第24話
「最後の班別学習だが、急遽別のテーマをやることになった。ということで今日はこのまま課外活動に向かうぞ」
委員長がこちらに目配せをし、こちらは軽く手を合わせて感謝を伝える。
9月の二週目、最後の班別学習の日。予定では「桜の妖怪」の考察を行う予定だったのだが、とある事情により別のことを行うことになった。事情というのは桜庭さんのことであり、一昨日に僕が委員長と一ノ瀬さんに頼んだものであった。
「ほんとにいいのか?だって今日は…」
「じゃあ荷物は最低限にして、動きやすい服装に着替えたらもう一度この教室に集合で。必要そうなものは全部持ってきているから。桜庭さんも今日運動靴じゃなかったら借りてきたのがあるから言ってね」
柊馬の発言を無理やり遮るような形で委員長が説明を挟む。柊馬は不満そうにしていたが、今話すタイミングではないというのは理解したのだろう。おとなしく話を聞いていた。
目的地以外の説明が終わると、桜庭さんは一ノ瀬さんに連れられて教室へ出ていく。
教室に男三人になったのを見計らって、柊馬は委員長に向き直る。
「なあ、いきなりどうしたんだ?桜庭さんが馴染んでいるのも気になるけれど、本当に「桜の妖怪」の考察はやらなくていいのか?何より締め切りは今日までだろう?」
「それについては言い出しっぺの僕から説明するから」
そう言って委員長の隣に立つ。
「まず締め切りの件だけど、それは昨日先生に許可をもらったから大丈夫。今日調べて明日中にまとめればいいそうです」
僕の説明を神妙な面持ちで聞く柊馬。本当は締め切りの件以上に「桜の妖怪」の件の方が気になっているのだろう。
「そして「桜の妖怪」の件だけれど、しばらくの間伝説・伝承の内容だけではなく「桜の妖怪」という単語を出すのも控えてほしい」
「単語も?どうしていきなり…」
「理由はまだ言えないけれど、近いうちに言うからそれまで信じてくれると助かる」
柊馬がまっすぐ僕の瞳を見据える。
「…本当に言えないんだな。わかった、だけど言えるようになったらすぐに教えてくれよ。なんであろうと頼りになるはずだからな」
「ありがとう」
柊馬の返事にホッとする。人一倍正直者で、友達を大切にする彼だからこそ信じてくれた。いや、彼だけではなく皆同じだろう。本当にいい仲間を持ったと改めて実感させられた。
「全員そろったようなので行き先を伝えます…が、その前に柊馬は挨拶をどうぞ」
いきなり話を振られると思っていなかったのか、柊馬は頭上に?マークを点滅させる。
「昨日ここ三人はみんな桜庭さんと仲良くなったから。後はその場にいなかったお前だけってことさ。ほら、改めてちゃんと挨拶しろ」
委員長に促されるままに二人は向かい合う。ぎこちない空気の中、柊馬の視線は宙を泳ぎ、それに対応するようにましろの目線の回っているのが見てわかる。
「あ、改めまして、初めまして。野田柊馬です。よ、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、初めまして。桜庭真白です。よろしく、お願いします」
そう言って顔を真っ赤にするましろ。なぜかつられて柊馬まで顔を赤くしている。
「柊馬、この前は普通に話しかけてたじゃん。いきなりどうしたの?」
「ば、ばか。別にこういうのは慣れてないだけで恥ずかしくなんかないからな」
素朴な疑問に過剰なほどに反応する様子を見て、皆訳が分からず首をかしげる。
ほんの少しして、一人だけ意味が分かったのか一ノ瀬さんが満面の笑みで柊馬に迫っていく。
「慣れてないなら、これから慣れていかないといけないね」
「?お、おう」
「じゃあちゃんとよろしくの握手をしようね」
「…は?」
「は?じゃなくて、これからよろしくねの握手。私たちみんなやってるし、小さいころにみんな言われたでしょう?よろしくの握手、仲直りの握手、さよならの握手、これ人間力の基礎なりって」
それを聞いて自分の中でもいくつか合点のいくところがあった。
ことあるごとに握手をしていたのは島での教育の影響なのだと。僕としては嫌ではないし、今では島の文化に染まるのもいいなと思い始めているので特に疑問はないのだけれど。
…ないのだけれど、柊馬はなぜか再びパニックに陥っている。
「あ、握手って、そんなことしたら桜庭さんに迷惑だろ?」
「迷惑なの?」
思わず疑問をそのまま口に出してしまう。
それを聞いたましろはぶんぶんと首を横に振っていた。
「迷惑じゃない?も、もしかして俺のことを嫌ってるわけじゃない?」
「はい…寧ろ積極的に話しかけてくれた分苦手ですけどありがたいと思っています」
ありがたいと言われて鼻の下を伸ばす柊馬。苦手と言われていたのは耳に入ってないらしい。
今度は意気揚々と手を差し出す。そしてそれに応えるようにましろも手を取る。
「改めまして、これからよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
お互い笑顔で握手をする。
これでましろは全員としっかり挨拶をした。もしかしたら本人も忘れているのかもしれないが以前のように顔を隠すようなこともせずに会話ができている。
それがどうしてか、自分事のように嬉しかった。
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