第17話①

祭りの翌日、柊馬は機嫌が悪かった。頭の血管は破裂するんじゃないかというくらい浮き出ているし、挨拶一つにしても語気が荒くて怖かった。

そんな空気の悪い教室に何も知らない一ノ瀬さんが入ってくる。


 「おはよう…あれ?なんか暗いね。二人ともどうしたの?」


不思議そうな顔をする一ノ瀬さんに柊馬は音を立てながら詰め寄っていく。

直感的に止めないとまずいと思ったが、柊馬の顔を見ると足がすくんでしまった。


 「なあ、昨日の夜どこで何してた?」


 「昨日の夜?普通に部屋で寝ていたけど」


何が何だかわからないという顔をしながら一ノ瀬さんが答える。

きっと涼しい顔をしながら昨日の出来事やこうなった原因になりそうなものを片っ端から推測してるのかな、なんてことをぼんやりと思った。


 「違う、もっと早い時間だ。お前夜は階段のとこで見張っているなんて言ってたくせにずいぶん早い時間からさぼってたじゃないか。ほんとは何してたんだ?」


 「…もしかして事件か何かあったの?」


柊馬の剣幕に一切物怖じせず、冷静に思考を積み重ねる一ノ瀬さん。

だが彼女の態度のせいか柊馬の機嫌は本当に悪くなっているように見えた。

今度は柊馬のところへと足が届く。振り上げるそぶりを見せた手は動き出す前に止めることができた。

それと同時に教室の扉が開く。ずいぶんとやつれた顔をして委員長が登校してきた。


 「だからっ、どこで何してたのかって聞いてるんだよ!」


 「柊馬!ちょっと落ち着いて。委員長も止めて!」


室内を見たとたん目を丸くしていた委員長だが、名前を呼ばれてようやく冗談で済まない状況だと気づいたのか鞄を放り出してこちらへ駆け寄ってきてくれた。

二人がかりでようやく柊馬を押さえつけることに成功できた。


 「言わない」


一ノ瀬さんが冷たい目をして吐き捨てる。


 「はっ?」


柊馬は答えてもらえると思っていたのかより一層怒りをあらわにする。

さっきまでの力の倍以上の力で抵抗される。もう抑えられない、でもここで手を離すと柊馬は一ノ瀬さんに掴み掛る以上のことをするだろう。

咄嗟に床に押さえつけようとする。もちろんそんなことはできないけれど、少しだけ柊馬の頭の位置が下がった。


 「何を怒ってるのか知らないけど、もうちょっと順序立てて質問してくれない?いくら私でもそんな語気強めに言われたら何か言う気もなくなっちゃうよ」


再び一ノ瀬さんが柊馬に、もしかしたら僕たち三人に向かって吐き捨てる。

ちょうど見下すような態勢で、汚いものとして見られているような寒気がした。


 「なんだ、お前ら何かあったのか」


先生が入ってくるのと同時に一ノ瀬さんは自分の席に帰っていった。

先生の問いに対し、誰もが罰の悪そうな顔をして答えない。

見物人は知らぬ顔をして授業の準備をし始めた。

先生も無言を何もなかったと受け取ったのか平然と教卓へと歩いて行く。


 「それじゃあ今日は102ページから…」


朝からとても嫌な出来事だった。

しかしながら、頭の中は妙にすっきりしており、どこか現実離れしたような気分だった。


昼休み、滅多に人の通らない西階段の踊り場に呼び出される。

呼び出した主は勿論一ノ瀬さんだった。


 「ねえ、いずみ君。昨日の夜何があったの?」


朝とは打って変わって穏やかな表情で問われる。

さて、昨日の夜のことを話してもよいものか。

今回の

ために起こったことだ。

ゆえに僕たち三人が勝手にやったことで一から十まで一ノ瀬さんには何も関係がない。

だから話すことだけなら問題ないだろう。何より話さなければ朝の出来事について謝ることができない。正直に話し、素直に謝る。これが一番正しいと思う。


 「昨日の夜は…」


たどたどしいが、言葉を選びつつ丁寧に話していく。

自分たちに非があると認めながら、申し訳ないということをしたという風に。

そして最後に柊馬たちの不安が伝わるように。


 「なるほどね、それであの二人はあんな風に」


昨晩のことは十分に伝わったと思う。

顔色は険しくなったが、納得いったような表情をしている。


 「どうしよっかな。あんなこと言った手前私からは言い出しづらいし、そもそもこんなことで怒ってるなんて思わなかった」


あきれたような、大きなため息をついた。


 「自分たちで勝手にやったのに私まで巻き込んで詮索するなんて最低だよ」


 「僕もそう思う。今朝はごめん」


僕の言葉を聞いてもう一度、一層深いため息をつく。


 「いずみ君、私は君も同罪だと思ってる。君に話を聞いたのは唯一話が通じそうだからであって、自分だけは無関係だって思っちゃだめだからね」


今まで聞いた中で一番柔らかい声色だった。

そして、今までで一番怖い声色だった。


 「それじゃあ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る