ふたりの仔猫

第4話

 戸口に小さなふたつの影が映っています。


 戸をあけると、仔猫がふたり、仲良く並んで待っていました。

 ひとりはしましまの雉猫きじねこ。もうひとりは赤褐色せっかっしょくのミックスの仔猫です。


「ごめんね。まだ開店前なんだ。もう少ししてから、また来てくれるかな」


 仔猫たちはニコニコしているだけで、立ち去るようすはありません。

 仕方なく中に入れると、ふたりは物珍しそうにキョロキョロと店の中を見回しています。


「何か飲みたいものとか、食べたいものとかある?」

「おぜんざい」

「あたしも」


 意外な答えに、ぼくはちょっと驚きました。


「きみたち、おぜんざい、知っているの? 食べたことないよね」

「知ってるよ。ねっ」

「うん。知ってるけど、食べたことないから食べてみたい」


 虹のふもとの港街は、生とし生けるものが肉体を離れて旅してくる場所。

 だから、魂となった今、ぼくの店では人も猫も同じものをお出しすることができるのです。


「どんなおぜんざいがいいのかな」


「白玉のおぜんざい」

「あたしも」


「関東風ってことなのかな。それとも、関西風の方がいいのかな」


「わかんない」

「わかんなけど、白玉のおぜんざい」


「わかったよ。白玉のおぜんざい二つだね」


「はい」


 ふたりは、声を揃えて元気よく返事をしました。

 ぼくは取り敢えず関東風のおぜんざいを仔猫たちに持っていき、厨房に戻ると今日の仕込みに取り掛かりました。


 しばらくすると、ふたりの楽しそうな話し声が聞こえてきます。仔猫たち同士ではなく、別の誰かと話しているようです。


 玄関にはまだ「仕込み中」の札が下げたままになっていましたが、仔猫たちがいるので鍵は掛けてありません。どなたかお客様が入って来たのかと思い、ぼくは厨房から顔を出しました。

 でも、店の中には仔猫たちの他には誰もいません。仔猫たちのテーブルの上を見て、驚きました。

 招き猫の横に飾ってあった金花糖のハイハイ人形を持ってきて、仔猫たちは遊んでいたのです。 

 金花糖は、お砂糖だけで出来ています。その上、中が空洞だから、とてももろくて壊れやすいのです。

 ぼくは慌てて、仔猫たちのところに行きました。


「ダメだよ、棚にあるものを勝手に持ち出して遊んでは」


「遊んでないよ、ねぇ」

「うん、遊んでない」


「だったら、なぜ、棚に置いてあった金花糖のお人形がここにあるんだい」


「お祝いをするため」

「これから、お人形さんのお祝いをするの」


 思わず、ぼくは聞き返しました。「お祝い? なんの?」


「お誕生日のお祝い」

「うん、バースディケーキでお祝いするの」

「やっだぁ、ほたるちゃん、これ、おぜんざいだよ」

「あっ、そうだった。バースディおぜんざいだった」


 ふたりは、顔を見合わせてキャハハと笑いました。

 見れば、おぜんざいの粒あんの上に白玉がきれいに並べてあります。


「もしかして、この白玉が、ろうそくの代わりなのかな」


 ぼくはなんとなく分かってきて、仔猫たちにたずねると、思った通りの答えが返ってきました。


「うん、そうだよ。お人形さんの年の数の白玉」

「それでね、『お誕生日おめでとう!』と言ったあと、ろうそくの火を消す代わりに、あたしたちで食べちゃうの」


 ふたりは、また顔を見合わせて笑いました。


「それなら、バースデイケーキ用のロウソクがあるから、持ってきてあげようか。白玉と同じ数の5本づつでいいかい」


 ぼくがそう言うと、ほたるちゃんと呼ばれていたしまの仔猫がハッと気が付いて、もうひとりの仔猫を突っつきました。


「ラデちゃん違う。違うよ」

 ラデちゃんの方も、すぐにほたるちゃんの言いたいことがわかったようです。

「あっ、そうか! 5本って、5歳ってことだ」

「だから、ロウソクいらないよ」

「そうだよ。生まれたばかりなんだから、0歳だもの。ロウソク、まだ、いらないよ」

「なら、この白玉、どうする?」

「今、食べちゃおう!」


 仔猫たちがキャッキャッはしゃぎながら白玉を食べている間に、金花糖の人形を片付けようとしたぼくに、透かさず「ダメ! おじちゃん」の声が飛んできました。


「えっ、おじちゃんって?」ぼくは辺りを見回しました。当然のことながら、ぼくと仔猫たちしかいません。認めたくないことですが仔猫たちの言った「おじちゃん」とは、どうやらぼくのことのようです。


「お人形さん、持って行っちゃダメだよ、おじちゃん」

「これから、ハッピーバースディ、歌ってお祝いするんだから」


 ぼくから金花糖の人形を取り返すと、ふたりは元気に歌い始めました。 



  ハッピーバースディ お人形さん

  ハッピーバースディ お人形さん

  ハッピーバースディ かわいいお人形さん

  ハッピーバースディ お人形さん


 

 仔猫たちの歌を聴きながら、ぼくはだんだん胸が熱くなってきました。

 ふたりの仔猫たちは、知っているのです。この金花糖のお人形を置いて地上行きの船に乗ったお客様がたった今、地上に着いて無事に生まれ変わったことを。


「お誕生日、おめでとう! パチパチパチパチ」

「もっかい、歌おう」

「うん! 歌おう」

「今度は、おじちゃんもいっしょに歌うんだよ」


 ふたりの仔猫は、再び大きな声でハッピーバースディを歌い始めました。

 ぼくは最後の最後まで迷っていたお客様の顔を思い出だすと、胸がいっぱいになって声が出ません。


 仔猫たちは歌うのをやめて、ぼくを見上げました。

「お人形さんのお祝いなんだよ」

「おじちゃんも、歌わなきゃ」

「ああ、ごめん」

「いい、歌うよ、いちにのさん、ハッピーバースディ お人形さん」

 


  ハッピーバースディ お人形さん

  ハッピーバースディ お人形さん

  ハッピーバースディ かわいいお人形さん

  ハッピーバースディ お人形さん

 


「お誕生日、おめでとう! パチパチパチパチ」

 ぼくも仔猫たちにいっしょに大きな拍手をしました。

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