頂き物

ワタルは自宅兼仕事場の部屋に通される。


叔父さんは自宅に構えた個人事務所で設計の仕事をしており、こうしてワタルが平日ぶらっと訪れ、学校やパソコンの相談にのってくれているのである。もちろん、尋ねるのは終業時刻の5時を過ぎてからである。

「どう、パソコンの調子はどうだい?」

「バッチリ、快調です」

「ならよかった、商業科の勉強のために買ったって名目だからね。もちろんワタル君の希望に合わせて分不相応なハイスペック構成にはしたけど、ゲームにはまってネトゲ廃人になってはいないかと心配だから」

「あ、それは大丈夫です。ネトゲは会話がめんどいし、そもそも3D酔いがひどくてマトモに出来ませんから。で、もう最近はほとんど音ゲーしかやってないですね。あ、でもゲームじゃないけどソフトは1本買いました。『初音ミク』っす」

「え? おー! ミク買ったんだー、てか買えたんだ? どこで? どこで売ってた?」

「シマダ電機、ゲームの棚の中に紛れ込んでたんでつい」

「へー、まだあんな所で売ってたんだ。ちょっと意外だった、まだ売ってるかな?」

「俺が行った時は2本あったけど、買ったのは二週間前だから、たぶん売り切れてるんじゃないかな?」

「そうか、まだAmazonでも売り切れで買えないし、早く再出荷してくれないかなー」

「叔父さんも買いたいんですか?」

「まぁね、使ってみたいって気持ちはある、今度ワタルの家でやらせてもらっていいかい?」

「やりたいの? オッケー、叔父さんだったらやらせてもいいよ」

ワタルの父とは対照的に、叔父さんは仕事柄パソコンに詳しく、またこの通りサブカルチャーについても気軽に語れるぐらいの理解者である。ワタルが今使っているパソコンも、叔父さんが高校の入学祝いにと希望の機種を選定してプレゼントしてくれたのものである。実際はワタルの父と叔父さんが費用を折半して買ったものなのだがワタルは知らない。

2人は叔父さんの奥さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら北商、資格、孝志の話と続き、そして話はまた『初音ミク』に戻る。

「ニュースサイトで見たけどミクって面白いよね。今はパソコンでボーカル作れるんだって思ってね。俺も気になるからニコ動のアカウントでも取ってちゃんと見てみようかなって」

「ただ、本当にボーカルだけなんですよねミクって。だからちょっとオケというか曲作りたいなと思って勉強してるんですけどね」

「へー、じゃあワタルさ、『初音ミク』を買ったのはいいけど、DAWも買ったのか?」

「すいません買ってないです、まだ『初音ミク』だけインストールして色々打ち込んでます」

「エロい歌詞もか?」

「それはまだ試してないです」

「まぁそれは冗談として、じゃあ何のために『初音ミク』を買ったの?」


こう言われ、ワタルはしばらくの間考え込んでしまった。今でこそ作曲したい! という気持ちはあるが、あの時は深い理由などは無く、単に勢いで買ったからである。

「何をって言われるとちょっと……衝動買いって言われればそうです。ただなんとなく、いろいろ弄って何かネタになるかなって思ったぐらいで……。確かなのは、ニコニコ動画にあがっている初音ミクの動画を見ているうちに、たまたまそこに『初音ミク』あって、俺も『初音ミク』を買って混ざりたくなったって、そのぐらいの感覚です」

「そんなもんだよね、あんな事いいな出来たらいいな、って思って買っちゃうもんだから、でもミクちゃんかわいいから『あんな事』が『あんな子と』になっちゃったりして」

「だから変な事言わないでくださいよ」

「ともかく、何が出来るかわかんないんだな、なるほどなー。ミクが勿体無い。使わないなら俺によこせ! ってぐらい。でも分かる。買った人の半分以上は使わなくなりそうな感じはするよ、操作画面とか見るとピアノロールもあるし、本格的なソフトだからね」

「叔父さん、というわけでDAWの事を教えてください、調べてはいるんですがまだティン! と来ないもんなんで」


ワタルと叔父さんは仕事場から居間に場所を移し、そこにあるソファーセットに座る。普段は応接間代わりに使っているもので、叔父さんとワタルは互いに向き合った形だ。

「今DAWで主流になってるのはSONARとかCubaseってやつだね、あとプロ向けでLogicとかProToolsとかもあるけど……」

叔父さんの口からは正直自分がよく知らない単語、いや、実際には勉強したが頭に入っていない単語がいっぱい出てくる。

「手っ取り早く買うには、USBインターフェイスっていう録音ボックスみたいなやつがあってそれにバンドルされてる機能限定版というか廉価版でSONAR LEとかCubaseLEってのがある」

「USBのインターフェース……」

今は手元に無くても、じきに作曲に必要になってくるモノなのだろう、しっかり覚えないといけない。その後も難解な話が続くがワタルは必死でメモを取っていく。そして賞味10分ほどの講義の後。

「あ、そうだ、本気でDAW買って曲作るってのならいいもの貸してあげるよ」

叔父さんは隣にある納戸を開け、何かを探しだした、服とかCDとかパソコン関係のガラクタをよけ、奥を探すと、出てきた。黒いカバーに収められた、ヤマハのロゴがでかでかと書かれたキーボードだ。細い鉄パイプでできた少々頼りないスタンドも一緒に出てきた。

「こいつね、ヤマハのポータトーン、高校時代に買った古いやつだけどまだ使えるはず。音はしょぼいけどドラムとかサックスとか一通りの音色は出せるし、MIDI端子もあるからパソコンにも繋げられる。たぶん、ミクの打ち込みにも使えると思うよ」

「マジっすか?」

「ついでにMIDIケーブルもあるから持っていきなよ、新品買うと数千円ぐらいするから」

「やったあ! ありがとうございます! ……で、これをどうやってパソコンに繋げればいいんでしょうか?」

「だからさ、さっき言ったUSBインターフェースを買えばいいのさ、MIDI付きのをね。そうすればDAWも付いてくるから作曲する環境は殆ど揃うよ」

「MIDIってのを使わずに繋ぐ方法は……」

「USBからMIDIに変換するやつか何かを買うしかないね」

「なんだ、じゃあ結局繋げられないって事じゃないですかー」

「ワタル、それぐらいは自分で買ってほしいなー、自分から踏み出さないと何もできないよ。俺が最大限アシストできるのはここまで。ワタルもせっかく『初音ミク』を買ったんだ、それって自分から進んで踏み出したって事じゃん」

そりゃそうだ。いつまでも甘えてばかり入られない。ワタルは今日ここに来ただけでも大きな価値があると思ってたし、それ以上の『お土産』まで頂いてしまった。胸の中は感謝の気持ちでいっぱいだ。


「お邪魔しました」

玄関を出て、背中には通学リュック、前カゴの上にポータトーンを乗せ、ワタルはふらつきながら自転車にまたがる。

「すいません、本当にありがとうございました! 必ず、ミクの曲を作ってみせます!」

「ああ、楽しみにしているよ。落とさないように気をつけて持ってけよ」

「ワタルくん、気をつけてね……」

叔父さんと奥さんの見送りを受け、ワタルは帰宅の途についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る