ショウタの家
翌日、ショウタの都合で久々に一人となったワタルは黙々とDAWのドラムエディッタを弄っていた。昨日の体験を踏まえ、手の動きを意識してドラムパートを組みなおしているのだ。
「ごはんよー」
と、下から母の声がした。時計を見ると午後7時前を指している。
「わかった、今降りるわ」
ワタルはプロジェクトを保存し、パソコンを終了させ、1階に降りていった。ダイニングには父がいる、今日は珍しく定時に帰ってきたようだ。
「父さん、おかえり。今日は早かったね」
「ああ、今日出向してくるはずだったグループ課長が出張延期になってね、予定が空いたんだ。どっか寄って飲んできてもよかったんだがな、何か相談があるって母さんが言うから帰ってきた」
食卓には野菜炒め、お漬物、鶏肉とサトイモの煮物、そして冷えた缶ビールが用意されていた、父は缶を開け、手酌でグラスにビールを注ぐ。ワタルは台所に進み、冷蔵庫の扉を開けてペットボトルのウーロン茶を取り出す。食卓に置いてあるコップにウーロン茶を注ぎ、自分の席に座る。ちょうど亮もダイニングに入って来た。母も片付けの手を止め全員食卓に座る。
「いただきます」
父が遅く帰ってきたり付き合いだったりで家族全員揃わない日が多い清水家、今日は久々に全員揃って夕食である。だが、揃ったからといって楽しい団欒になるとは限らない。
「ワタル、夏休み明けから帰ってくるのが遅い日が多いじゃない」
母がこう切り出す。
「……それは仕方ないだろ、もうすぐ北商マーケットだから居残り残業させられるんだし」
帰りが遅いのは半分事実である。北商マーケットの準備で7時まで残される事も多い。ただ、残らない日は孝志と騒いでいたか、ショウタと曲作りに打ち込んでいた。
「それに、孝志君が来なくなったのかなと思ったら今度はショウタ君がウチに来るようになってね、中学からの友達でも他の高校の子だから……。ワタル、あんたちゃんと勉強できてるの? 遊んでばっかりじゃどうしようもないわよ」
「……ちゃんと並行して勉強もやってるよ」
「母さん、相談ってこの事なのか?」
父が割って入ってくる。
「そうなのよ、父さんからもちょっと言ってやってくださいよ」
「さっき母さんから定期テストの結果を見せてもらったが、得意だった地理の点数が落ちてるじゃないか、何があったんだ」
「あ、それは亜寒帯と亜寒帯気候を間違えて覚えてたんで、残りの選択肢が全滅しちゃったっていう……」
地理Aは期末の点がたまたま高かっただけで得意というわけではないし、他の科目は全てプラスなんだけどなぁ……とワタルは思っていた。小学校の頃からそうなのであるが、父は基本的に褒めないタイプの性格だ。高得点の科目にはほとんど触れず、数少ないミスを徹底的に突いてくる。
「前のテストで点を取れたら、次のテストでもしっかり点を取る、それが当然だ。点を取るには勉強をする、何もやらなきゃ点は取れない。つまりお前は何もやってなかったって意味なんだ、それをしっかり点が示してる。分かるか?」
いや、他の科目は取れてるじゃん。と思いつつも口には出せずワタルは黙る。
「母さんもしっかりしないとダメだ、ワタルをちゃんと怒ってやってくれ。まったく、高校生にもなってだらしなくしてて……しっかり勉強をやらせないと」
「……反省します」
仕方がない、解答ミスをしたのは事実だ。反論ばかりしていても疲れてしまう。素直に折れてしまった方がいい。そしてまた黙々とした夕食の時間が続く。
「ワタル、ショウタ君って何やってる子なの? いつもギターケース持って歩いてるけど」
ギターではないのだが、音楽に疎い母さんなら区別がつかないのは仕方がない。
「ああ、バンドやってるって聞いた事がある」
「バンド……」
父はバンドと聞いて絶句する。
「僕も会った事ある、背高くてカッコいい兄ちゃんだよね?」
亮が割って入ってくる。カッコいいかはともかく、ショウタは背が高いので目立つ存在である。
「亮、カッコよくはないぞ、ギターみたいな音楽やるような奴にはロクなのがいないからな」
音楽やるような奴にはロクなのがいない……父に言わせれば、音楽はそういうものだと考えてるらしい。
「とにかく、今日からお前は勉強に専念しろ。11月には検定が続くんだろ? いいな?」
「分かりました、頑張ります」
さすがに今日は自重しよう。ワタルはとっとと夕食を済ませて休もうと考えた。
幸いだったのは、上でショウタと音楽を作っていたのがバレていなかった事、そしてその音楽が『初音ミク』の曲であった事だ。
今ここで親に見つかったら今までの苦労が台無しだ……せめて公開するまではなんとか隠し通さないと、とワタルは思った。
「……というわけで、当分の間出入り禁止ってわけだ」
通学路沿いのサークルKの駐車場で、ワタルは昨日のいきさつをショウタに話していた。
「まぁ確かにそうだろうな。悪い、俺もちょっと遊びすぎた。ワタルの親って結構厳しそうだからな。なら俺の家で作業しよう。北商マーケットと検定試験が終わるまでは遅く帰る分にはいいんだろ? たまにはウチに遊びに来いよ」
「お、でもベース鳴らせるのか?」
「いや、それがうちでも駄目だ、でも作詞と校正なら紙とペン、プレーヤーさえあればやれるからな、しっかり校正やってやるぜ」
「なら、お邪魔させてもらおうかな」
駅の南側、国道の大きな通りから少し西側に入った路地にある2階建てのアパート、その2階の手前側にショウタの家がある。ショウタはポケットから鍵を取り出し、ドアノブの鍵穴に挿す。
「あ、開いてる」
ショウタはそう呟いてノブから鍵を抜く、そのままノブを捻り、ドアを開ける。
「母さん、ただいま」
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