第16話

時刻は午後九時半。ようやく子ども達を寝かしつけて、これから寝ようと布団に入るところだった。

思い返せば今日はすごく大変な一日だった。

昼寝をしてしまったせいか子どもたちは疲れ知らずで、どれだけ運動しても終わった途端に次の遊びをせびってくる。

それに、お風呂に入れるのも大変だった。

簡易シャワー室がなんでついているのかも不思議なのだが、少年たちは元気が有り余っているのだろう。裸になったとたんに走りだされたときは理解できずにフリーズしてしまった。後で一ノ瀬さんにこっぴどく叱られたけれど。

とにかく、大変な一日だったのだ。明日も早いから早く寝なければ。


 「いーずーみー、あっそびましょ!」


元気よく扉が開けられる。恨めしそうにそちらを見るとそれはそれは清々しい笑みを浮かべた柊馬と、無理やり引きずり出されたであろう委員長がいた。


 「嫌だ。寝る」


 「ダメだ。これから夏夜祭りを覗きに行くんだからな。いずみも来ないと困る」


夏夜祭りを覗くだなんて何を言っているのだか。そもそも九時以降は外出禁止だろうに。

そう思って布団を被ると途端に布団を剥がされてしまった。

根負けした僕は仕方がなく私服に着替えていた。委員長も眠そうな目をこすっている。

二人で準備を終えて柊馬のもとに集まると一人一人に双眼鏡が渡される。

用意周到な奴め。


 「さて、大人の祭りを見に行こうぜ」



柊馬に連れていかれたのは公民館の二階だった。

一階の玄関は外から大人たちが定期的に見張っているらしくなるべく使いたくないらしい。ただ、二階も二階で一ノ瀬さんが、階段で見張っているから上ってきたら殺す、と言っていたのでどちらかというとこっちの方が安全ではないような気がするのだが。

恐る恐るついていくと、一ノ瀬さんの姿はどこにもなかった。

今のうちに、と柊馬に連れられて二階の角部屋の誰も使っていない部屋まで走る。

そのままこっそり窓を開け隣の木に飛び移り、公民館の外に脱走したのであった。

外に出たとたんに大音量で太鼓の音が聞こえてくる。

公民館の中で音が聞こえなかったのが不思議なくらいのボリュームに思わず木から手を放しそうになってしまう。

まるでオーケストラを最前列で聴いているようで、しんぞうを鷲掴みされた気分だ。

一目でいいから見て見たいという欲望に駆られるが、見つかってはいけないという立場上我慢せざるを得ない。

仕方がないがいったん諦めて、機会があれば覗き見る程度にしておこう。


 「なにしてんだ、いずみ。さっさと行くぞ」


柊馬に連れられた先は公民館の裏山だった。

どうやら山側から御崎神社の方へと向かうらしい。

当然整備されている山道などないので獣道以上に道なき道を進んでいく。

大した斜面でなくても足がとられて進みづらい。

なにより山の中は文字通り明かり一つない。

昔の人はこんな道を歩いていたのかと思うと、もちもちの木の豆太の気持ちも理解できた。

小学生の頃に意気地なしだなとか思ってごめんよ、豆太。

そんななかサクサクと進んでいく二人はさすがと言わざる得ないだろう。

普段運動なんてしなさそうな委員長でさえこうなのだから、やはり都会育ちは貧弱だったということか。


 「それで、あとどのくらい進むの?」


柊馬がそうだなー、と言って双眼鏡を覗き込む。

山車の通る道は常に明るいので双眼鏡を使うのに特別苦労する必要はない。ただ、柊馬が見ているのは別の場所のようだった。


 「もう少し上に登ろう。高くなった分ほんの少し近づくから…走って十分くらいか」


そう言って一人先走っていく。

柊馬が遥か先頭を、僕が遥か後ろでその中間を委員長がついて行くという形で進んでいった。定期的に委員長が止まって後ろを確認してくれるのがありがたい。おかげで一人遭難するなんてことはなさそうだ。



柊馬の言った通り十分ほど歩いて、斜面から少し切り出したような場所に着いた。

少し遠くの方の御崎神社を、ちょうど斜めから俯瞰できるような場所になっている。


 「ほれ、神社の境内を見ろ」


柊馬に言われたとおりに双眼鏡を覗き込む。

境内は白い布で囲まれたスペースがあり、その中でたくさんの人たちが舞台のような場所の前に集まっていた。


 「あれは…島民たち?」


 「全員変なお面を被っている。委員長何か知ってるか?」


 「いや、聞いたことすらないな」


柊馬の言う通り、全員がお面で顔を隠しており背格好から多少予測できるものの誰一人としてあの人だと確信できる人がいない。

強いて確信できるなら若そうな人が少ないことだろうか


 「おい、舞台端見ろ。何か始まるぞ」


柊馬の声がすると同時に太鼓の音が鳴り響く。不安を煽るような、頭に響くような嫌な音だった。

その音を皮切りに雄たけびもちらほら聞こえ始める。

舞台を囲んでいる松明に灯はともされ、ようやく舞台の全貌が見えてくる。


 「…女と、男が三人?」


舞台の中央には襦袢を着た女とその周りを鍬のようなものを持った農夫二人が囲むようにして立っている。

女のお面は他の物と違く、目の下に涙を模したような線が入っていた。

再び太鼓の音が鳴り、演舞のようなものが始まる。一人の男が花びらをばら撒き、その間他の二人は農作業に勤しんでいるような動きをしていた。

女は他の農夫たちと同じように農作業をし、時には彼らを鼓舞するように舞をしていた。

やがて花びらが尽きると男たちは床に散らばった花びらをかき集めるような仕草をした後、中央にいた女の方をキッと睨みつける。

女は逃げるようにして舞台を行ったり来たりしているがやがて男たちに捕まってしまった。

そしていつの間にか中央に出てきた桜の木を模したオブジェの前で、女は小刀で自らの命を絶ち、ぱたりと床に倒れてしまう。

しばらくすると、女は立ち上がり二人の男を押し倒す。

男の上に覆いかぶさるようにし、喉元に小刀を押し当て、憎しみのままに小刀を振るった。

バタバタともがいていた男たちはしばらくすると動かなくなった。

女の面は赤く染まっていた。

僕たちはそれに息をするのも忘れて見入っていた。


 「あれが…『桜の妖怪』なのか?」


委員長がぼそりとつぶやく。

確かに演舞の内容と雨宮のおじいちゃんが話していた内容は合致していたような気がする。


 「でも、『桜の妖怪』だとしたらなんであんなに隠すように躍らせてるんだ?歴史を伝えるためや単に祭りの余興の一つだとしたら、島民たちがお面を被ってる意味が分からないぜ」


柊馬の言う通りだ。それに演舞の最中にお面を被った島民たちは許しを請うように咽ぶ者もいれば、待ちきれないとばかりに雄たけびを上げる者もいた。

いったいどうしてそこまで受け取る感情が人によって異なるのだろうか。

島の歴史を詳しく知らない僕にはどうしてなのかわからなかった。

ふと、委員長が震えた声でしゃべりだす。


 「なあ…あの女の子…だれかわかるか?」


その問いに誰も答えようとしない。

背格好を見るにおそらく年齢は同じくらいだと推測できる。

しかし、僕たちは同い年の女の子を一人しか知らないのだ。

今日公民館で年下の島民全員と会っているから知っている。一番年の近い女の子は中学一年生の子で、背は見間違えることがないほどに小さかった。

年上の人たちも学校で会っている。だが高校二年生三年生の中に女子は一人もいなかったはずだ。いたらきっと柊馬がそう答えているだろう。

いや、もしかするとお面の下はテラリウムの彼女なのかもしれない。あの子なら身長的にもぴったりだろう。だが、二人のためにもそうであってほしいと思う反面、僕自身はそれがどうしても嫌だった。

あの物語には、呪いが籠ってる気がしてならないのだ。その渦中に、彼女がいてほしくなかった。

お互いがその事実に眼を逸らしたくて無言の時間が続く。

全員が意味もなく双眼鏡を覗き込んでいた。

そして目が合った。

どうして目が合ったと感じたのかはわからない。こちらは明かり一つつけておらず加えてこの距離だ。肉眼でこちらが見えるわけがない。

お面を被った人々は皆舞台の方を見ている。だがその男だけはこちらをじっと見ていた。


 「…帰ろう。僕たちが見てるのがバレたかもしれない」


得体のしれないおぞましさから声が震える。


 「だな。帰って寝よう」


柊馬はそう言って先に山を下り始めた。

委員長はよほどショックだったのか放心しているようだった。

結局僕は委員長の肩を支えて山を下りた。中腹辺りで柊馬が待っていてくれたので最後は手伝ってもらった。

僕たち三人は何も話さなかった。

見てはいけないものを見たような後味の悪さだけが胸に残っていた。


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