ビルチッチ人の憂鬱【大人の昔ばなしシリーズ】

独白世人

ビルチッチ人の憂鬱

 昔々、ある森の奥深くにビルチッチ人という民族が住む村がありました。ビルチッチ人は他民族と全く接触することが無かったため、独自の文化と思想を持っていました。その一つに、子供が生まれた日に寿命をサイコロによって決めるという風習がありました。父と母が交互に合わせて10回のサイコロを振って、その数の合計が生まれた子の寿命となるのでした。その儀式は全村民の前で行われ、やり直しや不正は絶対にありませんでした。

 どれだけ生きても60歳が最高寿命でした。中には10歳でこの世を去る子供もいました。しかし、それに対して悲しむ者はいませんでした。ビルチッチ人は何かを悲しむということをしなかったのです。

「死ぬことは新たな旅立ち」

 そう彼らは笑顔で言いました。

 死ぬことは悲しいことではなく幸せなことだという思想が浸透していたようです。


 結婚相手も生まれた時に決まりました。自分と一番近い年齢の未婚の異性が結婚相手となりました。結婚式は女性が16歳になる日に行われ、結婚した女はひたすら子供を産み続けました。

 

 その他にも数多くのルールがありました。狩りの方法から用の足し方まで細かなことにもルールがあり、村民は全くの疑い無しにそのルールにのっとった生活を送っていました。また、村民の人数が88人を越えた時は一番長く生きている人が自害しました。このように様々なルールを作ることによってビルチッチ人は繁栄もせず衰退もしませんでした。

 ビルチッチ人は完全に自給自足の生活をしていました。森の植物と小動物をとって食べ、木を削って家をつくり、川の水を飲んで暮らしていました。

 彼らは笑顔あふれる本当に幸せな生活を送っていたのです。

 

 ある時、都会を離れて放浪していた旅人が、迷子になった末にビルチッチ人の村に辿り着きました。

 旅人は何日も何も食べておらず、衰弱していて死にかかっていました。村民たちは必死に看病しました。その甲斐あって旅人は回復しました。


 元気になった旅人はビルチッチ人の村でしばらく一緒に生活をし、彼ら特有の文化に触れてとても驚きました。

 そして、彼らの寿命がサイコロによって決められていることや結婚相手を選べないことをおかしいと言いました。人間は天寿を全うすべきだし、自由に人を愛すべきだと彼らに説いたのです。


 人間を含む動物は生存欲があるのが当たり前です。なんの疑いも持たずにサイコロによって決められた年齢が来ると自ら命を絶っていたビルチッチ人たちの感情が旅人の言葉に揺れ動きました。村から逃げ出せば長く生きることができる。そう考えた数人が村を捨てて街に向かったのです。


 街の人達は、やってきたビルチッチ人を見て驚きました。その姿が原始人のようで同じ人間とは思えなかったからです。しかし、もともと真面目で穏やかなビルチッチ人を街の人たちは徐々に受け入れていきました。村を捨てたビルチッチ人は目新しい文化に触れ、街の生活に吸収されていきました。

 しかし三年が経つ頃、ビルチッチ人達に異変が起きました。皆、憂鬱そうな顔をするようになったのです。

 

 どうやらビルチッチ族が幸せに暮らせていたのは、全ての事柄がルール化されていたからだったのです。自分が死ぬ日を明確に意識することで彼らが一日一日を大切に生きていたのも大きかったのだと思います。


 自分がいつまで生きれば良いのかが分からない。

 そのことに元ビルチッチ人の人達は恐怖を抱く様になりました。そして生きるためには様々な選択や決断が必要なのも彼らのストレスになったようです。人間にとって自由は、必ずしも幸せに繋がるものではなかったのです。


 結局、村を捨てたビルチッチ人達は天寿を全うすることなく自害してしまったそうです。


 実は私。

 ビルチッチ人に助けられた旅人と村から逃げた女との間に生まれた子供の末裔だそうです。先日自殺した母から聞きました。村に残ったビルチッチ人がその後どうなったのかは母も知らないと言っていました。


 毎日、憂鬱です。

 良いも悪いも私の身体にはビルチッチ人の血が流れていると思います。

 自由とは何なのでしょう?

 人間にとって真の幸せとは何なのでしょう?

 鬱病で苦しんでいた母は死ぬ間際に何を想ったのでしょう。

 毎日、そんなことを考えながら生きています。

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ビルチッチ人の憂鬱【大人の昔ばなしシリーズ】 独白世人 @dokuhaku_sejin

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