第8話『強欲者といかさまポーカー』

 「フロップ」と言って、ニックが、アントワーヌとアダムの前にカードを3枚置いた。

「あれが共有のカードだね」リクは思った。

 「ここで再度、け金を積む。ベット」

 アントワーヌはそう言いながら、おもちゃのコインの上に、さらに2枚積んだ。

「コール」

 するとアダムがそう言い、アントワーヌと同じ枚数を積んだ。

 アダムのその様子を見て、アントワーヌが片方の口角を吊り上げた。

「毎度のことながら、随分と情けない賭け方だ。お客人が見ているんだ。エンターテインメントを追求するのもありだと思うが? 」

 そうあおられたアダムだったが、涼しい目でアントワーヌを見返すと、「賭けには慎重さが大切なんだ、ってことを教えてやってんだよ」と言って、流した。


 「ベット? コール? 」と、リクが首をひねると、ゾーイが「賭け金を払うか払わないのか、どうやって払うのかっていう合図だよ」と説明した。

「“ベット”っていうのは、まだ誰も賭けてない時に、基本となる賭け金を提示する時に言うの。それで“コール”っていうのは、その賭け金と同じだけ出しますよ、ってことを宣言しているの」

「へえ! 」ということは、「今トニとアダムは、同じだけの金額を賭けてるってことなんだ! 」

「そうよ! さすがリクね、覚えが早いわ! 」

 リクの言葉に、レアが異常にめたものだから、リクは何と返せば良いか分からなかった。

 そして、リクの言葉に、もうひとり、反応を示した人間がいた。

真剣にゲームに取り組んでいたアントワーヌだ。彼は、テーブル越しにリクをにらみ、「俺をと呼ぶな」と声を震わせて言った。


 「ふたりとももういいか? 」黙って様子を見守っていたニックは、確認すると、「ターン」と言って真ん中の共有カードに、また1枚、追加した。

 そのカードを見て、アントワーヌはアダムの顔をのぞき込んだ。そして「チェック」と言って、腕を組んだ。


 「“チェック”っていうのは、賭け金を払わずに、相手にターンを回すことを言うの」

 リクが聞くまでも無く、レアが耳元でささやいた。

「“パス”ってことだね」


 アントワーヌから順番を回されたアダムは、微笑みながら「ベット」と宣言し、おもちゃのコインの山に、さらに5枚、追加した。

 するとアントワーヌがニッと、口角を吊り上げた。

「なるほどなあ」とつぶやき、「コール」と、ずっしりと言って、アダムと同じだけの金額を出した。


 「リバー。これが最後のカードだ」

 そう言って、ニックが共有カードに、最後の1枚を足そうとした時だった。

「待て! 」

 アントワーヌが制した。「ディーラーをレアに変えろ」

「え? 」とらしたのはアダムとニックで、アントワーヌはふんぞり返って、繰り返した。

「ディーラーをレアに変えろと言ったんだ。聞こえなかったか? 」そしてレアに振り返り、「ディーラーを変われ。カードも切り直せ」と命令した。

 リクもレアもゾーイも、ポカン と状況が分かっていなかったが、指揮官の言う通りに動いた。

 アントワーヌがニックから取り上げたカードを、リクとゾーイふたりでシャッフルをし、レアに手渡した。

 レアは、「何なのよ」と文句を言いながらも、ニックと場所を交代して、「リバー」と最後のカードを置いた。

 「チェック」

 アダムの表情を観察しながら、アントワーヌは低く言った。

 「べ、ベット……」

 アダムはどうしたのだろうか? リクは首をかしげた。若い炭鉱夫の顔は、見る見る真っ青になっていくのだ。

 アダムが震える手でやっと、コインを1枚、積んだ瞬間だった。

「レイズ! 」

 アントワーヌが射抜いぬく様にそう宣言し、「もうこんな馬鹿げたゲームはめだ」そう言って、控えていたおもちゃのコインを、全て、カードの前に積み上げた。「アダム。お前も乗れ」


 「“レイズ”って言うのは、賭け金を引き上げること」

 今度はゾーイがリクに教えてくれた。

「そして、持っているコインを全て賭けること。これを、“オールイン”って言うんだ」

 続けてニックがそう説明し、 ぐう とうなり、「これは、俺らの負けだな」と呟いた。

「どういうこと? 」

 リクとゾーイは、同時に首を傾げた。


 アントワーヌからオールインをうながされたアダムの顔は、もう重病人の様で、額からダラダラと汗を流し、体もガタガタ震えていた。アダムはそんな状態でも、なんとか両手で控えのコインを、前に押し出した。

「コール……」

 そして力無く言い、大きな溜息をいた。「この世の終わりとでも言うみたい」とリクは、この青年を気の毒に思った。

 ふたりが持っているコインの全額を出し合ったところで、レアが「ショウダウン! 」と言い、ふたりは伏せてあった手札をひっくり返した。


 リクは身を乗り出して、じっくりカードを見比べた。が、リクにはよく分からなかった。

「トニの勝ちだね。ご愁傷様しゅうしょうさま、アディ」

 そうゾーイが言ったのを聞き、リクはようやく、アダムが負けたのだと知った。

「ああっ!くそっ! 」

 アダムは悔しそうに両手で机をたたいた。その様子を鼻で笑ったのは、勿論アントワーヌで、積まれたコインを回収しながら、事の顛末てんまつを説明し始めた。


「4枚目のカードが配られた時。お前がフラッシュを待っていることに気がついた」

 “フラッシュ”というのは、同じ柄のカードが5枚揃って完成される役のことだ。アントワーヌが言うに、アダムは自身がこの役になる様に仕込んでいたのだと言う。

「共犯はニックだ。ニックは俺の役をJジャック3スリーペアになる様に仕組んだ」

アントワーヌの言葉に、ニックは潔くうなずいた。「その通りだ」

「それは普段の俺の実力を考慮してのことだろう。俺の持ち札には1枚のJジャック、1枚のAエースがあった──」そして、アントワーヌは、アダムの前に展開された、2枚のカードに視線を落とした。「お前の持ち札は、クラブの4にクラブの8。最初に配置される共通カードフロップの時点での、クラブの枚数は1枚、それに比べJジャックの枚数は2枚だった」

 だが、そこまでは不審じゃない、とアントワーヌは言う。

「じゃあ、どこで」とアダムが突っかかる。アントワーヌは勝ちほこった笑みを、若い炭鉱夫に向けた。

「だから先程も言った通り、4枚目のカードターンが配られた時だ。クラブの5。俺はここで一気に金額を上げても良かったんだが、妙にお前の仕草が気になってな」

 アントワーヌ曰く、その時アダムは、自分の手札を見なかったらしい。

「普段のお前のプレイスタイルは、こちらが心配になるほど慎重なものだ。カードが配られる度に持ち札を確認する。そして良い手札においても悪い手札においても、必ず苦い顔をするんだ」しかしこの時のお前は違った。「手札を確認しなかったんだ。お前という男が。そして、その後、もっとありえないことをしでかした」

 カードを見てのだ。

「ここで俺は、お前の様子を見ようと──」

「“チェック”をして、俺の出方を伺ったって訳か」

「ご名答」

 アダムの言葉に、アントワーヌはそう言って頷いた。

「普段のお前なら、ここでコインを積むことはしない。目の前の相手が尻込みすれば、一緒になって尻込みする男だ。その時点で、お前の負けは決まっていたんだよ。心配性のイカサマ師」

 そこまでを聞いたアダムは、両目頭を、親指と人差し指でまみながら、「くそう」と言って、椅子にけ反った。

「ご説明通りだぜ、指揮官様。ちなみに、ニックが5枚目で配ろうとしてたカードは、クラブの7だ。詰めが甘かった」と、遂に白状した。「完璧な計画だと思ったのに! 」


 リクはぼんやりアントワーヌの推理劇すいりげきを見ていたが、ずっと気になっていたことがあった。

「この賭けはトニの勝ちだっていうのは分かったけど、ふたりとも、一体何を賭けていたの? お金? 」

 そうたずねたリクを振り返ったレアは、「いいえ、違うわよ」と首を横に振った。

「同等の価値のあるモノ同士を賭けるんだ」ニックが答えた。

「同等の価値のモノ? 」リクが繰り返した。

「そうよ」レアが話を引き継いだ。「今回はアディがゲームのホスト──ええっと、ゲームの主催者しゅさいしゃだったの。アディからトニへの要求は、仕事の量を減らして欲しいというモノ。それで、トニからアディへの要求は、このコたち妖精の、餌代えさだい30コインだったんだけど──」

「あっ! 」

 レアの説明を、アダムがさえぎった。

「仕掛けが分かったぞ、トニ! いや、このインチキ野郎! 俺のカードを見やがったな! 」

 そうしてアダムは、背後に浮かぶピクシーたちを振り返って睨み付けた。するとピクシーたちは、急にオロオロと旋回せんかいしだし、カードの乗ったテーブルに着地すると、バタバタ と言った。

「アダムを裏切るつもりなんてこれっぽっちもなかったのよ! ぜーんぶトニが悪いんだから! だってトニが、アタシたちのご飯を賭けたから! だから……ね? アダム、ね? 」

「リーレル! 普段からあんなに、内緒でおやつ やってやってんのに! それでも足りねえのか! 」

 どうやらアントワーヌは、アダムの後ろに浮かぶピクシーたちに、アダムの手札を伝えさせていたらしい。それによって、アダムの計画が分かったのだそうだ。

 全く悪びれる様子のないアントワーヌは、手元のコインをもてあそびながら、「最初にイカサマを仕掛けてきたお前が悪い」と言い放った。

 それに、アダムがどんな真相を掴もうと、ゲームはもう終わってしまったのだ。アダムの負けは覆らない。そしてアダムが、妖精たちのために30コインを失うという運命も変えられない。

 「しょうがないわよ、アディ。諦めなさい」とレア、「相手が悪かったね」とゾーイが口々にアダムを慰めている横で、リクだけが、目をキラキラと輝かせていた。

 「ポーカー、おもしろそう! やってみたい! 」

 リクは、いつの間にか自分の口から出てきた言葉に、びっくりした。項垂うなだれていたアダムがその言葉に、文字通り飛びついてきたのだ。

「本当か、リク! じゃあさ、ぜひ俺の金を取り返してくれよ! ポーカーはおもしれえぞ、リクがそう思ってくれて良かったぜ! 」


 そうしてリクは、まんまとアダムの仇討あだうちを任されてしまったのだった。

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