第22話『ガランドウ食堂と嘆きの唄』

 汽車の不景気は、昼間の食堂であっても同じだった。

 「きょうこそは、みんなの足を引っ張らないように頑張るよ! 」と意気込んだリクであったが、客が入らなければ力を発揮することはできない。

 そしてやっと来た客であっても、口々に「嗚呼あゝなげきや 嘆き。命を奪われて尚、せいを求められるとは。おりに閉じ込められて尚、自由を求められるとは。嗚呼、嘆きや 嘆き。ワレワレはカレの望みを願おう」と言うのみであった。

「どういう意味? 」

 リクがたずねても、妖精たちはただ、「ワレワレのカレに、自由が訪れますように」と答えるだけだった。


 「何だかミンナ変なの」

 きのうより ずっと早い昼食を終えたリクは、ロバ頭の衣装係 メル=ファブリの部屋に来ていた。

 メルはリクにクッションを勧めると、相変わらずジブンは床に ドッサリ と腰を下ろし、「うーむ」とうなった。そして、「嘆きや 嘆き──」とつぶやいて、また唸った。「成る程な」

「“成る程”? 何か分かったの? 」

 リクが前のめりになってたずねると、メルは真っ暗な目を開いて、首を振った。

「いいや。ただ、妖精たちは時々、不安定になる。それは気候の変動、災害、禁断の恋であったり様々じゃ。が、それはリクたち人間が、簡単に触れて良いことではないんじゃ。危険と隣り合わせだからじゃ」

 メルは まるで言い聞かせるみたいに ゆったりとそう答えて、扉の方を見た。

「ところで、アダムはどうしているかね。話したいことがあるんじゃが」

「アダム? アダムならたぶん、自分の部屋にいると思うんだけど──」リクは小声でそう答え、「あっ」と思い出して、メルに視線を戻した。

「きのうの晩のことなんだけどね。アダムも可笑おかしかったの! 私とレアが呼び掛けても聞こえてないみたいに、どこかに消えちゃって」

 そんなリクの言葉を聞いてもメルは、動じていない様で、むしろ目を細めて「そうか」とこぼしただけだった。

そして「悪いんじゃが、アダムを呼んできてくれないか」と、また繰り返して言った。


 ニックと一緒に運転室へと行ったリクは、木でできたふたつの人形、マリアとマルコから「アれれ? アダムはお休みかな? あっははは! 」「優雅ユうがなティータイムかも! ひひひ、ひひひ! 」と問われた。

「アダムはメルとお話し中なの。さあ、フタリも休憩に行っておいで」

 リクがそう説明すると、ふたつは二頭身の体を大きく傾けた。そしてお互い体を向け合うと、きゃっきゃっと甲高い声で笑い出し、不可解な言葉を並べだした。

「“ロバの爺さん”悪い奴う! あっははは! 」

人間ニんげん 使って事件解決! ひひひ、ひひひ! 」

 その意味深長なやりとりに、リクは「何を話してるの? 」と尋ねずにはいられなかった。

 しかし ふたつはリクには答えず、代わりに運転席で フゴフゴ と鼻を鳴らしているポッドの言葉を訳した。それは、食堂でリクが聞いた、あの唄の続きだった。

「《嗚呼、嘆きや 嘆き! カレを奪ったたわけはいずこに》あっははは! 」

「《カレに聞けば、汽車の上に》ひひひ、ひひひ! 」

 リクはだんだん怖くなり、「だから、それは何なの! 」と、ふたつに怒鳴った。

 どうやら不安になっているのはニックも同じだったみたいで、「マリー、マーク、ポッド。変な悪戯はよしなさい」と、低い声で忠告した。

 しかし カレらは止めない。

「《嗚呼、嘆きや 嘆き! 眩しく輝くカレ曰く》あっははは! 」

「《赤毛の道化は橋のもと 母親のろわれ汽車の中》ひひひ、ひひひ! 」

「フゴッフゴッフゴッ! 」

 木でできた ふたつは、最後の章を歌い終わると、無邪気な双子に戻って、鉄橋の向こうへと駆けて行った。ふたつの背中を見送っていたリクは、あんぐり口を開いたままだった。

「その歌って──」

 そう呟くリクに、ニックが向いた。

「知ってるのか? 」

「うん」リクは頷き、「実は私、きのうね、“砂の精”を見たの。レアが知ってたんだもん、ニックも知ってるでしょ? その砂の精がね、この歌を歌ってたんだよ」


『赤毛の道化は橋のもと 母親のろわれ汽車の中』


「ねえ、ニック」リクは石炭の欠片が転がる床を見下ろしながら呼び掛けた。

「もし、もしもだよ? 妖精たちの唄にある、“カレ”が示すモノが、トニの魂の中に閉じ込められている、“砂の精”のことだったら? そして、そうだとしたら、それって、どういう意味になると思う? 」

 リクの言わんとすることが理解できたのだろう。ニックは、ゆっくりつばを飲み込んだ。

 リクは蟀谷こめかみに汗を流すニックの表情をじっくり見て、話を続けた。

「きのう、下級寝台309号室に現れた、死を知らせる妖精 《泣き女バンシー》が洗っていた物。“砂の精”の歌っていた唄。そして妖精たちミンナが口を揃えて歌ったこの詩──みんな、トニに関係してるってことになるんだよ」

 ニックは低いせきばらいをすると、小さく唸った。「いや、でも、俺らの考えすぎだってこともあり得る」

「でもね」自分の頭の中に閉じこもってしまったリクは、ニックの言葉をさえぎって話を続けた。

「分からないことも多いんだよね」

「分からないこと? 」

「うん。先ずひとつ目、それが全てトニに関係していることは分かった。では、《泣き女バンシー》が知らせた“死の予感”というのが、トニのことを指しているのか、それともトニの中に眠る“砂の精”のことを指しているの? でもきのう見た様子では、どちらとも至って元気そうだった。どちらかが死ぬなんて、本当にあり得るの? そして もうひとつ、きのうのアダムの行動──」

 リクの最後の言葉に首を傾げたニックは、「アダムの? 」と繰り返した。

「そう。きのう、私とレアが“砂の精”を追いかけていた時、ばったりアダムに出会ったの。レアはアダムに“砂の精”を一緒に捕まえてくれるように頼んだんだけど、アダムったら無視してどこかに行っちゃたんだよ」

「アダムがか⁉ 」どうやら、リクの説明にいちばん驚いていたのはニックだったらしい。「どうして そんなことを」

「それが分からないから、こうして悩んでるんだよ! さっきメルにも相談してみたんだけど、上手くかわされちゃって」

 その時ニックが、「そう言えば、先程、マリーとマークが言ってなかったか? ファブリさんが、どうとか。ほら、“ロバ頭の”と言ったら、そうだろう」と思い出した。

 リクはあごを親指と人差し指でまむと、ふたつの言葉を記憶の中から探り出した。

「“ロバ頭の爺さん悪いやつ”、 “人間 使って事件解決”──……」

ふたりは顔を見合わせた。

「とにかく、アダムに事情を聞かなくちゃ! 」と、頷き合った。

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