第二章

挑戦

翌日からショウタはワタルの家に通うようになった。

ワタルが作っていた曲をベースにして改めて構成を詰めていくのだ。ショウタはパソコンを持っていないので編集や録音、エフェクトの操作はワタルがこなしていく。

「パソコンってのも使い方が分かってくると便利なもんだな、こんな事ならワタルもシナモンズに誘っておけばよかったよ」

「……それってさ、俺じゃなくて『パソコン』が欲しいって意味か?」

「そうじゃねぇよ、まぁソレもあるかもしれないが」

「どっちだよ!」

2人はパソコンの前に横並びに座り、こんな掛け合いをしながら順調に作曲作業が進む。

「ワタルさぁ」

「何?」

「音出してぇ」

「駄目だっての! 言っておくけどウチじゃ本物のアンプは使えないぞ」

「そうなんだよな、お前ん家じゃ弾けない、こうやってヘッドフォンでモニターしながら好みの音出せない中でチマチマ弾くのも面倒なんだよなぁ。音も微妙にディレイしてるし、といってダイレクトにするとピンピンピンって弦弾く音だけでまるで三味線じゃねぇかって」

「仕方ないよ、パソコン側でアンシミュかけてるんだからな」

「なぁ、これって外に持ってけないのか? 他のところならいくらでも音出せるし弾き放題だからな」

「ダメダメ、デスクトップだから運ぶのは面倒だよ、ノートだったらよかったんだけどねぇ」

「ならさ、新しいの買う時はノートパソコンにしろよ」

「あぁ、いっそオサレにマックにでもしようか」

こう言いながらも、2人は着実に曲の構成を詰めていく。


「そうだワタル、まだ聞いてなかったけどさ、この曲作って完成したらどうするんだ?」

「というと?」

「曲ができた、歌詞もできた、オケもできた、このミクってのにも歌わせた、ミックスもした、じゃあ次は何をするか? ってこと」

「ああ、とりあえずだな……」

ワタルは作業の手を止め、インターネットブラウザを立ち上げる。ブックマークから"ニコニコ動画"を選びクリックする。すると、ニコニコ動画のトップページが表示される。

「まずは動画共有サイト、具体的にはニコニコ動画にアップする、今初音ミクブームが起こってて一番ミクの曲を聞かれてるのがこのニコニコ動画なんだ」

「ニコニコ……」

「YouTubeって手もあるんだけど、俺が見てる限りではそんなに伸びてないしランキングにも上がってこない。で、実際どうなってるのかは見てみれば分かるかな」

ワタルは【初音ミク】でタグ検索をかける。すると、画面にはミクが写ったサムネイルがずらりと表示される。

「これが全部ミクの動画さ」

「はぁー、なるほどな、これって全部オリジナルなのか?」

「いや、そうじゃない。現時点ではほとんどがJ―POPやアニソンのカバー曲、ミクのオリジナル曲ってのは実はまだまだ少ないんだ。俺の知ってるやつだと十数個ぐらいかな」

「へぇ」

「で、こんなのもできている」

ワタルはそう言うとマウスを動かし、タグ検索ページからマイページに飛び、マイリストからある動画を選ぶ。

「これだ、週刊VOCALOIDランキング」

「ランキング? カウントダウンTVみたいなもんか?」

「そんな感じ。それで、今週のランキングが載ってるマイリストを見てみると……トップのこの『みくみくにしてあげる♪』なんかはもう70万回以上見られてるんだ」

「へぇ、なんかすげぇじゃん」

「それ以外にもズラっとこの通り、毎週30位から人気の動画をランキング、といっても30位から全部ミクの曲なんだぜ」

「え、マジかよ。なんかすげぇ事になってるんだな、実感湧かねぇなぁ」

ショウタはマウスを借り、慣れない手つきで画面をスクロールさせながら真剣にマイリストを見る。

「そもそも俺ら、このランキングに載るのか?」

ショウタはワタルの方へ振り向き、問いかける。

「それは……やってみないと分からない」

「分からない?」

「正直言うと、自信は無い……俺はパソコンは出来るけど楽器も弾けない、作曲の知識も無い、使えるのは『初音ミク』だけだ」

「なんだ、自信ないのか? 自信ないってんなら、わざわざ俺を呼んだ理由が」

「待って、まだ話は終わってない」

ワタルは右手を挙げてショウタの話を遮る。

「このランキングを見て分かったんだ、俺らがやらなきゃならない『目標』が」

「……目標?」

ワタルはチェアから立ち上がり、部屋の中をうろうろ歩き出す。

「今見てもらったように、今ミクで人気がある動画でも、曲自体はアニソンのカバーだったり、オリジナルの音楽であってもミクの事をネタにしたいわゆるキャラソンだったり」

「……つまり?」

「まだ『ネタ』としての域を出ていない、って事だ」

そう言うとワタルは再びチェアに座り、両腕を組みながらショウタと向かい合う。

「とりあえずかわいいキャラに歌わせてみる、かわいいキャラに変な事をやらせてみる、まだまだそんなノリだ。そして、そういうのは最初に買った奴らがあらかた試してるからね。だが、このまま変化がなければ、やがてネタは尽き、興味は無くなり、見捨てられる。それこそショウタが言っていたように、ただのエロゲのキャラと思われて終わる」

「……」

「そこで、初音ミクを本来の意味での『シンガー』としてプロデュースする。正統派の曲を歌ってもらう。そのためには、音楽に長けた人物の力が必要になる」

「なるほっど、そういう意味か。それが俺らに与えられた『目標』なんだな。でもよワタル、そんな正統派の曲をネタに溢れたニコニコってのに投入して、ウケるのか?」

ショウタの問いにワタルは詰まる。本当のブームであれば正統派の音楽に行き着く、それがワタルの漠然とした考えであった。だが、それが正解かどうかは今の時点では誰にも分からない領域である。

「おそらく、まだ気づいてないんじゃないかな? 『初音ミク』の本当の可能性に。今だってかわいい事もエロい事をやらされてるんだから、別に好き勝手歌わせたっていいんだ。いっそのことショウタが思いつくがままに歌わせたっていいし」

「俺も外見だけに惑わされていたみたいだな、何でも歌えるんならそりゃ"俺ら"の曲を歌わせればいいんだよな」

「そう、単純でしょ? 普通に聞いてもカッコいい曲、それをミクが歌う。イコール、ミクさんかっけーってなるし、キャラソンで溢れていた所に突如硬派で正統派なぶっとい感じのミュージック、新鮮な感覚でウケるかもしれないし、コケるかもしれない」

「ぶっちゃけコケても俺らが失うものは何も無いけどな、やるんならとことんやってしまえばいい」

「うん、だからショウタに頭を下げたんだ。俺の人生の中でもこんなにがむしゃらに突っ走ったのはこれは初めてだ。一回本気でやってみたくなった、だからこうして作曲に打ち込めてる事を本当に感謝してるんだ、ショウタ」

「……それが聞きたかったワタル。じゃあ、やってやろうじゃないか」

「ああ」

ワタルとショウタはまた熱く手を交わす。

「……続けるか」

「ああ」

「それじゃワタル担当の箇所をいじるぞ、Bメロのラインのシンセをだな……」



翌日の昼休み、北商のある一角に男子生徒が集まっていた。

北商の男女比率は1:9と圧倒的に女子が多い。そのため、スクールカーストも必然的に女子が上位になり、男子は存在自体が蔑まれる底辺扱いである。男子は授業と部活以外では何をするにも居場所が無く、教室は追いやられ、廊下も追いやられ、3階の端、生徒会室の前の空間だけが唯一の拠り所になっていた。そして今日も、1年生男子のほとんどが『拠り所』に集っていた。

「まったく、マーケット直前だってのにみんな辛気臭く固まってるよな」

「しょうがないっすよ、これも北商男子の伝統みたいなもんですから」

男子生徒達の本音が漏れる。その時、『拠り所』に携帯のメール着信音が響いた。

「馬鹿! マナーモードにしておけよ」

誰の携帯だ? その場にいる男子生徒が各々の携帯を確認し始める。鳴っていたのは……ワタルの携帯だ。早速確認する。

〈ワタルに教えておきたいモノがある、都合今日じゃないとダメだ。放課後駅前に来れるか?〉

ショウタからのメールだ。日曜に赤外線でアドレス交換したのでこうして連絡が取れるようになった。なったのはいいのだが、今日はさすがにマーケット前だからのんびりしようと思っていたのだがなぁ……と、ワタルは困惑した。


放課後、駅前のベンチの前でショウタと合流する。

「悪いな、呼び出しちゃって」

「大丈夫だ、それで、教えておきたいモノというのは?」

「その話の前にまずは音源だ。とりあえず俺はミクの声に慣れようと思って、ワタルにもらった音源を何回か繰り返し聞いてたんだ、ヘッドフォンでしっかり聞き込んで。そしたらとんでもない事に気づいたんだ」

「とんでもない事って?」

「ドラムだ」

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