第7話『コーンフレークと美味しいサラダ』

 リクの両手を優しく握っているレアに代わって、リクの目の前に料理の乗ったプレートを置いたのは、褐色かっしょくの肌を持つ女性“ゾーイ”だった。

「“ゾーイ”よ。ここではリリイと一緒に、ウェイトレスとして働いてる。よろしく、リク」

 太陽の様にカラっとした声でそう言うと、プレートに乗ったコーンフレークを見て肩をすくめた。

「最近新しく料理長が加わったんだけど、彼、料理の才能がね……まだ、フレークに牛乳を注ぐ、ってことしか覚えてないの。サラダは私が作った物だから、安心してね」

 そうゾーイが小さく言った時、調理室の中から皿の割れる音と、男性の情けない叫び声が聞こえてきて、リクを不安にさせた。

「ま、まあ、召し上がれ! 」そう言って、ゾーイは調理室に駆けて行った。

 リクはゾーイが去った調理室をしばらく眺めた後、ささやく様に「いただきます」と言って、レアからスプーンを受け取った。


 たった半日食べなかっただけなのに、どうしてこんなに美味しく感じるのだろう! コーンフレークを次々に口に放り込んでいくリクに、レアは見とれながら、妖精たちや、自分たちのことを話してくれた。

 「まず──」と言ったレアは、4人掛けのテーブルで、アダムの隣に座る大男を見た。「そこにいるのが“ニック”よ。彼も私たちと一緒で、ここで従業員として働いているの」

 レアから“ニック”と紹介された大男は、アダム越しにリクを見て、「“ニック”だ。よろしくな。ここではアダムと一緒に、 炭鉱夫 として働いてる」と挨拶あいさつして、アダムの肩に大きな手を乗せた。手を乗せられたアダムもリクを見ると、妖精たちの入った服の袖を上げた。

「んで、こいつは“リーレル”。あと──」

「パヨーニルにチェーリター、オオッコーと、あとトッテンビッターだ。コイツらは全部同じ、ピクシーと呼ばれる種族の妖精だ。見た目も変わらないし、名前を覚える必要も無い」

 アダムを引き継いで言い放ったアントワーヌの言葉に怒ったのは、妖精たちで、袖から飛び出しテーブルの上に降り立つと、「同じじゃない! アタシはしっかり人間の言葉、しゃべれるの! 馬鹿なキョウダイたちと一緒にしないで! 」と言って、トランプを蹴った。

 この子がさっきリクを呪おうとしていた“リーレル”だな。とリクは思い、レタスをモグモグと咀嚼そしゃくしながら黙って見ていた。

 アントワーヌの言う通りピクシーたちの見た目は完全に同じで、1ミリメートルだって違うところがなかった。しかしそれぞれしっかりと個性を持ち合わせているらしく、この生意気なリーレルは人間と話すことができるようだ。

 だがこのリーレルも数の力には弱いらしい。今しがた馬鹿にしたキョウダイたちから袋叩きにあっていた。

「この子たちって、他にもたくさんいるの? 」

 レタスを飲み込んだリクが、アントワーヌにそう聞くと、赤髪の指揮官は、溜息をきながら首を縦に振った。そしてうんざりした様子で「ああ、そりゃあ、もう」と言った。

「見分けられるの? 」

 リクは、今度はアダムに尋ねたが、ピクシーのキョウダイたちをなだめる若い炭鉱夫は首を振った。

「いいや。俺は全くだね。リーレルなら喋ってくれるから見分けがつくが、他のキョウダイとなると分からねえな」と言った。

「見分け方ってあるの? 」

 リクは、くたびれたリーレルを手の平ででていたニックに向いた。ニックはげ茶色の優しそうな瞳をリクに向けると、「さあな」と肩をすくめた。「指揮官殿なら知ってるが」そう言って、あごでアントワーヌを指した。

「ニオイが違うんだよ」

 指名された指揮官は、リクが視線を向けるまでも無く喋り始めた。

「ニオイ? 」

「そうだ。だがしかし、こいつらには分からないんだそうだ。こんなに強烈な臭いを発しているっていうのに──」と、アントワーヌはわざとらしく鼻をまんだ。

 リクは首を傾げて、すんすん と音を立てながら、よくニオイをいでみたが、レアが付けている、イチゴタルトの様な香水の匂い以外のものは、感じられなかった。「変なニオイなんて全然しないけど」と正直にリクが言うと、アントワーヌは自分の頭を抱えて、また溜息を吐いた。

「お前もか──誰か俺に共感できる奴はいないのか? コイツらが側にいると息がつまりそうなんだ」と言い、アダムの手から逃れたピクシーから、おでこに蹴りを貰った。それから、ニックの大きな手の平に埋もれるリーレルからも、非難された。

「ブルルルっ! 」と、リーレルはくちびるを震わせ、「リソコナイのニオイのが臭いっ! 」

 「何だと! 」リーレルの言葉に、アントワーヌはこぶしでテーブルを鳴らした。が、レアが「ふたりとも静かにしなさい」とぴしゃりとしかった為、途端に静かになった。

 レアは、ふん と鼻を鳴らして、指揮官とピクシーをひとにらみした後、リクに優しく微笑み掛けた。

「とにかく、この汽車には色々な妖精がいるって訳よ。その中には、あんまりにもヘンテコだから、びっくりしちゃうのもいるかも知れないけれど、リクはゆっくり慣れていってくれればいいのよ」


「ところで、アダムたちは何をやってたの? ババ抜き? 」

 朝ご飯をお腹いっぱいに詰め込んだリクは、4人掛けのテーブルを指して言った。

 テーブルの中央に数字を見せたトランプが5枚、アントワーヌとアダムの前には数字を伏せた状態のものが2枚置いてあった。

 リクからババ抜きかと問われたアダムは、一瞬目を見開くと、こらえられないという仕草で笑い始めた。

「ちょっと! リクを笑わないで! 」

 すかさずレアがアダムに注意した。しかしアダムは「ごめん、ごめん」と言ったっきり、ニヤニヤしたままリクに言った。

「ポーカーだ。知らねえのか? 」

「ポーカー……? 」と首を傾げるリクにアダムは、「まじか」と、今度は本当に驚いた様子で身を乗り出した。

「 テキサスポーカー って、知らねえか? 」

「テキサス……? ああっ! 」その言葉なら聞いたことがあった。「アメリカの州の名前だ! 」

「う、うん、そうだね」

 リクの答えに、今度はゾーイが頬をきながら頷いた。

「そこでやられてる、ポーカーってことだ! ん? ポーカーって? 」

 ひとりで言ってひとりで首を傾げるリクに、正しい知識を与えるのがレアの役割だ。

 レアはリクの目の前に回り込むと、ポーカーというものを簡単に教えてくれた。


 ポーカーというのは、トランプを使って行う対戦ゲームの一種で、数字や柄を揃えることで、プレイヤー同士の勝敗を分けるというものだ。

 アダムの言っていた「テキサスポーカー」というものは、数あるポーカーの遊び方の中でも有名なもので、不正がしにくいという点から、け事などでよく使われる。

「真ん中に置かれている5枚のカードが、プレイヤー全員の共有のカードで、トニたちの前に置かれている2枚のカードが、各プレイヤー個人の手持ちのカードなの。これら7枚の中から5枚を選択して、強い“役”を作っていくのよ」

「役? 」

「ええっとね──」

 「役」というのは、ゲームで勝利する為に、有利になる手札のことだ。

 ポーカーの中では、同じ数字が揃うと発生する「ペア」や、2、3、4、5、6というように、カードの柄に関係なくとも数字が連続すると発生する「ストレート」、そして最も有名な役である、「ロイヤルストレートフラッシュ」などがある。これは同じカードの柄で、10、JジャックQクイーンKキングAエースを揃えると発生する。ポーカーの中で、最強の役である。


「なんだか難しそうだね」というリクに、アダムが手を振る。

「そんなんでもねえよ。実際にやってみればさ」

「それじゃあさ、リク」調理室から戻り、椅子に座ったゾーイが提案する。「トニとアダムの試合がまだ終わってないから、それを見ればいいんじゃない? 」

 そういうことで、アントワーヌとアダムのゲームが再開された。


 ディーラーと呼ばれる、カードを配る役職を引き受けたのは、大男ニックだった。

「まずはふたりに、2枚ずつ、伏せカードを配る」

 ニックはそう言いながら、慣れた手つきで、アントワーヌとアダムの前に、2枚ずつ、カードを伏せたまま、滑らせる様に配布した。

 カードを配られたふたりは、机の上からカードを拾い上げずに、端っこだけを チラリ と持ち上げて、それを確認した。

「手札を手に持たないの? ほら、ババ抜きでやるみたいに」

 リクが聞くと、レアが「それがルールなのよ。カードを手に持つと、それだけ不正できるチャンスが増えるじゃない」と説明した。

「そして、このゲームの掛け金を払う」今度はアントワーヌがそう説明し、自分の手札の前に、おもちゃのコインを2枚積んだ。「これがこのゲームの、基本となる賭け金だ」

 アダムもアントワーヌと同じだけの“掛け金”を積んだ。

「これで下準備はバッチリ! 」とレアが言った。「本当に始まるのは今からよ」

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