第13話②
慌てふためく僕の様子が面白いのか一ノ瀬さんはおなかを抱えて笑っている。
笑いながら苦しそうに指を指してて、その指の先を追うと…
「あれ、いずみに胡桃じゃないか。なんでこんなところにいるんだ?」
フェンスを挟んだ先の公園に汗だくの柊馬とバスケットボールを抱えた雨宮さんがいる。
なんでと聞きたいのはこっちもなのだが、そこでようやく一ノ瀬さんの思い通りになってたことに気づく。
だからあんなに笑っていたのか。
「その、柊馬にちょっと話があって…」
横目で見ると雨宮さんはやはり睨んでくる。
やっぱり話さないで関係が改善される、なんてことはないようだ。
「ごめん、すぐ帰ってくるからちょっとだけ話してくるな」
柊馬が雨宮さんにそう伝え、小走りでこちらへと駆けてくる。
「ありがとう。それで話なんだけれど、一ノ瀬さんから夏祭りの準備代わりにやってくれたって聞いて、やってくれててありがとう。それと今までごめん。昼休みは別の子と話しててそれで…」
待て待て、と大げさに腕を振りながら柊馬が話を止めてくる。
「ちょっと待った。夏祭りって夏夜祭りのことか?」
先ほど一ノ瀬さんに教えてもらった話だ。聞き間違いの可能性もあるが、時期からして柊馬の言うそれで間違いはないだろ。
そうだと言うと、柊馬は諭すような口調で話し始める。
「いずみ、夏夜祭りは大人の祭りだから子供が準備するって思ってたのはわかるけどな。今年は何十年に一回の特別な祭りだから準備はなかったんだよ」
「そうなの?」
一ノ瀬さんの方を振り返る。彼女はやっぱりおなかを抱えて笑っていた。
このさとり妖怪め。
でも、今回の話は僕がもう少し島の風習に興味を持っていたらわかっていたことなのだから仕方がない。
「そうだ、いずみこのあとどのくらい時間ある?」
腕時計を確認すると約束の時間まではあと1時間半近くある。
帰りの移動も考えると1時間が妥当なところだろうか。
「あと一時間くらいなら」
柊馬は一時間と聞いて少し考えこみ、新しい悪戯でも思いついたような眼をして精一杯の悪そうな顔をする。
「どうせさっきの話の続きはごめんなさいだろ?悪いが謝罪は聞かない。その代わり今から日菜と胡桃入れて四人でバスケしてくれたら今までの非礼を赦してやろう」
聞き耳を立ててたのか少し離れた位置にいたはずの二人がえー!と声を上げる。
片方は邪魔者が入ってしまったと、もう片方は友人の思いつきに振り回されたと。
言った本人は全員が当然同意してるものだと思ったらしくきょとんとしている。
えらく純粋な子供っぽいやつだなと思った。
「言っとくけどスカートだからパス出ししかできないからね」
やれやれといった感じで一ノ瀬さんがこちらの方へ歩いてくる。
ラッテは暑いのかベンチの下で伸びていた。
「ほら、いずみ君も早く」
すれ違いざまにウィンクをされる。それでようやく一ノ瀬さんが仲直りを手伝ってくれていたことに気づいた。
それがありがたくて、嬉しくて。たいした体力もないのに舞い上がってしまった。
一ノ瀬さんからのパスを受け取り柊馬と向き合う。
ルールは交代制の一対一。
「俺は頭より体で動いちゃう人だからさ、言葉でいろいろ言われても今一つピンとこないんだ。だからさ、お前の気持ちは行動で理解することにするよ」
少し恥ずかしそうに頭を掻きながら、それでいてほんの少しも手加減をしない雰囲気を纏いながら柊馬が告げる。
「だからさ、全力でかかって来いよ」
ここ数ヶ月運動をしていなかった。
しかしまあ男子高校生だ。育ち盛りの今、多少の運動不足は筋肉と体格が何とかしてくれると思ってた。
言うなればさすがに小学生相手には勝てるだろうとたかをくくっていたのだ。
「はい、これでダブルスコアっと」
「まだっ、追いつけるからっ…」
思わず膝に手をつくと大粒の汗が零れ落ちる。
対照的に柊馬や雨宮さんは涼しい顔をして立っている。
「流石にばてるの早くないですか?東京って不浄の地だったりするんですか?」
「そんなこと、ないと思う」
不浄の地って、東京に住んでると生気でも吸い取られるのか。
ボールを一ノ瀬さんに渡して、一度呼吸を整える。
正直無理です。運動不足か技術不足か、いずれにせよ島育ちに手も足も出ません。
でも、最後に一回くらいは一矢報いたい。
「こっち!」
だから合法的なズルをする。
疲れ切ったふりをして相手を油断させる。後はスタートで勝った分の差に祈りながらゴールまで走る。それでも普通に追いついてくるけれど、後はパス出しが味方してくれるはず。
ほーら、欲しいところにパスが来た。後はリングに放るだけ。もう一度神に祈るだけ。
ガシャン、ガツンと大きな音がする。
一つは僕のボールがかろうじてリングに入った音。もう一つは勢い余ってそのまま壁にぶつかった音。
「~~~~~~~!」
声にならない雄叫びを上げ、大きく腕を突き上げる。
下半身の限界が来てたのか、気が抜けた一瞬のうちに腰まで抜けてしまった。
ズルをしてしまったとか、今更色々後悔が押し寄せてきたけれど、そんなことはどうでもいいと思えるほどに、清々しい空が広がっていた。
「いずみ、大丈夫か?」
柊馬がペットボトル片手に駆け寄ってくれる。
「大丈夫、ちょっと休めば歩けるはずだから」
そのペットボトルを受け取って一口飲んで柊馬に返す。
久しぶりに本気で体力をつけようと思った半日だった。
隣に柊馬が座り込む。お互い汗臭かったが今はそんなに気にならなかった。
「本気になってくれてありがとうな。それと、別に嫌われてるとか、苦手に思われてるって風には感じなかったからな。何か用事があるんだろうなって思ってたよ。それに班別学習の方は俺の代わりにやってもらってたりしたからな」
「ううん、こちらこそありがとう。それならよかった」
気持ちが伝わってよかったと心底安堵する。
言葉以外で気持ちを伝えるなんて初めてで正直不安だった。
どれだけ頑張れば気持ちは伝わるのか、検討すらつかなかった。
でも、きっとがむしゃらにやったからだと思う。
謝るという目的も忘れて、期待に応えるように、勝つために一生懸命になれたはずだ。
しばらくして柊馬が立ち上がる。
続いて立とうとしたが上手に足に力が入らなった。
「はい、仲直りの握手」
手を握るとそのまま引っ張って体を起こしてくれた。
「それじゃあ、改めてこれからよろしく」
嬉しくて思わずにやけそうになってしまう。
「ありがとう」
火照りきったその口から出た言葉は自分でも驚くほどに素直な言葉だった。
気づけば結構な時間が経っていた。
もともと決めていた時間とちょうど同じくらいで、皆もいい時間らしく途中まで皆で帰ることにする。
「それじゃ、また明日な」
「うん、また明日」
柊馬と一ノ瀬さんがお別れを言う。僕も言ったが返事は返ってこなかった。
でもその代わりにバイバイと手は振ってもらえた。
多少は認めてくれたということだろうか。
それからは三人で昼休みに何をしていたかを話して帰った。
僕がいないときは三人でチェスや将棋などをしながら昼休みを過ごしていたこと。
昼休みの用事というのが実は女の子と話しているということを言ったときの柊馬の顔はちょっと面白かった。
「それじゃあ僕はこっちだから」
浜辺近くで二人と別れる。
夕日も沈みかけで、景色のきれいな時間帯だった。
二人の影が遠くなったころに背後から声を掛けられる。
「いいお友達じゃないですか」
振り向くと薄黄色いカーディガンを羽織った幽霊のような彼女がいた。
「元気になったようで何よりです。それじゃあ、浜辺に行きましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます