第2話◇


 その後、入社式開始までは、私語を控えて無言で過ごした。

 定刻になり、社長が入ってきて、式が始まる。


 ざっと見て、同期入社、五十人以上は居る。


 入社したら、本社勤務と契約先勤務とに分かれて働くと、会社説明の時に言ってたのを思い出す。

 高瀬と一緒のとこで、働けたらいいなあ。

 ついさっきまで、かけらも知りもしなかった人なのに、そんな事を願ってしまう。


 優しい瞳に吸い込まれそう……。

 そんな事、人生で初めて思ってしまった。


 なんなら、吸い込まれてちゃっても、良いかもなあ……。

 などと、更に訳の分からない事を、ぼんやり思って。


 はっ。マジで、ヤバいぞ、オレ。

 はた、と気が付いて、正気に戻り、オレは、ただ眉を顰める。


 ……なんなんだろ、オレ。

 突然、おかしくなっちゃったみたいだ。


 全く集中できないまま。

 入社式は進んでいった。


 すると途中で、高瀬が新入社員代表として呼ばれて、挨拶に立った。

 高瀬の名前が司会のマイクで呼ばれた瞬間、オレの心臓が、勝手にまた飛び跳ねた。


 高瀬は、ドキドキしたままのオレの前をすり抜けて歩いていき、壇上に立った。離れて見ても、その堂々とした態は本当にカッコ良かった。


 背も高くて、足も長い。本当に完璧なんだけど……。

 マイクを通して聞こえる、よく通る声も好きだな、と思った。


「――……」


 ……うわー。

 ……ヤバいな。


 カッコよすぎて。


 オレ、ほんとに、ヤバい。



 って、何がヤバい……?

 男が、めちゃくちゃカッコよくたって、関係ないはず。


 何が、ヤバいの、オレ。



 ヤバいって、言ってること、それ自体が、本当にヤバい気がする。

 気持をどう整理したら良いんだか。全然、うまく考えられない。



 でも。色んな複雑な思いは、高瀬を見てると、何もかも吹き飛んでいく。

 ――もう、壇上の高瀬から、目が離せなくて。


 強烈に、その存在が、心に焼き付いてしまった。


 今迄、男に興味なんか、本当に欠片も無かったのに。当たり前みたいに女の子が好きだったのに。


 理屈とか抜きで、まるで気持ちが全部引き寄せられてしまうみたいに。


 ――想いが、芽生えてしまった。



 その日は、入社式が終わると同時に、解散だった。


 オレは、会社から、電車と歩きを含めて三十分の


 もう、本当に、どうしようと思いながら。

 しばらく、ゴロゴロ転がり尽くした。


 最初は、どうしよう、やばい、どうしよう、と悶えていたのだけれど、その内、楽観的な性格が幸いして、その日の夜には、オレの覚悟は決まっていた。


 もはや、どう抗おうとしても、

 今の自分が、一目惚れ状態なことは明白。


 もう、一目惚れしちゃったものは、しょうがない。


 だって、本当に、完璧にカッコよかった。

 

 あんなにカッコいいのに、新入社員代表って事は、仕事も出来ると期待されているんだろうし。

 でもって、あんな馬鹿なボケをかましたオレに、迷惑そうな顔を少しもすることなく、ものすごく優しく、助けてくれた。

 ……なんかものすごく、笑われはしたけど。


 でも、嫌な感じの笑いじゃなかったというか。

 ……笑い方まで、カッコよかった。



 なんだろう。


 ……完璧。



 オレが女だったら、もう今日で、とにかく一度告白したかもしれない。


 でも。


 オレは、男で。

 高瀬も、男で。


 オレは、女の子が好きな、普通の男……のはずで。

 高瀬は間違いなく、そうだろうし。


 ……ていうか、オレも、多分間違いなく、そうのはず。

 高瀬があまりにカッコ良すぎたから、ちょっと今、おかしくなっちゃってるだけ、のはず。


 まだ、ここで、踏みとどまる事は可能なはず。


 好きだとは思うけど。

 カッコよすぎて、ドキドキしまくりだったけど。


 男に好きだなんて告げるリスクは、到底、負えない。

 しかも、同じ会社だし。同期だし。絶対無理。


 そもそも、付き合いたい、とは、オレ、これっぽっちも思わない。


 男同士で恋だ愛だ、なんて。 

 全然、語り合う気にはなれない。



 となったら、もはや、これから先の自分の考え方は、決まった。


 この上なくカッコイイ奴に憧れて、心の中で、好きでいる。

 長い人生の中で、少しの間、その位の事があっても良いじゃん。


 オレは、そう開き直ることに決めた。


 一緒に働けずに離れれば、その内、そんな想いも消えるだろうし。


 今までそこそこカッコイイと言われてきたし、女の子にも結構モテた。


 学生時代は常に彼女が居るような感じで、割と色んな女の子と付き合ってきた方だと思う。大学で最後に付き合っていた彼女とは別れたばかりだったので、今は彼女も居なかった。


 だから今だけ。本当に、今だけ、こっそりひっそり。

 気になる女の子が、普通に出来るまで。


 自分がこの想いから自然と解放されるまでは、こっそり、想う。



 それ位、別に良いよね。うん。もうそれで良しとしよう。



 いつか、勝手に薄れて消えていくまで、密かに想っていよう。


 誰にも、言わず。

 自分の中だけで、しばらく楽しんで、その内、忘れる。

 



 そんな、軽い気持ちで、オレの想いは、スタートした。






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BL◆「Fairytail」*入社式で男に一目惚れ* 悠里 @yuuri_novel

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