第14話①
「だ、だめですよ。絶対こっち見ちゃだめですからね」
一緒に行こうと言った彼女は僕から4~5メートルほど後ろをついてきた。それにいつも持っている赤い本で顔を隠しながら、ちらちらと前を確認して歩いている。
いつか転ぶんじゃないかなとハラハラしつつ、振り向いたら振り向いたで慌てて転びそうなので仕方なくまっすぐ浜辺へ向かった。
途中きゃっとか、いやっとか、悲鳴が聞こえた気がするがまあ転んでるわけではないのできっと大丈夫だろう。
空はようやく日が沈むといったところだろう。
真上の空は深い青で、太陽に近づくにつれて赤みがかかっていく。
どこか一か所切り取っても二種類以上色が混ざっているような、まるで芸術家のキャンパスのような空模様だった。
今にも心を覆いつくしそうな深い青と、母親のような優しさを感じるオレンジのコントラストに心を奪われてしまう。
そんな空模様は5分、10分と経つにつれ色を変えていった。キャンパスに重ね塗りするように新しい色が足されていく。
雲があるところには焼けるような赤を、青が深くなったら薄桃を。青単体で見てもコントラストはある。南国の海のような透明感ある青色が見えたと思えば、数分もたたないうちに紺青色に塗り替えられる。
美しすぎる空模様にしばらく夢中になった後、気づけば空に残っていたのは全てを覆いつくした闇だけだった。
星もちらほらと出てはいるものの光量は圧倒的に足りない。どうやら今夜は新月だったようだ。
「空模様は人の心の移ろいに似ていると思いませんか?」
突然横から声を掛けられてびくりとする。
声のする方を見るとちょうど真横、肩が触れるか触れないかくらいの距離に彼女がいた。
ただし暗いせいで顔はよく見えないが。
「ずいぶん熱心に空を見てましたね。きれいな空を見るのは初めてだったりするのですか?」
「うん。ここまで綺麗な空を見るのは初めてかもしれない」
それはよかったですねと彼女がほほ笑んだ気配がする。
「さっき言ってたやつ、どういうこと?」
「空模様は心の移ろいに似ている、ですか?」
僕は空を見上げたままうんと答える。
「あなたは空がどうして青いか、夕日がどうして赤いか知っていますか?」
中学のときに先生が言っていた記憶を一生懸命に呼び起こす。
「確か、光は波長の長さ別にいろんな色があって、その中でも青色はよく反射して広がるから空が青いんじゃなかったっけ」
言いながら記憶がだんだんはっきりとしてくる。それで確か夕日が赤い理由は…
「夕日が赤いのは…赤が一番遠くまで届くから」
「それで大方あってます。それにしてもずいぶんロマンチックな言い方をするんですね」
言われて気づいて恥ずかしくなる。
これは中学の時の先生がロマンチックな文学少女(自称)だっただけであって僕の趣味とかでは決してないんだ。
隣の彼女は僕の必死の弁解には一切聞く耳を持たず、そうですかと笑っていた。
穴があったら入りたい、なんて言葉はこんな時に使うのだろう。
「私が思うに、人の心は色々な色が混ざって出来上がっているんです。色っていうのはこの前言った感情のことなんですけれどね。それで空っていうのは時間とか風向きとか、些細なことで色を変えるじゃないですか。でも、どこまで行っても空の色のベースは青と赤なんですよ。人間の心だって、青と赤がベースでそれがどのくらい濃いか、どのくらいの量あるのかだけで決まる。でも言葉とか場の雰囲気とか、些細なことで変化してしまう。二つはよく似ていると思いませんか?」
空のように簡単に変化しやすい。それでも心は青と赤がベースになっている。
この前の話だと青と赤はそれぞれ可能性と情熱だった気がする。
いや、可能性は感情ではないか。普通に考えれば冷静さとかなのだろうか。
「確かに空模様は心と似ているかもね」
冷静さと情熱、どちらが欠けても人間らしい心にはならないがどちらか一方だけでも人間らしい心を作ることはできない。
正しい調和のために色々な色を混ぜ合わせる。
全ては美しい景色のために。
「この前言っていた、世界に自分だけしかいないってなんかわかる気がするなぁ。この島って夜が異様なまでに静かなんだよね。前にいたところは夜になっても外が騒がしくて、『お前は休もうと思ってるかもしれないが、お前以外は誰も休んでなんかいないぞ』って言われてるみたいでちょっと苦手だったんだよね」
隣で彼女がふふふと笑う。
「それはちょっと考えすぎな気もしますけれど」
「僕だって今ならそう思うよ。まあ、あの頃は余計なことばかり考えてたからね。でも、この島の夜は好き」
しばらく二人で空を眺めていた。
あの星はなんだ、あの星座はなんだとたくさん教えてもらった。
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