第25話①
「それじゃあ行き先を伝えるぞ。向かう先は島の東端にある「怪物洞窟」だ。なんでも竜が鳴いてるかのような声が聞こえてくるそうだ。それじゃあ出発するぞ」
委員長を先頭にして皆で歩いて行く。目的の怪物洞窟までは徒歩約一時間、女子もいるから多く見積もって一時間とニ十分ほどで着くだろう。途中で休憩を入れながら、皆でのんびりと歩を進めていく。
「それにしても、よくそんな洞窟があるなんて知ってたな。俺は生まれてもうすぐ16年になるがそんな話ちっとも聞いたことがなかったよ」
「僕もこの間三船さんから聞いたから、もしかしたらお年寄りしか知らないのかもしれないね」
そう言いながら海を眺める。天気は快晴、潮風は良好。沖の方の漁船がはっきりと見えるほど澄んだ空模様であった。
「やっぱりここの景色は綺麗ですね」
いつの間にかましろが隣まで来ていた。彼女もまた海を眺めている。
「うん。正面に海、振り向けば山。まさに大自然って感じで、東京にいたころはこんな景色があるなんて信じられなかったなぁ」
東京にいたころは何でもどこにでもあったからこそ、自らどこかに行きたいと思ったことがなかったような気がする。その点この島は不思議だ。環境に慣れていないこともあるのだろうが、少し歩くと新しい景色が待っている。だからこそ自然と足早になり、あれもこれもと気になってしまうのだ。
「そういえば、島の外から来たとは言っていましたが東京から来たのですね。東京はもっとモダンな感じなのでしょうか?」
「少し前まではそうだったのかもしれないけれど、今はイメージのモダンからはかけ離れている気がするなぁ。良くも悪くも無機質というか、平べったいような感じがする」
「平べったいですか…いったいどんな町なんだろう。行ってみたいなぁ」
ましろが思い耽るように呟く。
いつか一緒に行こうと、喉から声が出る寸前。後方からの奇声によってそれは掻き消える。
「なあ委員長―。あとどのくらいだぁー」
「まだ港町が見えるだろ。ここから海岸沿いにまっすぐ行ったら着くんだ。着いたらアイスでも何でも買ってやるからおとなしくついて来いよ」
「はーい」
柊馬が間延びした返事を返す。海岸沿いにまっすぐと言っても、三日月状のこの島では島の西端にある学園から東端に向かうまでに相当な距離がある。ちなみに三日月状というのは弦の部分が南側な三日月である。つまり今見えている東端の灯台までは見えている以上の距離を歩かなければならないということである。
「帰りは市営のバスで帰ろうね。ましろちゃんも帰りに同じ距離歩くなんて辛いだろうし」
一ノ瀬さんがすかさずフォローを入れる。しかし市営でバスが出ているなんて誰も知らなかった僕たちが、バスのダイアについて知っているわけないのであった。
あれからしばらく歩いた。目的の洞窟まではあと少しというところまで来ただろう。
しかし完全に森の中に入ってしまい、しばらく前から景色は一向に変化していない。
ふと、前方に見知った影を見つける。あれは…
「おーい、日菜―。どうしてここにいるんだー?」
柊馬が大きく手を振り叫ぶ。
雨宮さんは道端の方を熱心に見つめていたようだったが、やがてこちらに気づくと驚いたように駆け寄ってきた。
「柊馬おにいちゃんこそなんでいるの?こっちに来る人なんてめったにいないのに?」
「おう。ちょっとこの先の洞窟に用があってな」
「洞窟…そんなのあったんだ。…行ってみたいなぁ」
目を輝かせた雨宮さんが上目遣いで柊馬を見つめる。見る限り意図してやっているわけではないのだろうが、ずいぶんと甘え上手だと感じさせた。
「一緒に行くのはいいんだけどなぁ…洞窟がどんなとこかわからないから、もし危なそうだったら入り口で待ってもらうことになってもいいか?」
困ったような顔をしながら柊馬が言う。優しい彼は、子どもの頼みを断るのも苦手なのだろう。委員長もそれをわかってか、柊馬の言葉に無言で頷いていた。
「どちらにせよ入り口の時点で危ないと判断したら全員入らずに帰るつもりだったからな。一人増えたくらいじゃ変わらないだろう」
最終的な判断を委員長が下し、それを聞いた雨宮さんは飛び上がる。こうして洞窟探検の仲間は一人増え、僕たちは再び歩き始めたのだった。
「それにしても、日菜はここで何をしていたんだ?」
道中、柊馬が雨宮さんに尋ねる。
「私たちの班は班別学習が全部終わって今日はお休みだったので、一人でお花を見に来たんです」
そう言って彼女は首から下げたデジカメを柊馬に見せる。どうやら先ほど熱心に眺めていたのは野草のようだった。
島の東側は滅多に人が立ち寄らないから珍しい植物が多いらしい。
「多分あれだろう。着いたぞ、お前ら」
和気あいあいとした会話もつかの間、委員長の指差した先には洞窟というより岩と岩の隙間のような小さな穴が見えた。海岸の側面にあるそれはある程度の岩場を越えなければたどり着けそうにない。しかし潮の引いている今であれば簡単にたどり着くことができそうな洞窟であった。
僕たちは慎重に岩場を進み洞窟の前で立ち止まる。
洞窟の前まで来ると獣の唸るような不思議な音が洞窟の奥から聞こえてきた。当然のように入り口から最奥は見えず、音の正体を確認するためには直接中に入るしかないようだった。
「意外と入り口は狭そう…それに入り口が海に面してるから探そうとしなければかなり見つけづらそう」
「そうだな。それに…」
委員長はその場に屈み、海に手を突っ込む。
「引潮でこの高さということは、満潮になれば入り口の半分は海に沈むだろう。潮が満ちるまでに戻ってこよう」
委員長の言葉で全員が真剣な顔つきになる。
こんな洞窟に取り残されようものなら洒落にならないことを皆理解しているのだ。
「とは言っても今日の満潮は日没だしそんなに深くなさそうだから大丈夫だと思うよ」
そう言って一ノ瀬さんが携帯電話の画面を見せる。時刻はまだ午後3時。日没までの時間は十分にあった。
「よし、それじゃあ行こうか」
自分のヘルメットと呼びの軍手を雨宮さんに渡した柊馬が意気揚々と洞窟の中へと入っていく。
彼に続くようにして、僕たちは「怪物洞窟」へと進むのであった。
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