少年の日の思い出 エーミール視点
高崎 猿田助
第1話
もう遠い、僕が少年だった頃の話だ。僕はその時からチョウチョ集めを趣味としていた。ただ、僕が今と違ったのは、自分が集めた蝶を積極的に誰かに見せようはとしないということだった。蝶をクラス内での地位を上げるための道具だとしか思っていないクラスの連中にはむしろ見せたくないとすら思っていたのかもしれない。
ともかく、クラスの連中に蝶を見せるようことなど蝶集めを始めた頃は一回もなかった。ただし、自慢として見せられることは数え切れないほどあった。みんなひどかった。掃除されていない標本箱、曇りがかっていいるガラス箱、一番ひどいものは、ボール紙に展翅すらせず、放り込まれているだけのようなものまであった。
みんな蝶を大切に扱っておらず、僕は落胆した。ただし、ボール紙の少年だけは、他とは違った印象を持っていた。というのは、彼が珍しいコムラサキを僕に見せてきたことがあった。そのとき、コムラサキは不器用ながらも展翅されていて、彼の他の蝶達に対する扱いより格段に良かった。そして、僕は彼は不器用ながらも蝶を大事に思うような気持ちがあるが、貧しいせいで十分な道具を買う金がないのかと思ったのだ。だから僕は金をかけないで工夫出来る範囲のことを教えた。今思うとそれがいけなかった。僕はその結果、彼の粗探しをして、彼を陥れようとしていると思われたのだろう。そして、彼が僕に蝶を見せに来ることはそれ以来なかった。そうして、2年が流れた。
僕は悲願だったヤママユガを手に入れることができた。自分で幼虫から育てたので、自然ものでもなかなかいないであろうくらい大きく、美しい翅、そしてはっきりとした斑点を持つヤママユガだ。誰にも自慢したつもりはないが、どこからか聞いたのだろう、僕のところにはクラスの奴らが訪れるようになった。正直僕は、困った。標本箱の中から見せても、直に見たいと言い、結局その都度標本箱から出すはめになっていた。しまいには、勝手に触ろうしたり、毛を抜いていこうとする奴さえいた。その日、僕は手入れのためにヤママユガを展翅板の上に置いていた。そして、少し外に出ていた。そして帰ってきたら、なんとも無惨な姿のヤママユガがあった。翅はアイロンのかかっていないシャツのように乱れ、触覚はもげ、光に反応して淡く光る鱗粉はほぼなくなっていた。最初は本当に現実を理解することができなかった。幻覚を見ているのか、とすら思った。ともかく、ヤママユガがそのときの僕にはそれがヤママユガ、いや、蝶であることすら信じたくなかった。そして僕はそのヤママユガであったであろう物体を蝶にしようと試行錯誤した。そんなときに、ボール紙の少年が訪ねてきた。彼が2年振りに訪ねて来たことはもちろん驚くべきことだったが、そのときの僕はそんなこと歯牙にもかけないほど動揺していた。そして彼が、急にその惨状は自分がやったのだと言い出すのだから、僕は言葉を理解することができなかった。けど、彼のポケットの縁の光る鱗粉をみた途端、理解した。彼でさえ蝶のことをアクセサリー、自分の価値を高めるための道具だとしか思っていないことに。自分のような蝶を愛する人間などいないことに。それからはもう覚えてない、彼に2、3言言ったあとに帰らせた。そんな人とはもう同じ空間にすらいたくなかった。そして、僕はヤママユガであった物体を欠片、鱗粉1つ残らず、ガラス瓶の中に入れた。もう夜遅い時間の澄んだ月光を浴びているにも関わらず、鱗粉はもう光ることはなかった。
少年の日の思い出 エーミール視点 高崎 猿田助 @sarudasuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます