家族の話

「母さん、ただいま」


「おかえりショウタ。あれ? お友達……?」

玄関から入って右手に見える台所、そこにはショウタのお母さんがいた。

「あ、高田中のワタル」

「え? 中学の……? あ、2組のワタル君ね、同級生だった。あら~お久しぶりです」

ワタルの存在に気がついたお母さんは笑顔になった。

「卒業して以来よね、前に来たときは確か……2月よね、ショウタがノロウィルスにかかって休んでた時にワタル君プリント持ってきてたよね、たぶんそれ以来でしょ」

「あぁ、そうですね。中学卒業してからずいぶんご無沙汰してました」

「ワタル君、あがって休んで頂戴、野暮用片付けたら飲み物持ってくるから」

「いやいや、そんなお気遣いなく……」

「いいのよいいのよ、さあさ、あがって」

「じゃあ、ありがとうございます、お邪魔しまーす」

2人は玄関に入り、靴を脱ぎ、部屋に上がった。年季の入ったアパートで2DKの間取り、2人は台所を抜け、ショウタの自室として使っている奥の和室に入る。

「ショウタ、部屋で待っててくれ。母さん、なんか手伝おうか?」

そう言ってショウタは自室を出て手伝いに向かった。

ワタルは畳の床に座り、久々に訪れるショウタの自室を見渡す。畳敷きの和室に釣り合わないパイプベッド、部屋の隅にはアンプやエフェクターはもちろん、漫画、バンドスコア、そしてロキノンなどの雑誌が積まれている。ベッドサイドのテーブルの上にはラジカセ、そして枚数は少ないながらもCDが積まれている。

――確かショウタはバイトもしてるって言ってたよな……。

そのおかげで金回りがよくなったのか、中学時代に来た時より物が増えているようだ。

「おまたっせ」

ショウタが戻ってきた。両手で盆を持ち、その上にはコップに注がれたジンジャーエールが乗っている。ショウタはサイドテーブルにその盆を置く。

「そんじゃ」

「いただきます」

2人はジンジャーエールを飲む。

「……そうだった、母さん今日はローテーションで休みだからいるんだった。母さん、仕事が不定期で土日の出勤も多いんだ、夜勤で昼夜逆転する日もあるから、こうして平日の日中が代休になるって感じ」

「そうなんだ……大変だな」

「俺はもう慣れてるよ、物心ついた時からこんな感じだから。一人息子で母さんもああして一人だからな、構ってあげられなくてごめんなさいってよく言われる。その代わりなのかもしれないけど、こうやって、趣味はやらせてくれてる」

「……いいなぁ」

「……いいのか?」

ワタルの意外な反応にショウタはやや困惑した顔になる。

「いいに決まってるさ、うちの親は何かやる度に『そんな事してないで勉強しなさい!』だからなぁ、子供は勉強は本分だ! って」

「ああ、そういう意味か。ならまだ俺の方が恵まれているのかもしれないが」

その時、ふすまをノックする音が聞こえた。

「なんだい」

ショウタが答え、ふすまが開く。ショウタの母さんの姿が見える。

「ショウタ、母さんそろそろ夜勤の時間だから出発するわね、昼のうちにおかず作って冷蔵庫に入れておいたから、あとで暖めて食べてちょうだい」

「ああ、わかったありがとう。母さんも気をつけて」

「ワタルくん、ワタワタしてごめんなさいね。また今度ゆっくりできたらね」

「いえいえ、ジンジャーエールご馳走になりました、ありがとうございます」

「どうしたしまして、じゃ、行ってきます」

ショウタの母さんは玄関を出て、早足で階段を駆け下りていった。


「……こんな感じだ。たまに俺も母さんの夕飯を作る時もある」

そう言いながらショウタは自室のふすまを閉じる。

「そうなんだ、ちょっと誤解してた」

「というと?」

「こういう母子家庭だとさ、大抵子供がグレてアウトローになって珍走団に入って朝帰りして親の財布から金盗んで『ショウタ! やめてちょうだい』『うるせぇんだよババア!』って張り倒す、そんな感じのイメージがあって」

「……ドラマの見すぎだろ」

「なんか、中学にベース持ってきたりしてたから、最初はそんなんなってんじゃないのかなって思っててな」

「ああ、あれか……」

「でもそんな感じじゃなかった、ショウタがしっかり親孝行できてるんだから」

「だよ、なんだかんだあって母さんも一人になっちまって、苦労してる所を見て育ってるからな俺は。大事にしたいと思ってるし悪くはできねぇよ」

背が高くて硬派、その行動と言動に一見怖い印象すら感じさせるショウタであるが、今日垣間見せた意外な一面にワタルは安心を覚えた。少なくともワタルの父が言うような音楽やる奴はロクでもない奴、ではないのは間違いない、と確信しているのであった。

「よし、じゃあ作業に入るか。ワタルが打ち直したドラムを確認するぞ。ほら、ケーブルをラジカセに繋げ」

「え? 大丈夫なのか?」

「家に誰もいないだろ、アンプ繋いだベースならともかく軽く曲かけるぐらいなら大丈夫だ」

「あ、そうだったな!」

緊張が解け笑いがこぼれる。ラジカセの電源を入れ、ケーブルを繋ぎ、携帯プレーヤーの再生ボタンを押す。


ヘッドホン以外で聞く『初音ミク』の声、先週の日曜に鳴らした時以来である。

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