第14話『特急お掃除隊とハードワーク』

 部屋を掃除するにあたって、リクたちはまず、「問題の部屋」を確認することにした。

 「それにしても、部屋の掃除もしなくちゃいけないなんて、炭鉱夫たんこうふって大変だね」

 リクがニックに言うと、大男は困った様な表情になって、「汽車内の掃除は、もともとスチュワートであるコリンとミカの仕事なんだ。だが、コリンは小さすぎるし、ミハイルに至っては掃除という概念を理解しきれていなくてな。それで、俺らがこうして力を貸してるんだ」と言った。

「へえ! 優しいんだね」

 リクが感心して言うと、アダムが眉間みけんしわを寄せて、「掃除だけじゃねえ。ベッドメイキングから食堂でのテーブルセッティング、仕舞いには石炭士せきたんしの仕事まで、俺らのサポートで動いでんだ。それがトニと交わした契約なんだからな! くそっ」と低い声で吐き捨てた。

 リクはその仕事の多さに「げっ」と声をらしたが、横からお人好しのニックが、「まあまあ。俺たちなんて、炭鉱が無ければ仕事が無くてひまなんだからな。丁度いいじゃないか」とおだやかに、若いふたりに言い聞かせた。


 「この部屋だよ」

 コリンに案内された部屋は、リクたち従業員が寝泊まりしている所より、ずっと小さく狭い部屋だった。ベッドと机とポールハンガーが、ぎゅうぎゅうになって置かれていた。コリンに続いたアダムが入室した時点で、満員になってしまい、ニックとリクとミハイルは、廊下から中の様子を確認することとなった。

 出入り口の前に張り付く様に立つニックの、脇の間からのぞいたその部屋は、リクが想像していた以上の惨状さんじょうだった。

 本来であれば、美しい木目が特徴的な床や壁は、粉が吹き、ところどころ ささくれ立ったり がれてぶら下がっていたたりしていた。木屑きくずだらけの床は、コリンたちが足をみ出す度に パキパキ と音を立てた。

「こりゃ、ひでえな」アダムは部屋をひと通り見渡すと、ぼそっとつぶやいた。

「床や壁はもう使えないだろう。取り換える必要があるな」ニックも、アダムの言葉にうなずいて言った。

「ベッドももう駄目だと思うんだよね」

 部屋の奥に立っているコリンが、アダムを手招きしてベッドの脚を見せた。

 床に片膝を立て、コリンから指を差された脚をじっくり観察したアダムは、塩水をたっぷり吸った布団を、外に出す様ニックに命令した。

「分かった」

 ニックは細い出入り口に体を押し込むと、指示通り、濡れた布団を廊下に引っ張り出した。

 一方、アダムは床に仰向けに寝転ぶと、そのままベッドの下に潜り込んだ。倉庫で使用した懐中電灯を点灯させ、ベッドの床板を点検し始めた。

 ニックが、持って来たゴミ袋に布団をしまい込んでいる間、リクもしゃがみ込んで、ベッドの様子をよく観察してみた。

 時々アダムの懐中電灯の光が チラチラ 当たるベッドの脚は、塩水に長時間浸ひたっていたにしては、ささくれも剥がれも無く、大丈夫な様に見える。だから、やはり問題は、今アダムが確認している、ベッドの床板ということになるのだろう。

 しばらくすると、ベッドの下がにぎやかになりだした。アダムが床板をたたいているのだ。コツコツコツ とノックをする様に叩いては、違う箇所かしょに移り、また同じ作業を繰り返す。

 そしてやっとい出てきたアダムは、白っぽい金色の髪の毛から、ほこりや木屑を払いけながら、「ベッドは大丈夫そうだ」と、コリンに報告した。

「他の家具はどうだ? 」

 アダムから聞かれたコリンは、「それなら大丈夫」と答えた。

「そんじゃあ、駄目なのは床と壁だけか」アダムが ふう と息をきながら言い、ニックに、「どうしたらいい? 」と指示をあおいだ。


 ここからはニックの指示がチームの全てだった。

 床を張り替える為に、家具一式が、廊下へと運び出された。

 ミハイルはその華奢きゃしゃな体からは想像できないほどの怪力の持ち主で、大きく丈夫なベッドをひとりで軽々持ち上げて見せた。

 家具を全て運び出してからは、駄目になってしまった床や壁の板を剥がす作業へと移った。そこまでいたんでいない壁に関しては、やすりがけをするだけにした。

「替えの板にも限りがあるんだ」と、アダムは鑢がけをしながら、溜息を吐いて言った。

 使えなくなった板を廊下に運び出してしまうと、残りは下級寝台に集う客たちの仕事だった。というのも、固い板を粉々に割るというリクたちの作業を、うらやましがった客たちが、自らその仕事を引き受けたからだ。妖精のカレらは、それを遊びだと勘違いしたに違いない。次々運び込まれてくる傷んだ板を、歓声を上げながら次々壊していった。

「いくらボロボロだからと言ったって、すんごく固い板なのに、ミンナ力持ちなんだねえ」

 たくさんの妖精たちに、目を丸くしたリクが言うと、後ろからコリンが「妖精だからね」と返事した。

 しかし、下級寝台に乗っていたのは、種類こそ様々だったものの、小柄な妖精たちばかりだった。リーレルたちピクシーの様にはねえたモノもいれば、トカゲの様なモノ、灰色の体をした、岩の様な妖精もいた。

 リクたちが部屋に戻ると、その真ん中に立っていたニックが満足気に頷き、「これでこの作業は終わりで言いだろう」と言った。

 板が剥がされた床や壁の下に出てきたのは、綺麗にならされたコンクリートで、コリンはそれに興味津々の様子だった。「 ツルツル してて、すんごく大きな石だねえ! 」と、リクに目を輝かせて言った。

 次の作業は、掃き掃除だった。全ての張り替え作業の内、ここだけはアダムをリーダーに行われた。

 アダムは各人にほうきとはたきを配りながら、「いいか。まずは上から掃いていくんだ。それから床だ。そうしないと効率が悪い! 」と大声で指示を出した。

 メンバーの中で唯一、はたきを手渡されたリクは、大きなニックに肩車をされることとなった。アダムから、天井に吊るされた照明器具の、傘部分の埃を払う役割を押しつけられた為だ。

 リクははたきで埃を パタパタ と巻き上げながら、もう片方の手で、汚れた空気をいた。が、悲惨ひさんなのはみ台になっているニックだ。ニックは自分の肩の上で格闘しているリクを落とすまいと、両手でしっかりリクの脚をつかんでくれていた。それが為に、ニックは顔の前から、埃のじった空気を振りほどくことができず、涙目になりながら何度もくしゃみを繰り返した。

 「もう大丈夫! 大丈夫だと思う! 」

 埃を頭に乗っけたリクがアダムに叫ぶと、若い炭鉱夫は険しい表情で つかつか と、ふたりに近寄ってきた。そしてリクに場所を変わる様に言うと、今度はアダム自らがニックの肩にまたがった。

 そしてオーバーオールのポケットの中から、何やら棒のついた手鏡を引っ張り出すと、それでリクがはたきで叩いていた照明の傘の表面を、じっくり、め回す様に検査し始めた。

 「まるで嫌味なしゅうとめみたい! 」リクは思った。リクがお昼にたまたま見たドラマに、こういう姑がいたのだ。

 アダムは正にその様な振る舞いで、地上で見守るリクを不機嫌な顔で見下ろすと、「はたきを貸せっ! 」と太い声で命令してきた。

 その様子にリクは大きな溜息を吐き、「はいどうぞ」と、はたきを譲った。「アダムったら、神経質でうんざりしちゃう! 最初から自分でやればよかったのに! 」

 しかし意外にもアダムは、リクのそんな生意気な言動にも腹を立てずに、丁寧に埃を掻きとりながら、「そうしないと、リクが仕事を覚えられねえだろ。ニックが抱えるにしては、俺だと重すぎるし、これからはこの作業はリクに任せるしかねえんだから」とだけ言った。

 床に降りたアダムは、リクにはたきと棒つきの手鏡を渡しながら、「これやる。ちゃんと自分の仕事を確認するんだな。どんなことにおいても、手を抜いちゃ駄目だ。ちょっとでも手を抜くと、気がゆるんで、最後には全体が崩れる。自分には厳しくいろよ」とさとす様な口調で、リクに忠告した。

 それからの掃き掃除においても、アダムは立派に嫌味な姑っぷりを発揮はっきした。ニックが箒で部屋を大雑把おおざっぱに掻きまわせば、もっと優しく掃けと言い、リクがちりを掃き損ねれば、眼鏡の度を調節しろと叱り飛ばした。コリンが大きな塵取りに前方をふさがれ、塵の山の上に転ぼうものなら、アダムは容赦なく拳骨げんこつを振り下ろした。そして廊下で乾いたモップを抱えるミハイルには、「頼むからそこでじっとしていてくれ」と言った。

 掃除が終わってからは、またニックに主導権が戻ったが、それからのほとんどの作業は、ニックひとりの手によって仕上げられた。

 リクたちがやったことと言えば、代わる代わる倉庫室に積んであった予備の板を部屋まで運ぶことだけで、気がついた時には、そこはすっかり元通りの清潔な物になっていたのだった。


 家具もきちっと元の配置に収め、事件はすっかり解決した様に思われた。

 リクも、「大変だったけど、やりがいはあったかも! 」と満足に伸びをしていると、アダムにその襟首えりくびらえられた。

「まだ終わってねえ! 」

「えっ」

 リクが目を真ん丸にして振り返ると、アダムは相変わらずのツンとした顔で、「他の部屋があんだろ? 俺らの仕事は、これからが本番だぜ」と言った。

 それからのアダムによる掃除修業は、過酷なもので、下級寝台の全ての部屋、サロン室、シャワー室、食堂、そして各客車にひとつからふたつずつ設置されているトイレの掃除を終えた時には、リクの髪の毛も服も、埃で真っ黒になっていた。

 リクは人生初の労働にげっそりし、「腕が痛い」だの「脚が震える」だのうったえていた。が、リクと同じ量の作業をこなしたはずの他面々は、けろっと平気な様子で、新米炭鉱婦に向けて、「よく頑張ったね」とか「いずれ慣れるさ」なんて優しい言葉を掛けてくれた。

 2号車の扉を抜けた頃、アダムはスチュワートふたりに掃除用具一式を押し付けると、「俺らはメルの部屋に行くから、これ全部片づけといてくれ」と指示した。

 コリンたちは「分かった」と頷くと、ニックとリクからも箒やらモップやらを受け取った。そして廊下を歩き出しながら、炭鉱夫たちに、「ありがとう、助かったよ」と笑顔で手を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る