第25話②

洞窟内部は暗いが足場はしっかりとしており、穴なども特にないため安全に歩を進めることができていた。しかし、進めば進むほど反響した謎の音は大きくなっていく。


 「それにしても、ずいぶん寒いね。日が当たらない場所でもこんなに寒いなんてことあるんだ」


 「そうですね。結構寒くて、ジャージを持ってきて正解でした」


委員長が長袖のジャージを着るなんて言ったときは、肌を守るためだとしても正気ではないと思ったが、この気温であれば納得できた。

それにしても寒い。唯一半袖の雨宮さんも小さく肘をさすっている。


 「寒いならジャージ着る?汗かいてちょっと冷たいかもしれないけれど、ないよりはましだと思うよ」


後ろから声をかけ、上のジャージを脱ぐ。体操着だけでは若干肌寒いが、連れて行ってもらった手前自分からは言い出しづらいのかもしれないと思うと雨宮さんのことがほっとけなかった。

しかし雨宮さんはこちらを一瞥すると、余計なお世話とでも言いたげに顔をしかめる。


 「…お気遣いありがとうございます。でも、寒くないので結構です」


冷たい態度は予想していたが、ほんの少しだけ傷ついた。


 「でも本当に寒そうですよ。私の方がサイズ近いですしどうですか?これからもっと寒くなると思いますし、着ておいた方がいいと思いますよ」


今度は後ろにいたましろがジャージを脱いで無理やり雨宮さんに手渡す。今度も受け取らないと頑なな態度を取ろうとしていた雨宮さんも無理やり渡されると思ってはいなかったようで渋々ジャージを着ることにしたようだ。


 「暖かい…お姉さんありがとうございます」


 「いえいえ、お気になさらず」


お辞儀をする雨宮さんを見てましろの足取りが少し軽くなったように感じた。

しばらく歩き背後から鼻を啜る音が聞こえる。誰にも聞こえないように押し殺した、一番近くにいた自分でさえ微かにしか聞こえないような音が。

ほんと、みんな嘘をつくのが下手なんだから。

先ほど渡し損ねたジャージを何も言わずにましろへと手渡しする。


 「…あ、ありがとう…ございます」


暫くの間背後でもぞもぞと動く気配がする。

今更ながらジャージを貸したことが恥ずかしくなってくる。ここが暗い洞窟でよかったと心の底から安堵した。

僕は真っ白になりそうな頭を正気に保つべく、足元を照らしながら思考を巡らせる。

色の変化はわかりづらいが、見た目から満潮時で腰下くらいの高さまで海水が来ることが予想できる。また、小さな横穴もいくつか開いているように見えるが、そのどれもが入ってすぐの位置で終わっていた。

それがどうと言うわけではないが、明らかな天然の洞窟に今更ながら自然の脅威を感じさせられる。

もしこんな暗い洞窟に取り残されたら…そう思うと腰が引けて前に進めなくなりそうだった。



 「ここまでだ…」


程なくして先頭が止まり、その最奥に皆集まる。


 「ここから先にも道はあるが、下に続いているんだ」


柊馬が照らすとゆったりと下る道が一つ現れる。

どうやらその他に道は分かれていないようだった。


 「ここを下ってしまうともしもの時に帰ってこれなくなってしまう。引き返すのであればここがベストだろう」


委員長の決定に皆頷く。

しかし柊馬だけは納得のいかない顔をしていた。

確かに満潮時に海水が流れ込めば帰ってこられなくなる。しかし肝心の音はこの下から聞こえてくるのだ。


 「ここじゃ音の正体はわからない。それに時間ならまだあるから、すぐに戻ってくれば間に合うはずだ」


懐中電灯を片手に一人先へと進もうとする柊馬を委員長が引き留める。


 「そんなことを言って、この穴が思っていたより急だったらどうする?それに奥に行けばきっと海水も溜まっている場所に出るはずだ。そこまで行ったら、僕たちの装備で安全性なんて無いに等しいんだぞ」


 「臆病者!」


 「適切な判断だ!」


言い合いになる二人。ここまで来て言い合うなんてと、他の面々はただただ呆れるしかなかった。


 「二人とも落ち着いて!この中にプロのガイドさんがいるなら別にしても、そうでない今回は安全を優先するべきだよ」


そう言って二人の間に割って入る。

同時に一ノ瀬さんも入り口の前へと立つ。

穴に向かって片手を突き出し、何かを確信したのかやっぱりと呟いた。


「隙間風が反響して唸り声に聞こえるだけよ。わざわざ確認しなくてもよくない?」


下へと続く道を覗き込みながら一ノ瀬さんが言う。

彼女に引っ張られるように委員長と柊馬は入り口に立たされると、袖をまくるよう指示される。


 「ほんとだ…風が吹いてる…」


 「だろ?洞窟の音なん所詮こんなものなんだよ」


音の正体を知って残念だったのか柊馬がしょんぼりと肩を落とす。

そりゃそうだろう。

それよりも、その風がどこから入ってきているかの方が個人的には気になるのだが…

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