すみれ

谷 美子

第1話


「お父さんも時間ある時はできるだけ帰るからな」


無言に耐えきれなくなったのか、運転席のお父さんがそう言った


私はこの人のことをお父さんだとも思っていない。

いつだって、家にいない。最後にちゃんとした話をしたのはいつだっただろう。


家族という名で縛られた関係。

すごくぴったりな言葉だと思う。


私のお父さんとお母さんはどちらも社長で裕福な暮らしをしていると私は自覚している。


それが本当に恵まれていて幸せだとか、私は微塵も思わない。


私はお父さんの言葉に反応せず、何もない緑だらけの風景を見つめた


「こんな田舎だけど、良いところだぞ」

お父さんは明るくそう言う。


「今までの暮らしとかなり違うけど、自分のことは自分で出来る様にしなきゃ、後々大変だしな」


そう何もできない自分に言い聞かせているのだろうか。


私が向かう場所は、お父さんの実家だった


お父さんはお母さんと違ってごく普通の田舎の家に生まれ、自分の実力で会社を経営する人間へと上り詰めた 。だからごく普通の庶民の家だ。


お父さんの実家は行ったことがなかった


横浜から車で片道4時間かかるところを見れば、今になっていかなかった理由も分かる。


もう一つの、というか最大の理由は、きっと母が嫌がったからだ。

母は典型的なお嬢様で、性格もイメージ通りだった。

庶民的なものを嫌い 上質なものにこだわった


この家は、お母さん中心だった 、

誰も逆らう気さえ起きなかったんだと思う。


そんな母がいきなり、私の島流しを許したのか、その真意は全く分からないけれど、そんなことも私にはどうでもいい。


「お父さん」

「ん?」

「おばあちゃんってどんな人?」

「そうだな、

優しい人....かな。無難だけど」


「おばあちゃん、すみれにすごく会いたがってる。」

ミラーにうつるお父さんは前を見ながら笑っていた

「そう」


私は再び窓に映る何もない景色に目を移した


自然の音がした。

何も感じられない私は心が死んでるのだろう


絵のように広がるその村で、私は何か変えることができるのだろうか


この景色に何も感じられない。





私は、きっと死んでいる。






_________...






「先に入ってなさい、そこだから」



初めて入る家だと言うのに、お父さんは私を一人で行かせようとする


自分にとっては実家だけど、私にとっては見知らぬ地

私は家をしばらく見上げていた。


茶色い瓦の屋根、木造で田舎のお家そのもの


「イメージ通りすぎ」

思わず呟いてしまう程だった


たしかに、横浜で見ていた普通’’の家よりかはデカかった。私の家よりは小さいけれど、


田舎の家は大きいとは本当のようだ。


周りには家がなく、他の家とひとつポツンと離れている場所に家が建っている


おばあちゃんは一人暮らしだと聞いている




介護...?


私がこの村に来た理由がそうなのではないかとよぎる


「すみれ、なにしてる。

早く行くぞ」


車を車庫に入れ終えた父が私を呼ぶ

「うん」


私は少し、緊張している。





ガラガラガラ



独特な匂いがした



嫌いじゃなかった。



引き戸で、開ける時の音が大きく出入りするときはすぐ分かると思う。


思っていた通り、すぐ向こうから人がやって来た。


「あらまぁ、いらっしゃい」


優しそうなおばあちゃんがにこやかに迎えてくれた


「ただいま、母さん

この子が、すみれだよ」

背中を押され前に立つ


「やっぱり生で会うとえらいべっぴんさんだねえ。



とりあえずお家上がりなさいな」

私の頭を撫でながらそう言った。


軽く会釈をし靴を脱いで、いつも通り端っこにずらして揃える


そんな作業をする際もおばあちゃんは何も言わずに笑顔で私を見つめていた


すごく嬉しそうだった。


作業を終え家に上がった


その上がる一段が思ったより大きく、よいしょと声を漏らしてしまう


おばあちゃんはそれさえも嬉しそうで、そのまま案内するために歩き始めた


おばあちゃんは思ったよりも 小さかった。





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