第6話 罪
京弥さんは私と部屋に入ると、ソファに腰掛けるよう言った。
「温かい紅茶でも淹れなおすよ」
キッチンへ行った彼は、湯気を立てるカップを乗せたトレイを片手に戻ってきた。
「少しだけ、話を聞いてもらってもいいかい?」
「えぇ、もちろんいいですよ」
ありがとう、と言うと彼は私の隣に腰かけた。
「こんなことを、君に話すのは…不適切なのかもしれないが」
少し口を閉ざした後で、力なく笑ってみせた。
「今日はね、私の恋人だった人が、私の前から消え去ってしまった日なんだ」
がしっと肩を掴まれ、揺さぶられたような衝撃が私を襲った。
「私は彼女を救ってやれなかった…。辛いことに弱い彼女が無理しているのを気づいてやれなかった…」
膝の上で握られた手に、爪の跡がついていく。
「彼女は、私を憎んでいるかもしれない」
罪を吐く罪人のように、彼は言葉を吐いた。
開き掛けた口を閉じ、出かかった言葉を直前で呑みこんだ。
はっきりと感じ取れるのは、彼の心にのさばる罪悪感のみだ。それはドロドロとした黒い液体のように、彼に
「私が戻ってきた時には、もう、遅かったんだ」
間に合わなかったんだ…と彼は床に向けて吐き捨てるように言った。
彼の罪悪感が彼を
私はただ黙って、彼を見つめた。
「華さん、俺は——…君の思っているような人じゃないよ」
私には受け入れ難い感情が彼の心の中にとぐろを巻いて居座っているのを、私は悟った。
それでも私は——そう言いかけて、やめた。
きっと、京弥さんは私の気持ちに気付いている。
今は言うべきでない、と、もう一人の私が止めた。
そう、今は——…。
心が焦がされるように痛くなる。
痛くて、苦しい…。
過去にある暗いものを抱える苦しさが、心を痛めつけていく。
この感情をなんと例えればいいのかなんて、私には分からなかった。
私たちは暫く無言のまま見つめ合った。
彼の碧眼は前のようには輝いていなかった。
あの輝きを、もう一度取り戻してほしい。海の底で光る、宝石のような瞳を、私はもう一度見たい。
強く、そう願った。
唇が、動く。
音を奏でる。
言葉を紡ぐ。
回る、回る、歯車は回る。
止まることなく、運命へと向かって——…一本の糸を紡ぐように。
「生きましょう」
彼が、ゆっくりと頭をあげた。
「生きましょうよ、一緒に」
ひゅう、と息が漏れたのはどちらだったか。
「いいのかい、本当に」
真っ直ぐに見つめる彼に、頷く。
「ありがとう」
我慢できなかった涙が、頰を滑り落ちていく。
私たちは、似たようなものを抱えているのかもしれない。
人々はそれを、〝運命〟と呼ぶのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます