誘い
――ショウタには音楽の知識がある、実力は分からないけどベースも弾ける。
この流れなら皆さんも大体察しがつくであろう。
音楽は作れないが『初音ミク』というボーカルを持つワタルと、音楽や演奏に関しては豊富な知識を持つが『活躍の場』がないショウタ、この2人が組めば双方の利害は一致する。
あまりにもご都合がよろしい展開だ。
だが、ワタルには懸念があったというか、懸念が多いと言うか、むしろ懸念しかない。
バンドが解散したばっかりで少なからず傷心モードのショウタがこの話を聞いてくれるかどうか、それ以前に引っかかるのが『初音ミクの声とルックス』だ。
話すべきか、スルーすべきか。思い悩むワタルはショウタの方をぼやっとした様子で見ていた。
「……どうした?」
不穏な様子に気づいたショウタが聞いてきた。こうなっては仕方が無い。実行に移そうと心を決め、ワタルはこう聞いた。
「ショウタ、まだ時間あるか?」
「ん? まあシフトは7時からだから、まだ3時間ぐらいはあるが……」
「見て欲しいものがあるんだ」
ワタルはショウタを家に連れてきた。
「お邪魔しまーす」
「どうも、こんちはっす」
「また孝志……あらショウタ君? 久しぶりじゃない。2月にワタルがおたふく風邪で休んでた時にプリント持ってきて以来でしょ」
ワタルは中学を卒業して以来久しぶりにショウタを家に招いたのであった。
「そうっすね、高校になってからは初めてっすね」
「中学の頃はしょっちゅう来てたよね、生徒会の話とかでヒロシくんと一緒にね」
「それじゃ、部屋上がりまーす」
「ゆっくりしていってね」
2人は揃ってワタルの部屋に入る。
「お、パソコン買ったのか?」
ショウタがデスクに置かれているパソコンに気づく。
「あぁ、北商だから授業に必要だしね。こいつを使いこなせないとぜんぜん勉強ができないからな」
そうしてワタルはデスクチェアに、ショウタはワタルのベッドに座る。
「それで、話ってのは何なんだ?」
「あ、ちょっと待って」
ワタルは手を出して静止する、間髪入れずにコンコンとドアをノックする音が聞こえた。母がウーロン茶とおやつを持ってきたのだ。ワタルはすぐさま立ち上がり、ドアを開けて受け取る。
「ワタル、これ、ショウタ君に持ってきたから」
「おっけー、ありがとう母さん」
ドアを閉め母が1階に下りたのを確認すると、ワタルは再びチェアに座り、お盆をデスクの上に置く。
「……で、話はこれなんだ」
そう言ってワタルはデスクの引き出しを開け、奥から『初音ミク』のパッケージを取り出して掲げ、ショウタに見せる。
「このソフト、知ってるか?」
「……分からん」
「『初音ミク』さ」
「初音ミク?」
「そう、VOCALOIDの初音ミク、こいつはパソコンで歌ってくれるソフトなんだ。歌詞とメロディを打ち込むだけで簡単に歌ってくれる、これがあればボーカルがいなくても歌ってもらえる」
「パソコンが……歌う?」
ノリノリで説明するワタルとは対照的に、ショウタは怪訝そうな目でワタルを見つめている。
「このパソコンと初音ミクを使えば、どんな歌でも歌わせられるんだ。それが今インターネットでブームになってるんだ。そして今、この初音ミクが歌った曲が数十万回以上再生されてるんだ」
そして、ワタルは立ち上がり、部屋をぐるぐる歩きながらショウタに語りかける。
「だが、残念な事に、俺の手元のミクには歌わせる曲が無い。そこらのカラオケを歌わせてもつまらない、彼女にはグレードの高い音楽が必要とされているのさ」
傍から見れば孝志の熱い語りと大差ないものになっている。だがワタルはあくまで真剣だ。
「すなわちそれは音楽ができる人材……だからさ、ショウタ」
そう言うと小刻みに走り寄り、『初音ミク』のパッケージを手に持ったまま、ショウタの面前に立ちはだかる。
「俺と一緒に、やらないか」
真意を読んだショウタは、10秒間の沈黙の後、ショウタはワタルの手から『初音ミク』のパッケージを取り、表面、そしてひっくり返して裏面をじっくり読む。
そして、深く息をついた後、ベッドからゆっくり立ち上がり、
「って!」
ワタルはパッケージの角で頭をはたかれた。とっさにショウタの顔を伺う。さっきまで冷静に聞いていたのに、顔がひきつっている。
「あのな、お前本気で言ってるのか? これに歌わせるって?」
「本気でもあるけど、出来るだろ?」
「この変態エロゲ女にか?」
「はぁ? エロゲじゃねーよ!」
「ざけんなよ、どう見たってエロゲだろーが! よく見ろよ、こんな緑のバカでかい髪の女だぞ、こんな奴いるか? 誰がどー見たってエロゲだろ!」
「だから違うっつーの」
「違わねーよ! だいたいさ、この初音ミクなんて名前もきめーし、どうせ声もアハーンとかウフーンとか変な喘ぎ声とか入ってるんだろ?」
「ねーよ! じゃあ一度聞いて見ろっつーの!」
「聞くまでもねーよ! だいたい想像つくわ、テンション高い声で萌え萌えじゃんけんじゃんけんポン! なんて言っちゃうようなさ、猫かぶった撫で声なんだろ? ざけんなよ、冗談じゃねーよ! こんなので、はーい俺今日もカッコイイ曲作りましたー、なんて披露できるか? バーカ!」
ショウタは『初音ミク』のパッケージを左手に持ち、ワタルに裏面を見せて、右手の指を指してくる。
「この裏面に書いてあるさ、ポップでキュートなバーチャルシンガー? 絶対狙ってるだろ、どう見ても。まず合わない、絶対合わない、俺の曲に合うはず無い」
「そんなのやってみなきゃわからねーだろ!」
「やらねーよ!」
ショウタはそう言うと手に持っていた『初音ミク』を投げた。そのパッケージはクルクルと回転しながら天高く弧を描き、ベッドの真ん中に落ちた。
「あー、真面目に聞いて損したわー、時間の無駄やった。やっぱりワタルはワタルだな」
今度はショウタが部屋の中をぐるぐる歩きながら話す、そして両手を頭の後ろに組んだかと思うと、
「ガッカリだな!」
と、組んでた手を解き、思いっきり両手を開きながら叫ぶ。その後、大きく「はぁー」とため息をつき、デスクに置いてあったショウタの分のウーロン茶を一気に飲み干す。
「今度会う時はもっとカッコイイ話を持ってこい」
ショウタはカバンとベースケースを背負い、手に個包装のおやつを取ると、そそくさとドアを開け、1階に下りていった。
「あら、ショウタ君もう帰るの?」
「すいません、今日はこれからバイトがあるんで。これで失礼します」
ワタルは慌てて部屋から飛び出す。下にいた母が不思議そうな顔でショウタを見送る。
その様子をワタルは階段からただ呆然と見つめるしかなかったのであった。
再び駅前に向かうショウタは、先ほどの初音ミクの話を思い出していた。
「ミク……、何が『初音ミク』だ……あんなの俺の曲で使えるか!」
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