第11話 ペルセウス流星群

 予定の時刻まであと二分。

 二分がこれほど長いと思ったことがあっただろうか。


「そんなに時計と睨めっこしなくても大丈夫だよ」


 アラームも設定してあるんだし、と言いながら京弥さんが私の頰に手を添える。


「見るなら、私のことを見ていてほしいんだけどな」


 目が合うと、クスッと笑われた。

 じわじわと顔が熱くなって思わず彼から目を逸らす。


「君はいつまでの反応がウブで可愛いから、揶揄い甲斐があるよ」


「何それ…」


「とにかく私が言いたいのは、君が可愛——」


 タイミング悪くくしゃみが出た。

 彼が笑いながら私を抱き寄せて、すっぽりと腕の中に閉じ込める。


「これで寒くないかい?」


「うん…あったかい…」


 彼に体重を預けると、そっとすくいとった髪の毛にキスされた。


「そろそろだよ」


 夜空を見上げていると、今にも降ってきそうな星々が所狭しと並んでいる。手を伸ばせば届きそうで届かない。


 星々の中から一つ、星が空を駆けて海に落ちた。

 次々に、その星の後を追うようにして海へと姿を消していく。


 言葉通り、星の降る、嘘のように綺麗な夜空で、感嘆の息でさえ呑み込んでしまう。

 暗い海の中に姿を消した星々はどうなったのか。


 実際には、ただただ地球の大気と衝突して燃え尽きるだけだが。そんな現実染みたものをいちいち考えていたら、ロマンなどというどこか艶めいたものなど生まれやしない。

 きっとあの星々は輝きを保ちながら、海中を照らし、海底に辿り着いた時、ゆっくりと闇が光を飲み込むのだろう。


「君はロマンチストだよね」


「よく言われます」


 顔を見合わせて笑うと、不意に頰にキスをされた。右頬から、耳朶みみたぶまぶた、額…その間ずっと彼は私を見つめていて、私は恥ずかしくなって途中で目をつぶった。


「…赤いよ、林檎リンゴみたいだ」


「赤くな——」


「赤いよ」


 そっと頰に手を添えられて、親指で頰を撫でられる。

 はっと目を小さく見開くと、彼の腕の中に抱き込まれた。

 強く、強く、離れないように。


 小さく乱れた息が、耳元で聴こえる。


 震える声が、私を呼ぶ。

 愛おしいその声で、何度も、私の名前を。


「愛してるよ、華」


 心臓の音が、血が身体を巡る感覚が、体温が、私の中に流れ込んでくる。


「私も…愛してるよ」


背中に腕を回して、彼を抱きしめる。


「私が星になっても、君のことは忘れないよ…絶対に」


 手が震えている。

 彼の声も、震えていた。


 抱きしめられていて顔は見えなかったけれど、彼は、泣いていたと思う。


 何故、彼は自分の死を暗示するようなことを言うのか、私にはわからないままだ。一度、思い切って聞いて見たことはあるが、大した意味はないから、と簡単な言葉で済まされてしまった。

 ずっと感じていたものを必死で支えていたものが、バランスを崩して崩壊していく。


「何で…君は泣いているの」


 啜り泣きの声は、自分の声だったか。

 ゆるゆると頭を撫でられる。


「大丈夫、私はここにいるから…」


 幼い子をあやすように、彼は私を撫で続ける。


 とくとくと、彼の心臓の音がする。

 弱々しくて、消えてしまいようで。


「大丈夫だよ、華、私はどこへも行かないから」


 その角砂糖のような言葉で私を包み込んだ。

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