第17話『怠けモノと百のお世話』
リクたちが鉄橋を歩く音に振り向いた、ふたつの人形は、あの夜と同様、訳も無く賑やかに笑いながら、リクたちの方へと駆けてきた。
そして、アダムの脚にぶつかって停止すると、またケタケタと笑い声を上げ合った。
「アダム! ゴ
「アれれ、ひとり多いね。キのうの子だね。ひひひ、ひひひ! 」
そして、交互にそう言った。
リクはアダムの背中越しに、ふたつをまじまじ観察した。不可思議な妖精たちを、様々、目撃してきたリクだ。もう慣れっこになっていた。
この小さな人形ふたつの身長は、40センチほどだろうか。それぞれが抱えているシャベルが、巨大なショベルに見える。
そしてよくよく見ると、このふたつの人形のデザイン、男の子と女の子に分かれていた。
今、アダムに、「ゴ機嫌麗しゅう」と不思議な挨拶をしたのが、女の子の人形で、その後に続いて喋り出したのが、男の子の人形だった。
この後で、リクがこのふたつと何回か話してみて分かったことだが、カレらが話をする時は必ず、この順番を守っているみたいだった。
「ああ。きょうから俺たちと一緒に、ここで働くことになったリクだ」
気がつくと、アダムが ふたつにリクを紹介している最中だった。リクは急いでふたつの前に進み出ると、「よろしく」とだけ言って、握手をしようと手を差し出した。が、ふたつは、リクの行動の意味が分からなかったらしく、きゃっきゃ 笑い合いながら、差し出された手にハイタッチをした。
そして「アタシ“マリア”! あっははは! 」「ボク“マルコ”! ひひひ、ひひひ! 」と交互に名乗った。
「“マリー”と“マーク”は、ここの
リクとアダムの後ろから、ニックが説明をつけたした。
「石炭士って、汽車の炉に石炭を入れる仕事のこと? 」
「まあそうだな。ちなみに、これは“
ニックが丁寧に説明すると、木のふたつは大男の周りを飛び回りながら、「ダって、“ポッド”の助手なんて、イやだもん! あっははは! 」「“ポッド”は土食べてるだけ! ボクたちの方がエらい! ひひひ、ひひひ! 」と主張した。
そんなふたつの言う“ポッド”というのは、運転席に
灰色のオトコは、背後でこんなに騒がしくしているのにも関わらず、一心に前方を見つめ続けている。しかし、ハンドルを握っているのかと問われれば、そうでもない。アダムの説明通り、この汽車は 自動で 走っているのだった。
オトコの周囲に生えている様々なハンドルは ひとりで
リクは いかにも人間ではない灰色のオトコの背後まで近付くと、小声で「リクです。よろしく……ええっと、ポッド、さん」と呼び掛けた。が、オトコはやはり、リクに見向きもしなかった。
困ってしまったリクがアダムたちの方を振り向くと、ふたつの人形が、代わりに口を開いた。それはカノジョらの言葉ではなく、恐らくは、この灰色のオトコの言っていることを訳しているらしかった。
「《よう! オイラの名は“デモンニョ”! この へんてこ な乗り物の中では“ポッド”と呼ばれている! 》あっははは! 」
「《オイラは人間の肉が大好き! だがこの へんてこ な乗り物の中では土ばかり食べている! 》ひひひ、ひひひ! 」
「《土はとっても
「《でもオイラの持ってる魔法のランプの水は最高さ! 》ひひひ、ひひひ! 」
リクは「人間の肉? 」とゾッとしたが、すぐにニックが「ポッドなりのジョークだ」と言ったため、ほっと胸を
それからリクは、すぐにまた疑問が浮かんできて、炭鉱夫ふたりに「それで、魔法のランプって? あの、アラビアンナイトの? 」と
するとまた、ふたりが答える代わりに、ふたつが交互にポッドの言葉を喋り出した。
「《おいチビども! オイラの魔法のランプを自慢してくれ! 》あっははは! 」
そう言ってマリアは、ギュウギュウに敷き詰まった運転席に潜り込むと、すぐに スポン と、
「《オイラの魔法のランプさ! この水は最高! 》ひひひ、ひひひ! 」
マルコが言って、リクにそれを手渡した。
リクが魔法瓶の
「水なんて入ってないよ」
リクが言うと、アダムもそれを
「特別な水なんだあ」と言いながら、興味津々に見ていたリクの耳元で、ニックがこっそり、「入れてるのは普通の水なんだ」と
後々聞いた話だと、この汽車に乗る前のポッドは、泥水しか飲んだことがなかったらしい。そのせいで、普通の水を特別な物だと思っているのだそうだった。
それぞれに自己紹介を交わし終えたリクたちは、早速仕事に取り掛かることとなった。
「ここでは何を手伝うの? 」
そう聞くリクに答えたのは、アダムだった。
「いろいろあるが、まずはポッドの
「その土はどこにあるの? 」
「汽車の4号車、112号室だ」とニック。「ポッドの
「そこから土を取ってくるんだね」
「そうだ」アダムがリクに
しかし背丈がマリアの約4倍もあるアダムが、ポッドの体が詰まった運転席から抜け出すのは
息を荒げながら、
リクは、もうすでに汗だくなアダムに「分かった」と頷くと、今度はひとりで鉄橋を渡り、ロイヤルスイートの手前の扉を開いた。
汽車内の長い廊下を歩きながら、リクは独り言ちしていた。
「まさかあの人形たちも、ここの従業員だったなんて! それにしても、この汽車の中はいつだって丁度いい気温。さっきはマリーとマークに気を取られてたから気がつかなかったけど、あの運転室は暑すぎたよね。でもまあ、そうか。それが──」
「
「わあ! 」
背後から突然声を掛けられて、リクは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
「ダいじょうぶ、大丈夫? ひひひ、ひひひ! 」
腰を抜かしたリクが振り返った、そこにいたのは、ふたつの人形、マリアとマルコだった。
リクは何とか床に
そんなリクの様子がおかしかったのか、ふたつは ピョンピョコ と
そして「ソれでね、それでね」と続けた。「アタシたちとってもお
ふたつは交互にそう喋ると、その小さな体からは想像できない力でリクを立ち上がらせた。「コっちだよ、こっち! あっははは! 」
そして、そう言いながらリクの前を駆けて行った。
リクはそんなふたつの後ろを、「待って、待ってよ」と必死に追いかけた。
ふたつは楽々と
その途中、テーブルでひと息つく料理長、ソジュンに挨拶をした。
「ポンコツ料理長! マた怒られたー? あっははは! 」
「メモじゃお腹は
一方ソジュンは、そんな失礼な言葉を吐かれても気にしていない様子で、生意気なふたつに向かって、「マリアちゃん、マルコ君は休憩かな? 」と、ニコニコと笑った。
リクはずれ落ちてくる眼鏡を直しながら、優しい青年に、「ごめんね、ジェイ! 」と声を掛けて、彼の横を通り過ぎた。
ようやくリクが112号室の前に着いた時、ふたつは、また別の人たちと立ち話をしていた。
この汽車の困ったスチュワートたち、コリンとミハイルだ。
ふたりは、リクに気がつくと、軽く右手を上げた。そしてコリンが、「僕たち今から昼食なんだ」と声を掛けてきた。
一方、相変わらず ぼんやり しているミハイルは、「マリーとマークのお世話、なんて、リク、大変。頑張って」と、
リクは「この汽車の人たちのだいたいは大変だけどね」という言葉を飲み込んで、ふたりに「ありがとう」とだけ言って別れると、「よおし」と、112号室の引き込み戸を開いた。
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