第10話『ロバの頭の衣装係』

 アダムとニックによると、今朝リクが目を覚ました部屋は、汽車の4号車にある上級寝台110号室という部屋らしい。

 この蒸気機関車の内容としては、1号車に最上級寝台さいじょうきゅうしんだいがあり、そこには部屋が3つ──ロイヤルスイートが1つに、スイートが2つ──あるらしい。

 2号車と4号車が上級寝台。それぞれ6つずつの計12室あり、そこにアントワーヌ以外の従業員が、寝泊ねとまりしているらしい。

「じゃあ、トニはどこで寝てるの? 」と聞くリクに、アダムが不機嫌そうに鼻を鳴らして、「決まってんだろ! スイートルームだよっ! くそ」と口汚く答えた。

 3号車が、先程リクたちがポーカーをしていた、食堂室。5号車にシャワー室。6号車は倉庫。

「倉庫にはあまり近寄りたくはないな」

 ニックはげっそりとした顔で言う。

「どうして? 」

 リクの問いに、ニックはそのままの表情で、「ひど有様ありさまなんだ」と答えた。

「ニックが倉庫室に壁を打って、廊下を作ってくれたんだけどよ。それまではサロンに行くのに、みんなでガラクタを飛び越えてたんだぜ」

 アダムはリクにそう説明し、ニックには「まじで助かったぜ」と感謝の言葉をおくった。

「まあ、壁の中はまだ グチャグチャ だけどなあ」

 探検好きのリクは、それを聞いて、倉庫がどんなものなのか、むしろ興味を持ってしまった。

「さぞかし、たくさんのガラクタがあるんだろうね! 」

 そう聞くリクに、アダムとニックは声を揃えて、「そりゃあ、もう! うんざりするほど! 」と答えた。

 7号車がサロン室。リクがこの汽車に来て、最初に寝かされていた、立派なグランドピアノがある部屋だ。

「“サロン”って? 」

「そうだなあ。簡単に言えば、 社交場 だな。ここでは従業員や客関係なく、みんなで世間話をしたり、時には酒を飲んだりしているな。まあ、リクの年齢では、酒はまだ早いが」ニックはそう言って、大きな手で、リクの肩を ポンポン とたたいた。

 8号車が下級寝台。ここはこの汽車に宿泊している客のためにあるという。

「お客様はふつう、良い部屋に泊めるものじゃないの? 」

 リクはびっくりしてたずねた。するとアダムが、チッチッと首を振りながら舌を打った。

「この汽車に乗客してくるお客人は、大抵が、妖精や幽霊といったたぐいの奴らなんだ。そいつらは一時的にしかこの汽車にいない。いつの間にか乗車してきていて、いつの間にか下車してるんだ。だから、良い部屋を渡しても、掃除の手間が増すだけだろ? それだけ、お客人の入れ替えが激しいんだよ」

 リクは目を真ん丸くして、「妖精と幽霊がお客様⁉ 」と驚いた。

 9号車が冷蔵室。ここでは約2か月分の食料や飲料を貯蔵している。

「意外とストックが無いんだね」と言うリクに、アダムが溜息をいて、「本当なら1年分は入ってるんだ。うちには大食おおぐらいがいんだよ」と言った。

 そこでリクはニックを見上げた。が、その視線に気がついたこの大男は「俺じゃないぞ! 」と必死に否定した。

 そしてこの汽車の末端、10号車は電源車でんげんしゃとなっている。名前の通り、この汽車の電気の全てを支えている、重要な場所だ。

「ここは定期的な点検が必要なんだ」アダムが言った。

「じゃあ技師がいるって訳だね! 」

「そうそう」

 リクの言葉にアダムがうなずいて、ひじでニックをつついた。

「ニックが? 」

「こいつは最高の技師だぜ。な、ニック? 」

 ほこりに満ちたアダムの表情に、ニックは照れくさそうにほおきながら、「そうでもないさ。たまたま、分かるってだけだ」と言った。


 ところでリクたちは、食堂室から2号車に出て、いちばん奥の部屋の前に辿り着いた。

「ここがメル──“メル=ファブリ”の部屋だ」

 アダムが扉を指差して言った。

「ちなみに言っておくが、メルはまあまあ変わってるっていうか、なんていうか──」

「ファブリさんは、妖精なんだ」

 アダムの言葉をニックが引き継いで言った。

「妖精! 」

リクが思わず言ったのを、アダムが横目ににらんで、「いつまで驚いてんだよ。リーレルたちも見てんだろ」と冷たく言った。

「で、でも、まだその。慣れてなくって」

「慣れろよ」

 リクの言い訳を、アダムはうんざりした顔でさえぎって、「とにかく、メルは俺たちとはちょっと違うから、驚いてやんねえでくれ。良い奴なんだからさ」と言い、「先に行って挨拶あいさつしてくる」と扉を開けて入って行ってしまった。

 扉の前に残されたリクは、ニックの顔を見上げた。そこには、ニックの温かい焦げ茶色の瞳が待っていた。

 不安そうなリクの表情に気がついたニックは、まるで子供を扱う様に、リクの頭をでると、白い歯を見せて笑った。

「アダムはあんなことを言っていたが、リクのペースでゆっくり慣れていってくれればいいんだ。それに──」と、そこまでしゃべって、ニックは、今度はクスクスと音を立てる様な、違う笑顔になった。そして「アダムも、いや、あいつに至っては本当に憶病おくびょうでな。最初の頃は、リーレルたちにでさえ悲鳴を上げて失神してたんだ。しかも毎回。笑えるだろ? 」と言った。

「あのアダムが? 」リクは信じられない! と言う様に、首を横に振ったが、ニックは大きな体を小刻みに震わせながら、「あのアダムがだ」と言った。

「あのアダムが! 」

 リクは、ツンとした顔のアダムが、情けなく悲鳴を上げて、ドッテーンと床に倒れるさまを想像して、ニックと同じ様にお腹を抱えて笑った。

 すると、今まできっちりしまっていた扉がガラリと開き、そこから当のアダムがニュッと不機嫌な顔をのぞかせた。

 その顔を見たリクとニックは、はっとして口を結んだが、アダムに、「何ニヤけてんだよ」としかられてしまった。

 しかしアダムもそれ以上は言及せずに、部屋の方を振り向くと、リクに、「紹介するぜ。当汽車の衣装係、“メル=ファブリ”先生だ! 」と言った。

 リクは、アダムの視線の先を見て、息を飲んだ。

「えっ……」

 そこにいたのは、何と、ロバの頭をした小人だったのだ!

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