北商マーケットの惨劇

10月13日、北商の一大イベント『北商マーケット』の日を迎えた。


朝7時、全校生徒が校庭に集められた。というのも、校舎や体育館はもちろん、図書館、武道場、果てはプールにまでこの日のために運び込まれた商品が山のように積まれており、集合できるスペースが校庭しか残っていないからだ。もっとも、この校庭もマーケットの開店1時間前には駐車場となり来場者の車で埋め尽くされるのだ。

開店式に先立ち、校長、そして3年生の『社長』役の執行部員が校庭の演台に立つ。

「えー、本日は晴天に恵まれて絶好のマーケット日和になっています。この北商マーケットも今年ついに協賛企業が100社を突破しました。これも従業員の生徒諸君の1年に及ぶ頑張りによる成果です」

校長のお言葉に先生方から拍手が起こる、それに続けて生徒からも拍手が起こる。校長の挨拶の後、続けて『社長』が恒例の挨拶唱和を始める。

「従業員の皆さん、それでは一緒に北商マーケット・スローガンを唱和しましょう!」

「承知しました!」

「お客様には笑顔を!」

「お客様には笑顔を!」

「従業員には希望を!」

「従業員には希望を!」

「取引先にはメリットを!」

「取引先にはメリットを!」

「皆さん、続けて基本の唱和をお願いします!」

「いらっしゃいませ!」

「失礼いたしました!」

「ありがとうございます!」

「またお越しくださいませ!」

こうして学生身分なのに社蓄気分に浸り、閉会後、開店へ向けての最後の品出しのため、全校生徒が学校中を駆け回る。その間にも北商周辺には長い行列が出来ている。


「一年生およびサービス部員は至急、東側校門に集合してください」

校門に2台の大型トラックが横付けされ、その中から大量の青果コンテナが降ろされる。北商のために用意された朝採れの新鮮な野菜、そして果物が搬入されてくるのだ。

「漬物用の束にまとめて!」

「菜は10把づつテープで束ねてください、急いで!」

校門脇の中庭に用意された仮設の選果場で、総勢100人以上の手で手早く仕分けがなされるのだ。仕分けられた野菜と果物はすぐさま台車に乗せられ、校舎の中に運び込まれていく。


「全北商店員の皆さん、もうすぐ開店の時間です。所定の位置でお客様をお迎えいたしましょう」


朝9時、校長、『社長』 そして商工会議所会頭の立会いの下、校門のゲートが開く。待ちわびた多くのお客様が一斉に校内に流れ込んでくる。そんなお客様を歓迎するかのように、ピロティにはトヨタの新車がズラリと並ぶ。北商が地元のカーディーラーと組んで車も売っているのだ。この日も1台成約したらしく、営業役の女子生徒が拍手を貰っていた。


ワタルたち北商の1年生は「売り子」として各コーナーの商品補充、在庫の品出し、現金の回収、お客様の案内に休憩所の清掃にと奔走していた。

「2組、もうすぐ12時になる、大型休憩所の整備清掃に取り掛かってください」

「承知しました!」

3年の執行部員の指示で、2組の生徒は休憩所の清掃に入る。

第二体育館に設けられた大型休憩所、200席が用意され、中には北商と地元業者がコラボして販売するオリジナル弁当のブース、軽食を提供する屋台が並ぶ。そしてその一角に視聴覚室から持ち込まれたキャスタースタンド付きの大型テレビが置かれている。

ワタルと孝志は、お客様がテーブルに残していった紙コップや弁当ガラを片付け、テーブルとイスを拭いて回っていた。

その時、大型テレビからこんな声が流れてきた。

「……続いての特集は! え? ネットで話題のアイドルが登場する!?」

まさか……、ワタルと孝志はお互いに目を合わせる。だが、2人の目の前にはまだまだ大量のゴミがある、せっせと片付けつつ横目でその特集を見ようとする。時刻は11時53分、今の時間にやっている番組ならおそらく『クイーンズブランチ』だろう。歌謡界の巨人がパーソナリティを務める人気番組だ。

じっくり観たいところだが清掃に忙しく画面を見る余裕はない、2人は作業をしながらテレビから流れる音声だけに耳を立てる。「ついに画面の嫁が歌いだしたんですよ!」とか「これさえいればもう三次元の嫁なんていらんのですよ!」といったインタビューされている野郎の声が聞こえてくる。やはり『初音ミク』の特集らしい。最後にその奴が作ったという曲『俺の嫁が歌いたがっている』が流れてきた。


公共の電波が!


この異様な展開に2人はたまらず作業の手を止め大型テレビに駆け寄る。画面には美少女アニメの絵が大量に張られた部屋、その中心に抱き枕を抱えた野郎が映る。さらに画面と共に流れるミクの曲、やったらシンバルが煩く高音域を多用した耳障りな曲、その場にいた100人ほどのお客様は揃って苦い表情を見せる。

「何これ……キモイ!」

「これってアキバ系ってやつだよね、あんな醜態さらして何が楽しいんだろうか」

そんな声があちこちから漏れてくる。そして番組は、ナレーションの「これで日本の将来は安泰ですね」の一言で締めくくられた。


「最悪だ……」

孝志が思わず言葉を漏らす。公共の電波に流された初音ミクの姿、そして、世間の反応。この一部始終を目撃した2人は呆然となった。

「清水、岡野、お前ら何見てるの!? 早くそっちの弁当ガラ片付けて!」

「あ! 悪い悪い、今すぐやります!」

女子のクラスメイトに発破をかけられた2人は、慌てて片付けに戻ろうとすると、

「てか、キモイからテレビNHKに変えて!」

その声で孝志は慌ててリモコンを探すが見つからない、ワタルはテレビの前に駆け寄り本体のボタンでチャンネルを変える。

「……こんにちは、正午になりました。ニュースをお伝えします」


落ち着いたキャスターの声で、休憩所は再び元の空気に戻った。

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