなく、トニのお母さんを呪ったっていうのが、分からないんだよね。だって普通なら、トニに早くいなくなって欲しいはずじゃない? 」
レアも、そして当のアントワーヌでさえリクと同じ考えらしい。3人は美しい妖精から答えを待った。視線の意味に気がついたミハイルは、深く頷くと、瞬きをしないまま、喋り出した。
「トニのお母さん、呪ったのは、“砂の精”じゃない。別の妖精。死んだ“砂の精”には、呪う力、無い。“砂の精”は、トニのこと、護ってた。ジブンの、体、だから。だから、汽車、トニの前、停まった。“砂の精”が、汽車、呼んだ」
「別の妖精が? どうして俺の母親を呪う必要があるんだ」
顔を歪ませたアントワーヌがミハイルに言った。高圧的で重たい口調だったが、妖精は怯むことを知らなかった。相変わらずの無表情で話を続けた。
「それは、“砂の精”が殺されたから。仕返し。妖精、皆、カゾク。酷いことされたら、許さない、当たり前」
「だからそれがどうして、母さんだったのかって聞いているんだ、俺は! 」
「トニ! 」
レアが指揮官を叱り付けた時だった。
「トニ、あんたの母親を呪ったのは、私たちピクシーのナカマたちよ」
頭上に浮かぶリーレルがそう告げたのだった。
「は? 」
「あんたが“カレ”を殺した、その様子を、たまたま見ていたコがいたのよ。そのコはまずジブンのキョウダイたちにそれを伝えた。キョウダイたちは、違うキョウダイたちへ──アタシたちピクシーは集団で生活するからね。それはもう、あんたたちが瞬きしてる間に全ピクシーへと伝わったわ。《赤毛の道化が、アタシたちの”カレ“を殺したんだ》ってね! 」
「ピクシーたち、呪いの力、弱い。トニのお母さん、死ぬまで6年もかかった」
「俺の、母親は、殺されたってことか? お前たちに……どうして……」
先程まで顔中に血管を張り巡らせていたアントワーヌだったが、今度は
アントワーヌの問いに、リーレルが答えた。
「あんたの、いちばん大切なもの、だったから。それだけよ」
「どうして……」
「いいこと、トニ。アタシたちはね、とっても残酷に振舞うの。本当はみんなに優しくしてあげたい。けどね、そうじゃないと、アタシたちが生きていけない。アタシたちが人間と共存していくって、そういうことなの。アンタは妖精の命を奪った。アタシたちのカゾクを奪った。だからアタシたちピクシーは、あんたを許しておく訳にはいかなかった」
リーレルの言葉を聞いたアントワーヌは、震える両手で顔を覆った。
「じゃあ、それじゃあ、俺のせいで、母さんは死んだのか? 」
「そうよ」と、リーレル。
「あんな、あんな、死に方をさせたのは、俺だってことか? 」
「そう」と、リーレル。
アントワーヌは、言葉の代わりに
ランタンの明かりが温かい、静かな夜の部屋で、リクもレアもただ何も言えずにいた。この
そんな中で声を発したのは、リーレルだった。
小さな青葉の様な妖精と、そのキョウダイたちは、泣きじゃくるアントワーヌの顔の周りに降り立つと、「普通なら」と話を始めた。その声はまるで空気全てを包み込んでいる様で、不思議な心地良さを帯びていた。
リーレルの小さな手が、アントワーヌの指に触れた。
「普通ならアタシたちは、事実を知ったアンタがこのまま弱っていくのを喜ぶものなの。でも今回は状況が違う。だって、アタシたちが間違えてたんだから」
「どういうこと? 」
アントワーヌが口を開くより先に、リクがリーレルに尋ねた。
「トニ、“砂の精”、殺した、わざとじゃ、ない」
いつの間にかリクの背後まで迫っていたミハイルが、リクの問いに答えた。
「そう。だから、アタシたちは、あんたをこのまま死なせちゃいけないのよ、トニ! 」
リーレルが顔を覆うアントワーヌの手によじ登って言う。
「アタシたちは、あんたを護らなくちゃいけないの! 以前の“カレ”と同じ様に。だからトニ、気を強く持つの! あんたと“カレ”の両方を救う、解決策を見つけ出すまでは、このまま死んじゃダメ! 分かったわね! 」
強気な妖精は、自分の頭より大きな涙の粒を拭うと、キョウダイたちと一斉にまた宙に飛び立った。
「解決策って、何か心当たりあるの? 」
「思いつかないわ! でも噂さえ広めさえできれば、見つかる気がする! 」
「噂? 誰に? 」
リクの言葉にピクシーたちは ブルルルっ と唇を震わせた。
「妖精に決まってるでしょっ! 間抜けな娘ねっ。でも任せて。アタシたちの噂ったら、光よりも速く広まっちゃうんだから! 」
リーレルたちは背中の羽根を大きく広げると、足元のミハイルに、「ポンコツ《
スチュワートは何も映し出さない表情のまま頷いた。しかしその動作からは、緊張と責任感が伝わってくる。
「アタシたちが留守にしてる間、トニをよろしく頼んだわよ」
「ちょっと、アンタたちはどこに行くのよ? 」
今まで黙って状況を見ていたレアが、立ち上がってリーレルたちに聞いた。
「8号車」リーレルは答えた。「“砂の精”は、わざと殺されたんじゃないのって
「私たちも何かできないかな? 」
今度はリクがリーレルに聞いた。
すると青葉の様な妖精はにっこり微笑んで、リクに「ありがとう」と言うと、「それじゃあ、サロンでしょげてるアダムに。作戦は変更よって言ってあげてくれる? 」と指示をした。
「“作戦”? 何よそれ」
レアがリーレルの言葉に疑問を投げかけたが、その時には、小さな妖精たちは部屋の中から消えてしまっていた。
「どうしよう」
リクがレアに小声で問い掛けると、美しいウェイトレスは、「サロンに行きましょう。皆も起こすの。ピクシーたちの命令に従うのは
「そうだね」リクも手をきつく握ると、レアに代わって衣装ケースに座るミハイルに、「ミカ、お願いね」と声を掛けた。
無表情なスチュワートは、リクに親指を立てた。
「ありがとう」
リクとレアはミハイルにそう言い残すと、ステンドグラスの扉を開いて出て行った。
ふたりの背中を見送ったミハイルは、ベッドに沈むアントワーヌを見下ろした。
赤い髪の指揮官は未だ、両手で顔を覆ったままでいる。しかし、もう、涙は止まっている様だった。
「トニ、手、貸して。ボク、トニ、元気になって貰わないと」
ミハイルは、ビク ともしない指揮官に優しくそう声を掛け、顔から手を引き
「トニ、ボク、お
困ってしまった出来損ないは、訴える様にそう言った、その時。カレの耳にこんな言葉が返ってきた。
「助かりたくない。俺は──……もう、俺は、生きていたくない……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます