第11話『メル=ファブリの不思議な住処』

 ロバ頭の小人は、不安定な歩行でリクに近寄ると、地をう様な声で、「“メル=ファブリ”じゃ」と、ずっしりと言った。そして太い指のついた手を、ゆっくり差し出してきた。

 リクも恐る恐る手を伸ばして、震える小さな声で、「リク、です」と挨拶した。

 するとロバ頭のメルは、長い睫毛まつげのついた目を細めて、口をカパカパと鳴らした。どうやら、彼なりに笑っているらしい。

 リクが目を丸くしていると、メルは、「驚くのも無理はない」と穏やかな口調で言い、真っ黒な瞳で、リクの後ろに立つアダムの姿をとらえた。

「そこに立っている坊やなんて、初対面の時に失神しおったくらいじゃ」

 そしてまた口をカパカパと鳴らした。

 リクはその話を聞いて、口を大きく見開くと、「失礼な人もいるんですねえ! 」とらしていた。

 最初こそびっくりしたリクであったが、頭の形以外は、ふつうの紳士しんしと変わらないメルに、すっかり慣れてしまっていたのだ。

 そこで顔を真っ赤にしたのはアダムで、「わ、悪かったって! いつまでも根に持ってんなよ! 」と大きな声で訴えた。


 メルは、リクたちを部屋の中に案内してくれた。

 部屋の大きさは、リクが今朝起きたところと同じだった。が、身長80センチのメルからしたら、ずいぶん広く感じることだろう。

 部屋にはベッドが無く、代わりにわらを鳥の巣の様に丸く編んだものが隅に置いてあった。天井からは種類数多しゅるいあまたの生地がり下げられていて、それらが窓から入ってくる陽の光を、遮断しゃだんしてしまっていた。そのせいで部屋は、昼間だというのに全体的に薄暗かった。

 床には、色とりどりの糸や毛玉か転がっていた。その中に混ざって、まるでひとり用ソファの様な大きさの針山があり、ありとあらゆる用途ようとに適した針が所狭しと密集していた 巨大なハリネズミみたい というのが、リクが抱いた印象だった。

 リクたちを部屋に招き入れた本人は、赤ん坊の様なヨタヨタした歩き方で、鳥の巣に向かったと思うと、そこからクッションを3つ、取り出して帰ってきた。

「落ち着かない部屋で申し訳ないがね」メルはそう言いながら、クッションを床に置くと、リクたちにそこに座る様に手で指示した。そして自分はというと、木の床にそのままドスンと尻を着けると、目を細めて、「ここはワシのいこいの場であると同時に、仕事の場でもあるのだがらね。人をもてなすことに慣れていないのだよ」とゆっくり言った。

 リクは、肉厚なクッションへの座り方を模索しながら、メルに笑顔を向けて、「いいえ、お構いなく」と大人な返事をした。

 メルはリクの返事に、更に目を細めて、「良い子じゃな」とつぶやいた。


 その時のリクの服装といえば、新刊書店雨蛙しんかんしょてんあまがえるに出掛けたそのままの格好で、薄手のTシャツに、脚にしっかりフィットしたジーンズという、シンプルなものだった。

 炎天下の中、自転車のペダルを必死にんでいたのも、もうずっと昔のことの様に感じる。

 メルはリクに、「その格好のままで採寸をしよう。その方が良いじゃろう? 」と提案をして、リクもそれにうなずいた。

 メルは、この部屋で唯一、天井から布がれ下げられていない一角──彼はそこを「採寸所さいすんじょ」と呼んでいた──にリクを起立させた。そしてリクに「手を上げて」や「背筋を伸ばして」や「片脚を上げて」など、様々な指示を飛ばした。揺れる汽車の中で、片足立ちするのは至難しなんわざであったが、リクは素直にそれに従いながら、メルの手元を観察した。

 リクが体勢を変える度に、リクの体にぴったりと貼り付けるメルのメジャーは、変わった形をしていた。メモリのついた長いひもは、先の丸まった2本の棒に通されていた。その2本の棒は、1本ずつ、メルの両手に握られていて、頭でっかちで腕の短いメルならではの道具といえるだろう。

 リクがそのアイディアに感心していると、メルの方から話し掛けてきた。

「あのケチなアントワーヌが、君を獲得する為に、自分の全財産をけたと聞いたが。本当かな? 」

「ええ。でも、たぶんトニは、私が絶対に勝てっこないって分かってて、おちょくったんだと思う」

 リクはそう言って、肩を落とした。「ラッキーで勝てる様なゲームじゃなかったなあ」

 メルは足元に敷かれた用紙に、特殊な記号を書き込みながら、カパカパと笑った。

「いいや。あの坊やはそんな子じゃないさ。それほどまでに、君という人材を手に入れたかったのじゃろう」

 メルのその言葉に驚いたリクは、目を大きく見開いて、「えええ、絶対におちょくっただけなんだと思うんだけど」と言った。「だって私、中学生だし、働いた経験も無いし、思い当たる特技も無いし」

「それは、たぶんリクが“イチ”に似てるからじゃねえかな」

 リクが もぞもぞ と言うのに返事をしたのは、ずっと黙ってリクとメルの会話をながめていた、アダムだった。

「“イチ”? イチって? 」

 リクの問いにアダムが答えようと口を開いた時だった。メルが大袈裟おおげさせきばらいをし、採寸道具を床に置くとリクに「さあ、これで採寸は終わりじゃ。しばらくどこかで時間を潰してきなさい。すぐにできるのじゃから」と早口に言った。

 そしてリクたちを部屋から追い出すと、急いで扉を閉めてしまった。

 リクは首を傾げて「何かしちゃったかな? 」と、ふたりに聞いたが、アダムもニックも、揃って首を傾げただけだった。

 「まあでも、メルがどっかで時間潰してこいって言ってんだからさ、そうすりゃあいいんじゃねえかな? 」

 そうアダムは呑気のんきに言うと、クルリと、かかとで方向転換をした。

「どこ行くの? 」

 リクが聞くと、若い炭鉱夫は、「掃除しに行く! 」と背中を向けたままで答えた。

「掃除? 」

 リクが歩くアダムをヒョコヒョコと追いかけ、その後ろからニックが、「掃除だ 掃除だ! 」と、 ノシノシ 大股おおまたでついて行った。


 新米炭鉱婦リクの、初仕事へ出発だ!

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