第15話

六月終わりの日曜日、例の夏夜祭りの日がやってきた。

朝から島の子どもは全員公民館に集められ、そこで翌日の朝まで過ごすのだという。

公民館は二階建てで民泊と同じように様々な部屋がある。男子は一階で、女子は二階で別れて寝るのだが大体男子はどこかの部屋で雑魚寝である。

僕たち四人は朝から公民館で朝昼夜の食事の準備や、低学年のお守りに部屋やトイレの掃除などを手分けして行っていた。

公民館の庭では子どもたちがキャーキャー言う声が聞こえてくる。


 「きゃっ、冷たーい」


人気者なのか常に男子たちから狙われてる女子が一人。


 「待って待って!今給水中だから無敵!無敵だってば!」


水鉄砲に水を詰めてる中執拗に狙われる子が一人。


 「おらー!お前ら全員かかってこいやー!!」


そして大人げなく子どもたちに水をかけまくる高校一年生が一人。

子どもたちは単独で、もしくは数人で手を組んで柊馬に向かっていくがことごとく打ち負かされてしまう。それでも何度も立ち向かう姿に感化されたのか、木陰で読書をしていた子もいつの間にか輪に混ざっていた。

楽しそうにはしゃぐ柊馬の周りには、笑顔のあふれた子どもたちの集団ができている。

それが少し羨ましくて、ついつい窓の外に見入ってしまった。


 「いずみ君フライパン!ピーマンが焦げそうだよ!」


一ノ瀬さんに言われ慌てて目線を手元に戻す。焼きそば用の野菜は既に十分火が通った後だった。

慌てて野菜たちを別のお皿に移し替える。


 「うーん、まあ焼きそばだし多少焦げててもいいか」


一ノ瀬さんの裁定に胸をなでおろす。

もう少し遅かったら、すぐそこで正座させられている委員長みたいになっていたと思うと背筋が凍る。


 『私はお肉を焦がしました』


首から看板を吊り下げた委員長が悲しそうな顔で虚無を見つめる。

なかなか火が通らなかったので中火から強火に変えたら瞬く間に火が通り、気が付いたらお肉の半分は焦げ付いていたのだ。

気を抜いてたのは僕もだが、まあ担当が彼だったのだから仕方がない。


 「中火で表面が白くなるまでって言ったのに、まったく」


一ノ瀬さんは怒りながらも手際よく他の料理を作っていく。

彼女だけでも足りるのではと思ってしまうが、そんなことを口にしたら後で起こられてしまうだろう。

手元のメモを見ながら焼きそばの準備を着々と進めていく。

委員長もテーブルの準備をしながら料理を運ぶのを手伝ってくれた。

三人で協力したおかげで食事の準備はあっという間に終わった。

タイミングを見計らって柊馬も子どもたちを連れて帰ってくる。


 「みんなちゃんと手を洗ってから入るんだぞー」


という柊馬の掛け声にも子どもたちは元気よく返事をする。

やっぱりちょっと羨ましいなぁ。


 「あれー?杏平お兄ちゃんなんで首から変なの下げてるの?」


 「私はお肉を…がしました?ねーなんて読むの?」


手を洗い終わった子どもたちがあっという間に委員長のもとに集まってくる。

てんやわんやな委員長の姿を見て一ノ瀬さんはおなかを抱えて笑っていた。



お昼ご飯が終わるや否や、柊馬と委員長は子どもたちに引っ張られてどこかに遊びに行ってしまった。

まあこうなるだろうとは思っていたので食べ終わったお皿を集めて洗い始める。

脂っこいものは水に浸けて、先にコップやらから洗ってしまおう。


 「♪~♪~」


鼻歌交じりで仕事を進める。

それにしても島の子どもたちって少ないんだな。

一番年の近い男子が中学二年生、女子は中学一年生だから一年間は島民の一人もいない代があるのか。

一ノ瀬さんが前に言っていた人口流出や財政難の話がようやく身近に感じられた。

しかし子どもたちの様子を見てると全然そんな気配は感じられない。

無理な話ではあるものの、今のまま仲の良い数人が集まって過ごせた方が幸せなんじゃないだろうか。

なんにせよ島の風習を受け継ぐ人がいなくなってしまうのはちょっと悲しいな。


 「このままだと安定した未来もないものね」


 「うわっ」


背後に一ノ瀬さんが突然現れる。

びっくりしてお皿を落としそうになったじゃないか。

毎度ながらも勘弁してほしい。


 「いずみ君ってずいぶん変わったよね。あ、もうちょっとそっち寄って」


 「そう?自分ではあんまり実感がわかないけれど」


僕が寄ってできたスペースに一ノ瀬さんがちょこんと収まる。

どうやらお皿洗いを手伝ってくれるらしい。


 「例えば今自分からお皿洗いを始めてくれたし、朝もわからないところは聞きに来てくれたけれど大体の仕事は自分から見つけてやってくれていたところとか。なんなら柊馬に色々と指示を出していたしね」


 「それくらいのことで変わったっていうのかな。自分的にはやってることも普段と大差ないのだけれど」


 「ずいぶんと卑屈なんだね」


そう言いながら一ノ瀬さんに笑われる。


 「まあ、それが当たり前になるならその方がいいんじゃない?」


確かに、悪い評価を貰っているわけではないのだ。

褒めてもらっているのだから素直に受け取っておけばよいのだろう。


 「そっか。ありがとう」


 「ふふふ、どういたしまして」


その後は一ノ瀬さんと手作りアクセサリーの話なんかをしながらお皿を洗っていた。

実は母の箱を貰った時から何かを作ってみようと考えてはいたのだ。

手作りアクセサリーなんてずいぶん変わったものに手を出すのねと一ノ瀬さんは不思議がっていたが、簡単な作り方や丈夫にする一工夫などずいぶん丁寧に教えてくれた。

気づけば山のように積み重なっていたお皿もほとんど洗い終わり、後はやっておくからと言われたので他に残ってる仕事はないかと辺りを見回す。

テーブルはとっくの前に一ノ瀬さんがきれいにした後だった。

本当に凄いのはみんなだよと心から思う。

みんなの思いやりが優しすぎて、僕はそれに見合うだけの人になろうとしてるだけなんだから…



子どもたちが向かったであろう部屋を覗くと、子どもたちに交じって柊馬や委員長はお昼寝の最中だった。

体の上に三人くらいこどもが乗ってるけれど大丈夫なのだろうか。

まあ、数えた限り子どもたちはみんなこの部屋にいるようだし特に気に掛ける必要もないだろう。

そっと扉を閉めようとすると三人の子とぱっちり目が合ってしまった。

そのまま寝てくれるかなーと思っていたが爛々と目を輝かせているのでもう絶対寝てくれないだろう。

指を口元に添えて、起こさないように隣の部屋においでとジェスチャーをする。

誰も起こさずに上手に渡れた三人は何か相手をしてほしそうな顔で見つめてくる。

午前中の動きを見ている限り外遊びが好きな部類ではなさそうだ。


 「それじゃあ東京の学校でやっていた遊びをしようか」


東京と聞いてパッと目を輝かせる。こういうところは年に関係ないんだな。

手早く紙とペンを用意して必要な項目を簡単に書いていく。


 「みんなは将来どんなお仕事をしたいかな?」


そう聞くと三人それぞれはお医者さん、探偵、消防士さんとなりたいものを言っていく。


 「じゃあみんな自分がそのお仕事をしてると考えながら僕のお話を聞いてね」


三人の熱心な目線に嬉しくなってしまい、思わず胸が熱くなる。


 『目が覚めると、見知らぬ天井が広がっていました。君たちは円形のテーブルを中心に床で寝ていました。不思議なことにどうしてここにいるのかわかりません。そんななか、テーブルの上に一枚の紙が…』

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