第5話『軽快なステップと重大告白』

「汽車へ乗車してしまった人への説明事項 第1 」

 そのアントワーヌの言葉を合図に、アダムが得意のピアノを弾き始めた。

この曲はリクでも知っている。ショパンの練習曲、『黒鍵こっけん』だ。

 4分の2拍子の軽快なリズムに合わせて、アントワーヌも早口に喋り出す。この説明を何百何千回こなしてきたみたいだ。リクは置いていかれまいと、前のめりになった。


「このことは頭の中央に入れて貰わなくては困る! 」

「それは? 」

「この汽車は とんでもなく変わっている ということだ! 」

「ええっ! 」


「そして第2に! 」

「第2に? 」

「この汽車に乗車した者は、下車することができない! 」

「ええっ⁉ 」

「理由は最終章、第5に話すとして、とにかくこの汽車からは降りることはできない! 」

「そんなあ! 」

「安心しろ。俺も元々は、その不幸な乗客のひとりだった。すぐに慣れる! 」

「ええっ! 」


「そして第3に! 」

「第3に? 」

「下車ができない為、乗車した人間は、無限に、ひまな時間を持て余すことだろう! 」

「そうしたら? 」

「俺が雇い、俺の部下として働かせてやる! ちなみにここにいるふたりも、俺の部下だ」

「えええっ! それじゃ、私も⁉ 」

「ちなみに強制ではない! 」

「よかったあ」


「そして第4に! 」

「第4に? 」

「この汽車には妖精、幽霊が存在する! 」

「それだよ! どういうこと⁉ 」

「知らん! 世界中には妖精や幽霊やらが わんさか溢れているのだ! ここにいたって不思議なことではないだろう! 」

「ええええ、不思議だよ! 」

「ちなみに、汽車の従業員の中には、そういう奴らも、いる! 」

「ええっ! 妖精や幽霊さえも働かせてるの⁉ 」

「ははは、安心しろ。妖精だけだ」

「ええ……」


「そして最終章、第5に! 」

「何があるの? もううんざり! 」

「この第5が、俺らのあらゆる疑問を解き明かしてくれるのだが──」


 そこで、アダムの演奏が終わった。

 リクは驚きの連続で、ヘトヘトになってしまっていた。そんなリクを冷静に見下ろして、アントワーヌはとんでもない台詞せりふを吐いた。

「この汽車は世界中、どこへだって、行くことができるのだ。それが意味するのは、土地の高低差や国境を超えるというだけの、ものではない」

 アントワーヌのその言葉に、リクは首をかしげた。

「それって、どういう意味? 」

「時間さえも、行き来できるということだ」

 リクの質問に、アントワーヌははっきりと、そう答えた。

 その信じられない返事に、リクは「え」と言ったきり、言葉が出てこなかった。しかしアントワーヌは、そんなリクに構わず、話を進めた。

「時代を行き来するんだ。この汽車は。世界中、ありとあらゆる場所、ありとあらゆる時間に出没する汽車。それが我々の乗る、この蒸気機関車なのだ」そして、「残念ながら我々は、これから行く場所、これから行く時代の選択をできない。それだから我々は、自由に下車することができないとんだ。しかし勿論、望むなら自由に下車して貰っても構わない。が──それはおすすめしないな」


 アントワーヌの話は以上だった。

 リクは脳味噌を グルグル と働かせていた。そして何度も、口の中で、「信じられない」とつぶやいていた。「時代を超える? それって、サイエンス・フィクションでいう、タイムトラベルってことだよね? 事実は小説よりなり、なんて、どこかの詩人は言ったっていうけど、こんなに奇妙なことってあるの? これは現実なの? 」

リクはすっかり混乱してしまっていて、アダムが彼女に向かってしきりに「大丈夫かあ? 」と声を掛けているのにも、気がつかないほどであった。

 レアも潤う青色の瞳で、リクの顔を覗いては、両手でリクの手を握り締めていた。

「ショックなのは分かるわ、リク。こんな頼りがいの無い男の言うことなんて、信じたくないわよね」

「何だと! 」

「でもね──」と、レアが言いかけた時だった。部屋の扉が再び開いたのだ。

 リクも、リクの手を握っていたレアも、リクに手を振っていたアダムも、再びダイニングチェアに腰を落ち着かせていたアントワーヌも、開いた扉を見た。

 すると扉の向こうから、ポロロロン ポロロロロン という不思議な音が聞こえ、次の瞬間に、その音の正体が現れた。

「あっはははは! 」

「ひっひひひひ! 」

 その音と、笑い声の正体とは、なんと、木でできたふたつの小さな人形だったのだ! そして信じられないことに、そのふたつは、普通の幼い子供たちのする様に、訳も無くはしゃぎ合いながら、元気よく部屋に駆け込んできたのだった。

「な、何あれ! ひいいいいっ! 」

 目の前で繰り広げられる、非現実で、恐ろしい現象に、リクは悲鳴を上げると、そのまま意識を手放した。

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