家族の団欒
「ワタル、また孝志くんとネット見てたの?」
玄関に入ってきたワタルに、母が声をかけてきた。
「まあね、前も言ったけど孝志ん家のパソコン、家族共用でロックかかってて自由に使えないからね」
「でもね、ここ最近毎日来てるからね……」
「俺もさすがに勘弁だけど……」
この通り孝志は"あの日"以降こんな調子である。恥ずかしい。ワタルは後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「それにね、結局ワタルも一緒になってやってるからね……」
その言葉を境に、母の表情に明るさが無くなった。
「あんまり言いたくないんだけど、ワタルは1学期の成績は上出来だったから、ちょっとぐらいは……と思ってたけど。でもね、こんな調子じゃ父さんに何言われるか分からないわよ。内申は勉強だけじゃなく態度とかも見られるんだからね。今はこうやって遊んでいる割にはそこそこ勉強もできてテストの点数も取れてるようだけど、どんどん成績下がっちゃうわよ!」
そう言われるのも当然であろう、ワタルも半ば納得しながら母の言葉を受け止めている。
「うん、それは気をつけるよ、俺だって孝志に毎日来られるのは勘弁だし、内申も大丈夫、第一学校のパソコンじゃウチみたいに動画見れないし」
「……ウチでは、ってのはどういう意味? あのね、先生だけじゃなく私も見ているんだからね!」
「あーわかったわかったごめんなさい、以後気をつけますって!」
親の心、母心、子供の行動は気になるらしい。
「いつまでも制服着てないで早く着替えてきなさい、もうすぐご飯だからね」
「了解」
もうすぐ夕食の時間か、ひとまず着替えて時間まで休んでいよう。
そう思ったワタルはまた2階の部屋に戻り、制服を脱ぎ、着替える。目がちょっと疲れている、少しの間ベッドで横になって休んだ後、腹が減ってきたのでそそくさと階段を駆け下りダイニングに入る。
「ワタル、テーブルにおかず持っていってちょうだい。あ、ついでに亮を呼んできて」
「わかった」
母からそう言われたワタルは、手におかずが盛られた皿を持ちながら廊下に出て、
「亮、メシだぞー」
奥の居間にいた弟の亮を呼んだ。
「えー、今いいところなんだよ! 神殿の地下3階まで来てるんだよ」
「もうメシだぞ、早くセーブしてこっちに来い」
「……はーい」
せかされた亮はちょこちょことDSを動かしている。
ダイニングに戻ったワタルは出来あがった料理を食卓に持っていく。大根と豚肉の煮物、お漬物、そして豆腐をあしらったサラダが並べられた。食卓には茶碗が3人分だけ置かれている。
「あれ? 今日父さんは?」
「遅くなるって、電話あって午後から大宮に行くから帰りが遅くなるって、だから先に食べててって」
「あ、じゃあ今日もまた3人か、じゃあ飯よそうか、母さんと亮の分もよそっておくね」
そう言ってワタルは炊飯器からそれぞれの茶碗にご飯を盛り、食卓に並べる。
「ママ、兄ちゃん、終わったよ」
亮がそう言いながらダイニングに入ってくる。母も台所から味噌汁の乗ったお盆を持ってダイニングに入ってくる。
「おっし、じゃあ揃ったな、さっそくいただきますか」
母、ワタル、亮はそれぞれの席に座る。
「いただきます」
「いただきまーす」
その時だった。
ピロロロ、ピロロロ、電話機の脇に置いてある母の携帯が鳴った。
「もしもし」
母は電話に出る。
「……あら、そう……そうですか、わかりました。じゃあ待ってますね」
そう言って電話を切る。
「父さんこれから帰ってくるって、大宮でやる打ち合わせが中止になったから戻ってくるんだって」
「へぇ……タイミング悪いな、仕方ないけど、もうちょっと待つ?」
「そうね、あ、時間は大丈夫。もう駅降りてるって言ってたから、すぐの所まで来てるみたい」
せっかくよそったご飯が冷めてしまうが、すぐと言われれば仕方が無い。
待つ事10分。
「ただいま」
玄関のドアが開く音とともに、父の声が聞こえてきた。ワタルと母は席を立ち、玄関まで迎えに行く。
「おかえりなさい」
「おかえり」
「ああ」
父は相変わらずそっけない。
「パパおかえりー」
ダイニングに入ってきた父を亮が迎える、面倒くさがったのか席に座ったままである。
「夕ご飯始まったばかりだから……子供たちと一緒に食べますか?」
「そうだな、そうするか」
「ビールも飲む?」
「あぁ、頼む」
母は台所にグラスを取りに行く。
「となると、ご飯は……」
ワタルは答えを察していたようだが、あえて父に聞く。
「まだいい」
「了解」
自室で上着とネクタイを脱ぎ、ワイシャツ姿になった父が所定の席に座る。
「テレビでなんか面白いのやってないのか?」
父がワタルに聞く。
「今日は金曜だから……今の時間はアニメかクイズか、あとはもう少しでMステ」
ワタルは壁の時計を見ながらそう言う、時刻は7時。
「なんだ、くだらないやつしかやってないのか。ワタル、ニュース7に回してくれ」
そう言われたワタルは、食卓に置いてあるリモコンを手に取りチャンネルをNHKに合わせる。台所から母が戻ってくる、手には缶ビールとグラス。
「帰りが早くなるなんて珍しいですね、やっぱり天気のせいですか?」
「いや、先方のセッティングミスで向こうの担当との時間が合わなくなってしまったんだ。あっちの若い女子が担当者の確認を取らずにスケジュールを組んでてな」
父が手酌でコップにビールを注ぎながらそう話す。
「あら、じゃあ大変でしたね……」
「その女の子、担当者が連日出向で予定表を出していなかったからとか言ってたが、言い訳だ。業務は日々変わっていくんだから、だから言ったのさ、紙だけ、口だけで決めず、何事も毎日顔合わせて確認しろよ、担当と顔合わせたのか? 電話ぐらいしたのか? ってその娘を叱っておけと。向こうの課長も電話で平身低頭だったよ、情けないね……自分の上司に頭下げさせてるんだから」
父は注いだビールに口をつけず話し続ける。
「ワタル、お前も注意しろ。口ばっかりで内容がついていってない、今の話をしっかり聞いて生活にも反映させろ」
「分かりました、しっかり心に留めて精進します」
とんだとばっちりだが、こう言っておかないと延々と似たような愚痴話が続くだけだからな……と、ワタルは思っていた。
「交通費だってただではないのだからな……」
そう言って父はコップを手に取りようやくビールを一口、そのビールの泡はしぼんでいた。こうして父の愚痴話から始まった清水家の夕食は、終始妙に暗いテンションになってしまった。皆、黙々とご飯とおかずに箸をつける。
「……今日未明に静岡県に上陸した台風9号は、勢力を保ったまま神奈川県を通過し、進路を北に向けて北上中です」
NHKの天気予報では台風のニュースをやっている。
「今日大宮まで行ってたら大変だったかもしれませんね、電車も止まってるみたいですし」
「まぁ、そういう意味ではよかったのかもしれないが……」
「ごちそうさま」
ワタルは早々と夕食を切り上げた。
「なんだ、早いじゃないか」
「明日の授業のプレゼン資料作らなきゃならないんだよ。もう少し詰めなきゃならない所があってさ」
「それも大事なんだろうが、それよりも11月の簿記検定、ちゃんと勉強してるのか?」
「やってるよ、学校でももうすぐ対策模試やるし、その自己採点もちゃんと見せるから」
「口先はいい、行動と結果で示せ、あんなので落ちてたら恥だからな」
「わーっかりました」
ワタルは椅子から立ち上がり、自分の茶碗とお椀、箸と取り皿を流しに持っていく。
「それじゃ先に風呂入らせてもらいまーす。お風呂ー、お風呂ー」
ワタルが風呂から上がる。食卓の上は母によって片付けられていた。居間を覗くと、亮が相変わらずうつ伏せになってDSをやっている。
「亮、お前も早く寝ろよ、遅くまでやってっと父さんにDS取り上げられちゃうぞ、早く仕舞ってこい」
「わかったよ、しょうがないなぁ……」
亮はDSの電源を切ると、それを母の部屋に仕舞いに行った。この家には空いている部屋がないので、亮は母の部屋で一緒に寝ているのである。
「それじゃ明日も学校あるんで上に上がります、おやすみなさーい」
ワタルは階段を上がる、その様子を亮が下からこっちを見つめている。
「兄ちゃん、おやすみ」
まだ一人部屋を持てない弟には羨ましく思われているのかもしれない。
そう思いながらワタルは自分の部屋に戻った。
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